怪しき執事ウルバン④
「ウルバン、森から感じた気配と殺気はお前さんだったのか!最近姿を見せないと思っておったがまさかワシを狙ってくるとはな」
ヴェンツェルが森から現れたウルバンに対してそう言うとウルバンは妖しい笑みを浮かべて言った。
「十年前の戦争でお前には散々苦しめられたからな。その借りを返しに来たのさ」
「なるほどのぉ、しかし回りくどい男じゃな。ワシを暗殺するなら睡眠薬より直接毒を入れれば良かったはずじゃろう」
「フン、毒であっさり始末したら自分の手で殺す楽しみがなくなっちまうだろうが。あーあ、せっかくS級魔力保持者のお前を亡き者にしてマルガレーテの戦力を削ろうとしたのになぁ。残念だぜ」
ウルバンはヴェンツェルを仕留め損った事を悔しがり残念な表情を浮かべる。
「ワシを甘く見るでないぞ若者よ。それよりどうやってワシがアルベルト君の友人である事を知ったんじゃ?」
ヴェンツェルは眉間にシワを寄せ鋭い目つきで睨み質問した。するとウルバンは馬鹿にしたような態度で答える。
「愚問を。政府の中枢にどれだけ仲間を潜入させていると思っている。それに加え俺の特殊魔力で王宮の女官を籠絡しお前の噂を集めたのさ。ベルンシュタイン伯爵領に行ってから急に休みが増えた事や変装したお前らしき爺がベルンシュタイン領を通る駅馬車に乗り度々出掛けている事などをな。それでお前がここのガキと蝶や蛾の趣味で仲良くなったのではと考えた訳だ。お前が昔蝶や蛾の蒐集家であった事は今では殆ど知られていないが俺はたまたま知っていたからな」
「そう言う事じゃったか。本当に厄介じゃなお前さんがの催淫眼と名付けた特殊魔力は。性的な好意を抱いた相手を目を合わせる事で従わせる精神操作型特殊魔力じゃったか」
ヴェンツェルがそう言うとウルバンは不敵な笑みを浮かべながら自身の特殊魔力について語った。
「便利だと言ってもらいたいものだな。まぁ俺に性的好意を抱かない奴、例えばアデリーナみたいな奴には効かないのが欠点だがな。操っている奴が一度意識を失うと効果が消えちまうのもか。何にせよ無駄話はこれまでだ。死んでもらうぜジジイ」
ウルバンはそう話し終えると自分の周りに冷気の白い煙を纏わせた。そして両手に氷の短剣を作り出した。ウルバンは特殊魔力のみならず氷の属性魔力も持っているのだ。
「お前さんが優秀な戦士である事はワシも陛下も知っておる。王弟派につくのはやめて陛下に従えんか」
「無駄話はやめだと言ったろうジジイ。それに俺にとっての陛下はレオポルト様ただ一人だ!」
ウルバンは両手の短剣を振りかざしヴェンツェルに素早く襲いかかった。ヴェンツェルは切りかかったウルバンをかわしてすぐ姿勢を立て直すと杖を取り出し火の魔力で高温の炎を放射した。
「おおっと!」
ウルバンはヴェンツェルの炎をよけると接近して氷の短剣でヴェンツェルを斬りつけた。ヴェンツェルは腕で防ぎ傷を負ったが今度はヴェンツェルがすかさずウルバンを蹴りつける。
「うがぁ!!!」
ウルバンは腹を蹴られダメージを負ってふらつきながらも姿勢を立て直し再び向かっていく。やがて両者互換の戦いを繰り広げた後、互いに離れて構えの姿勢で向かい合った。
「はぁ……はぁ……老いぼれのくせに衰えねぇなジジイ」
「これでも全力は出せておらんがな。強力な火炎魔法を放ちたいところじゃが研究室に被害が出たら困るからのぅ」
ウルバンとヴェンツェルは互いに息を切らしながらそう言葉を交わす。するとヴェンツェルに向かってメイド長が突然声をかけてきた。振り向くとメイド長は眠っているアルベルトを椅子にもたれさせるように起こし首に短剣を押し付けている。
「ヨゼフさん!ウルバン様にそれ以上攻撃を続けたらアルベルト様の命はありませんよ!」
「なっ!?アルベルト君を人質に取るとは卑怯な!」
メイド長はアルベルトを人質に取りヴェンツェルを脅迫した。ヴェンツェルが怒りを見せる一方ウルバンはメイド長に対して感謝の言葉をかける。
「おぉ流石はメイド長!さぁどうするジジイ!フハハハハ……」
ウルバンはうかつに攻撃が出来なくなったヴェンツェルを嘲笑い挑発をする。ヴェンツェルがこの窮地をどう打破するべきかわからず動けなくなる。だがその時だった。
(ピシャッ!!!ドドオオォォォン!!!)
