狙われた皇太子(前編)④
「殿下!私も宰相閣下と共に賊から殿下と馬車を守ります!」
馬車列が王弟派の刺客から襲撃を受ける中、馬車を守る為に外に出て戦う事を決めたヴェンツェルに追随してローゼンハイムも外に出る事を皇太子に伝える。
「戦えるのかローゼンベルク。お前は確か無魔力者だろう」
「ローゼンハイムだって言ってるでしょう!!!確かに魔力はありませんが剣術には自信があります!そもそも殿下の秘書官なのですから要人警護くらい出来なければ!」
「ともかく共に戦ってくれるなら心強い!皇太子殿は馬車を動いてはなりませんぞい!」
ヴェンツェルはジークリードに馬車から外には出ないように指示をする。だがジークリードはそれを拒否した。
「いや私も戦う。私は光のA級魔力保持者だ。十分な戦力になれるはずだ」
「しかしもし皇太子殿が傷つくような事があれば両国の関係に亀裂が生じかねませんぞい!」
「宰相殿は私が賊如きに傷つけられるようなヤワな人間だとお思いか。なら直接そうではない事を証明してやろう」
「こっ、皇太子殿!」
ジークリードはヴェンツェルの気遣いがかえって癪に障り腰から下げていた鞘から剣を抜いて馬車のドアを乱暴に開け出てしまった。ヴェンツェルとローゼンハイムは慌てて一緒に外に出る。外では護衛達と襲撃者達の接近戦が続いていた。
「かなりの大混戦になっておるようですな宰相殿」
「うーむ、しかし護衛達が苦戦気味のようじゃ。むっ!?皇太子殿お下がり下さい!」
ヴェンツェルが地面のせいで苦戦する護衛達を見て苦々しい顔をしたその直後林の中から茶髪で顔中傷だらけの大男が飛び出しヴェンツェル達の前に地面を揺らしながら着地する。カーキ色の軍服姿をした男の正体は王弟派の幹部、ゲオルク・ベルンハルトだった。
「ゲハハハハ!おやおや誰かと思えばヴェンツェル様じゃあないですか!!!」
「むむっ、お前さんは元陸軍軍曹のゲオルクじゃな!」
「おぉ覚えてくれましたか!こいつは光栄だぜぇ!」
ゲオルクは豪快に笑いながらヴェンツェル達と対峙する。横にいたジークリードがヴェンツェルに尋ねた。
「宰相殿、このデカブツは一体誰だ」
「ゲオルク・ベルンハルトという我が国の元軍人です。十年前の内戦以来王弟派をウルバンという男と共にひきいております」
「ゲハハハハ!説明ありがとよヴェンツェル様ぁ!早速だが皇太子の身柄を引き渡してもらおうじゃねぇか。まぁ断っても無理やりとっ捕まえるつもりだがなぁ」
ゲオルクはヴェンツェルに皇太子を引き渡すように要求する。当然ながらヴェンツェルは拒否した。
「残念じゃがお断りじゃ。お前さんに倒されるほど実力は衰えておらんのでのぅ」
「そうかそうか!それじゃあ仕方ねぇや。力ずくで奪い取るしかねぇなぁ!!!」
ゲオルクはそう言うと右足を上げ地面を思い切り踏んづけた。その瞬間ヴェンツェル達のいる真下の地面が下から突き上げられるように暴発しヴェンツェル達を吹っ飛ばした。
「グオアアアァァァ!!!」
ヴェンツェルとジークリードは即座に防御魔力のドーム状の膜を張り防いだがローゼンハイムは泥や石や草と共に吹っ飛ばされ林の向こうの藪に頭から突っ込んだ。
「この男、地の魔力保持者か」
「ゲオルクの相手はワシが致します!皇太子殿は苦戦している護衛達の助太刀をお願いしますぞい」
「いや、この大男は私が相手をする。皇太子たる私に向かって軽々しく捕まえるなどとほざいた事が気に食わないからな」
ジークリードはヴェンツェルの提案を拒否してゲオルクを睨みつける。
「まさか皇太子様が自ら俺の相手をするとは!こいつぁ殺さねぇように加減してやらねぇとぁっ!!!」
ゲオルクが高笑いしてジークリードを挑発した直後ジークリードはいきなりゲオルクに飛び蹴りを入れ林に向けて巨漢のゲオルクを吹っ飛ばした。ゲオルクは林の中の木に背中をぶつけ倒れる。
「うぐっ……!ゲハハハ、俺とした事が光魔力保持者の素早さを忘れていたぜ……S級のマルガレーテ相手ならこの一撃で俺は即死だったな……!?」
続いてジークリードは剣先をゲオルクが吹き飛んだ先の林の真上に向けると黄色に光るラテン文字と五芒星のような模様がある巨大な魔法陣が上空に出現した。
「大火球」
ジークリードが剣を振り下ろしそう言い放った瞬間魔法陣から光の弾が林に向かって落下し凄まじい爆発を起こした。
「「「ウオォォォアァァァ!!!!!!」」」
轟音と共に落下地点の木々や草花は消し炭になりヴェンツェルや兵士、王弟派の刺客や馬車と馬までもが衝撃波で薙ぎ倒された。爆心地一帯は土と焼け焦げた木の残骸だけが広がる更地と化した。
「ゲホッ、ゲホッ、皇太子殿!いきなり敵味方を巻き込むような攻撃をするのは勘弁して欲しいですぞい!」
吹き飛ばされジークリードから離れた地面に倒れていたヴェンツェルは起き上がり舞い上がった土にむせながら抗議した。
「一撃で灰にしてやろうと思ったのでな。巻き込んですまない」
ジークリードはヴェンツェルに表情を変えないまま淡々と謝罪した。一方ゲオルクは爆発で窪んだ地面で腕を前にクロスしながらドーム型の全身を包む結界を張って攻撃をガードしていた。
「ゲハハハハ!見事だなぁ皇太子殿ぉ!俺が杖無しで防御結界を張れる魔法の手袋をはめてなきゃ木っ端微塵になっていたところだぜぇ」
「ふん、しぶとい大男だ。次はもっと威力を高めた光線で塵にしてやろう」
「それも良いが皇太子様よぉ。折角剣を持っているんだぜ?接近戦で直接俺をぶった斬った方が面白いんじゃねえか?」
ゲオルクはそう言ってジークリードに対して指をくいくい動かし挑発した。するとジークリードは怒りから眉に皺を寄せ剣を構えた。
「お前がそれで死にたいと言うのなら望み通りにしてやろう……」
ジークリードはその瞬間弾丸のようにゲオルクの前に飛んでいき斬りかかった。ゲオルクは素早く避けると両腕を広げて仁王立ちをした。すると地中や周囲にあった無数の小石が宙に浮かび上がる。
「地の魔力とは鉱物を操る魔力!つまりこの地面にある石全てが俺の武器だ!岩石嵐!!!」
ゲオルクが技を言い放つと小石がジークリードに向かって様々な角度から飛んでいった。ジークリードは避けながら剣で防ぐもいくつかは頭や身体にぶつかり痛々しい顔をする。ゲオルクは更に腕に土や小石を纏わせてゴーレムのような太い腕にしてジークリードを正面から殴りつけた。
「皇太子殿っ!!!」
ヴェンツェルはジークリードに加勢しようとしたが直後に爆風から起き上がった刺客達に一斉に襲われた。ヴェンツェルは攻撃を避けてから赤銅色に光る剣を振るい手下達と対峙する。
「悪いがお前さん達の相手をしておる暇はないんじゃ。じゃがどうやら倒さなくてはダメなようじゃな」
ヴェンツェルはそう言うと手下達に向かっていき剣術のみで刺客達を圧倒していく。すると背後からモーニングスターを持った大柄な刺客の男が接近した。
「むむっ!」
ヴェンツェルは間一髪で振り下ろされたモーニングスターを飛び跳ねながら避けて離れる。すると今度は別の刺客が指の先の黒光りする鉤爪で切りつけて来た。
「鉄の魔力で鉤爪を作りおったか!うおっ!」
敵は奇声をあげながらヴェンツェルに飛びかかり鉄の鉤爪でヴェンツェルの剣を掴み鍔迫り合いのようになった。だがヴェンツェルは一切動揺せず自身の火の魔力を剣に伝えると剣は赤く灼けたようになり鉤爪の男は熱さに敵わず手を離した。その隙に切りつけると男は火だるまになりながら悶え苦しむ。
「さぁ!ワシに倒されたい者達はかかってくるが良い!」
男が黒焦げで倒れた後ヴェンツェルが剣を向けて体に火の魔力を纏いながら残りの刺客達にそう言い放つと気迫に押されたようで一斉に逃げ出した。他の刺客達も地面の状況に苦しめられながらも奮戦した近衛兵や陸軍兵士らによりだいぶ片付けられたようであった。
「どうやら訓練された刺客では無く有象無象の集まりのようじゃな。威嚇だけで逃げていきおった……ローゼンハイム殿!?」
ヴェンツェルがジークリードを援護しようとした時林の向こうに吹っ飛ばされていたローゼンハイムが剣を持つ刺客の一人と剣で戦っているのを目撃した。しかし腕に怪我をして抑えた状態でにじり寄られ万事窮すの状態になっていた。ヴェンツェルはローゼンハイムを襲う刺客に剣を向けて刺客の足元に赤く光る魔法陣を出現させる。
「火炎柱!」
ヴェンツェルが技を唱えると刺客は螺旋状に燃える火の柱に包まれ焼き焦がされた。刺客は黒炭になり倒れローゼンハイムは救われた。
「ふぅ、やはり便利じゃなこのヒヒイロカネ製の魔剣は……剣にもなるし魔法の杖の機能もあるからのぅ……大丈夫かねローゼンハイム殿!」
ヴェンツェルは自身の持つ剣の機能に関心した後ローゼンハイムの元に心配そうに駆け寄った。
「あぁ宰相閣下助かりました!この連中が想定より強くて……」
「もう心配ないぞいローゼンハイム殿……って一体どうして泣いとるんじゃ!?」
ローゼンハイムが何故か滝のように涙を流し驚いたヴェンツェルは訳を尋ねた。
「いえ、姓を間違えられずに呼ばれたのが三年ぶりでして嬉しさのあまりつい……ううう」
「そっ……そうなのかね……(なんか気の毒な男じゃな)」
ローゼンハイムが号泣した理由にヴェンツェルは何とも言えない表情になり内心で憐れむ。その直後ジークリードが戦っている方向から爆発が起こりヴェンツェルとローゼンハイムが目を向けると傷だらけになって地面に倒れたゲオルクにジークリードが剣を突きつけていた。
「まっ、待ってくれ皇太子様よぉ。あんたを舐めてた俺が悪かった!なっ、頼むこの通りだ見逃してくれ!」
「お前を今更許せだと?ふざけるな。この場で処して首を晒してやる」
ゲオルクはジークリードに敗北したらしく降参して命乞いをしている。しかしジークリードは許す気はなく首を刎ねようとしていた。