「「!?」」
突然真横に青い雷が落ちウルバンは咄嗟に身体を翻す。すると研究室の屋根から金髪翠眼のメイドが飛び降り予想外の落雷に動揺したメイド長の背後に着地した。
「なっ、何よあなた離し……キャアアアァァァ!!!」
金髪翠眼のメイドはメイド長の短剣を持つ右手を強引に掴むとメイド長の全身に電流を流し感電させた。メイド長は気を失いその場に倒れる。
「おぉアデリーナ殿!」
「ご無事でしょうか。閣下」
金髪翠眼のメイドはアデリーナだった。アデリーナはポーカーフェイスのまま落ち着いた口調でアルベルトを保護しつつヴェンツェルの無事を確認する。ウルバンはアデリーナを怒りと憎悪が入り混じった表情で睨み歯ぎしりをした。
「クソッ、マルガレーテの雌犬が来やがったか。アデリーナ、なぜ俺がヴェンツェルを狙っているとわかった」
「王宮に潜入していたあなたの密偵を拘束して尋問したのよ。そしたらあなたに閣下の休日の動向についての情報を話したと言っていたわ」
「あの野郎バラしやがって……後で始末してやる」
ウルバンは自分が送り込んだ密偵がアデリーナに余計な情報を話した事を知り更に怒りを滲ませる。
「それにあなたがフランク様と接触していると報告があったの。これまでの手口からアルベルト様の近くに潜伏し閣下の隙を狙う可能性が高いと判断したわ。案の定私の予想通りだったわね」
「ジジイもてめぇも勘が良すぎるぜ。ますます気にくわねぇ」
「王宮のメイドや女官も誘惑して閣下の事を聞いて回っていたそうじゃない。相変わらず出癖が悪い男ね」
アデリーナはそう話終えるとスティレットを取り出して胸の前で構え体から青い電流をバチバチ放ちながら戦闘体制に入った。
「話は終わりにしましょう。あなたをここで捕らえます。抵抗するなら容赦はしませんよ」
「ワシも助太刀しようアデリーナ殿。覚悟は良いかウルバンよ」
ヴェンツェルも拳に炎を纏わせ身体から熱気を発したままアデリーナと二人でウルバンを睨む。するとウルバンは諦めた表情で大きなため息をついて言った。
「ハァ……どうやらお手上げのようだな。(S級)と(A級)の魔力保持者を同時に相手するのは流石に辛すぎるぜ」
そしてウルバンはヴェンツェルとアデリーナに対して不気味な笑みを浮かべる。
「今日のところはずらかるとしよう。だがまた近いうちに会う事になるだろうな……フハハハハ」
「逃がさんぞウルバン……っっっ!!!」
ヴェンツェルとアデリーナが逃げようとするウルバンを捕縛する為駆け出した瞬間ウルバンは懐から出した煙玉を地面に強く叩きつけて白い煙幕を張った。二人は煙幕で視界を奪われ更に目と喉をやられて涙を流しながら咳き込む。
「ゴホッ、ゴホッ、しまった!ワシとした事が煙幕に……ゴホッ」
「ゲホッ、くっ、待ちなさいウルバン!!!」
「さらばだヴェンツェル!アデリーナ!フハハハハハハ……」
ウルバンは笑いながら素早くその場から走り去り研究室の周囲に広がる森へと消えていった。やがて煙が晴れヴェンツェルとアデリーナが落ち着きを取り戻した時には既にウルバンの姿はなかった。
「どうやら逃がしてしまったようじゃな」
「えぇ、悔しいですが仕方ありません。しかし皇太子来訪を狙っているのははっきりしました。今後も詳細を探るように伝えておきます」
「うむ、我が王国の諜報機関(秘密情報局)の協力者としてよろしく頼むぞい。さて、アルベルト君は大丈夫かのぅ」
ヴェンツェルはそう言って机に頭を置き寝たままのアルベルトに視線を向けた。すると丁度薬の効果が切れたのかアルベルトはムクリと頭を起こし目を覚ました。
「んうぅ……ハッ!!!あれ?何で僕は眠っちゃったんだろう???」
「おぉ目が覚めたかアルベルト君!良かった良かった」
「あれ?ヨゼフさん何でそこに?それにアデリーナさんまで」
「詳しい話は後でするぞい。とにかく一度屋敷に戻ろうじゃないか」
何があったか分からず混乱するアルベルトはヴェンツェルは優しい声で話しかけて屋敷に戻ろうと提案をする。一方屋敷の医務室では……
「あれ……?確かさっき私誰かに襲われて……」
眠らされていたアンナも睡眠薬が切れたのかベッドの上で目を覚ましていた。またその後感電させられ気を失っていたメイド長も目を覚まし催淫眼の効果が解けた事で自我を取り戻した。こうしてウルバンによる恐ろしい計画は失敗する形で幕を閉じたのであった。
★★★
ヴェンツェルの暗殺未遂事件から三日後、ボナヴィア東部の山岳地帯にある湖の孤城に一人の黒いフードのついたマントを被った男がやってきた。男は城の入り口から内部に入り地下へと続く階段を降りると小さな石板を嵌め込まれた扉に着いた。男が扉の石板に手を触れると光る数字が現れ男はその数字を特定の順番に押して扉を開ける。
「ウルバンか、例の暗殺作戦は上手くいったのか」
そこは僅かなランプの光に照らされた薄暗い地下室で軍服を着た顔中傷だらけの大男と椅子に座る黒い礼服とマントを着た黒髪の男がいた。椅子に座っていた男がフードの男にそう尋ねるとフードの男は被っていたフードを脱いで顔を露わにする。フードの男の正体はウルバンだった。
「申し訳ございません(国王陛下)。暗殺に失敗致しました。それと我々の動きが向こうに知られてしまったようで……」
ウルバンは頭を下げ作戦失敗を陳謝した。作戦の失敗を聞いた黒髪の男は歯軋りをしてウルバンに手前の机にあるワイングラスを投げつける。
「この愚か者が!!!脅威となる奴を一人でも消さねばならんのに何という体たらくだ!!!」
「本当に申し訳ございません。どのような罰も甘んじて受けますゆえご勘弁を」
ウルバンが怯えた様子で黒髪の男に対し何度も謝っていると横にいた紺色の軍服を着た大男が笑いながらウルバンを蔑んだ。
「ゲハハハハ!!!情けねぇ男よウルバン!ですから言ったんですよ陛下!俺ならあのジジイを確実に抹殺できるって!」
「チッ、図体だけでかくて脳なしのバカがいばりくさりやがって」
ウルバンが大男の態度に腹を立てそう言うと大男はウルバンを睨みつけた。
「あぁ!?今何と言った!」
「脳なしのバカと言ったんだゲオルク。お前に任せられていたところで結果は同じだ」
「やめろゲオルク!ウルバン!俺の前でくだらねぇ小競り合いをするんじゃねぇ!」
黒髪の男は目の前で口喧嘩を始めたウルバンとゲオルクという名の大男を叱りつけた。二人が黙ると黒髪の男は腕を組んで深紅の瞳を光らせながら語り始める。
「いずれにしろこの世に(復活)したからには何としてでも王座を奪い返すのだ。二ヶ月後の作戦は成功させなくてはいけない。これは十年前の再戦なのだ!」
そして黒髪の男は立ち上がり目の前にいるウルバンとゲオルクに対して命令した。
「いいかお前ら、マルガレーテ共に動きを悟られたとは言えまだ作戦が失敗した訳ではない!作戦を必ず成功させマルガレーテを玉座から引きずりおろすのだ!絶対に抜かるんじゃないぞ!」
「「ははっ!!!」」
ウルバンとゲオルクは大きな声で返事をして承諾した。すると黒髪の男はニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。
「待っていろマルガレーテ!お前が王でいられるのも後二ヶ月までだ!決闘でお前の首を取りこの俺こそが正当なボナヴィア王である事を知らしめてやる!ハーッハッハッハッハ!!!」
黒髪の男はそう言って大笑いする。その声は地下室全体に響き渡ったのだった。
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