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メイドアンナの受難①

 東の峰々から昇る太陽が白壁に赤い屋根の建物が立ち並ぶ王都フラウの街を照らす静かで清々しい朝、王都の中心に聳える王宮の会議室では上流貴族で構成された閣僚らが国王と国の重要課題を話し合う(王前会議)の為に集まっていた。


「女王陛下のご入室です!」


 会議室の後方から兵士の声が聞こえてから間もなく重々しい扉が開くと紫のロングドレスを纏い大粒のダイヤをはめ込んだ銀製のティアラをつけた高身長で黒い長髪の女性が入室し、会議室の奥にある赤いビロードの天蓋に覆われた豪華絢爛な玉座の前に立った。


「「「おはようございます、マルガレーテ女王陛下っ!!!」」」


 すぐさま閣僚全員が椅子から立ち上がり女性に挨拶をする。この女性こそボナヴィア王国の女王マルガレーテ・フォン・アインブルクである。


「全員揃っておるな?座るが良い」


 マルガレーテは閣僚達に着席を促し自らも玉座に座るとすぐ側の上座にいる宰相ヴェンツェルに言った。


「では早速会議を始めよう。おいヴェンツェル、今日の議題について余と皆に説明せよ」

「……」


 マルガレーテから議題の説明を指示されたにも関わらず何故かヴェンツェルは会議資料を見たまま動こうとしない。


「おい、議題を読み上げよ」

「……」

「ヴェンツェル!!!聞いておるのかっ!!!」


 マルガレーテは玉座の肘掛けをバンと強く叩いてヴェンツェルを強い口調で呼んだ。閣僚達は女王の剣幕にビビり肩を振るわせヴェンツェルはその声と音にハッとして慌ててマルガレーテに謝罪した。


「もっ申し訳ございません陛下!この後の予定を考えていましたら少しボーッとしてしまい……」

「今は王前会議の時間じゃ。会議に集中せよ。三日前にベルンシュタイン伯爵領から帰ってきてからそなた少しおかしいぞ」


 マルガレーテは青紫色の瞳が輝く大きな吊り目でヴェンツェルをぐっと睨みたしなめる。


「……反省して会議に集中いたします。えーと内戦後から貴族に課している復興税について……む?」


 手元の資料を読み始めてすぐヴェンツェルは気づいた。持ってきた資料が先月の王前会議のものと全く同じである事に。


「それは前回の会議で話した議題のはずじゃ。やはりそなた変だぞ。もう良い。進行は副宰相に任せるゆえ執務室に戻れ。そなた今日は午後に休みを取っておったな。ゆっくり休んで出直してこい」

「申し訳ございません……」


 マルガレーテに退席するように言われヴェンツェルは恥ずかしそうに小走りになりながら会議室を出た。閣僚達は宰相の異変に動揺して口々に話し合っている。


「ゴホン!ん……では陛下の命により吾輩が代理で進行致します」


 代理の進行を任された金髪のオールバックに割顎の副宰相が咳払いをして閣僚達を鎮め会議を続けた。


「全くどうなさったのですか閣下。会議で使う資料を間違われるなんて」

「いやまぁ……今日は朝から少し考え事をしていてついな……なに、大した内容では無いから心配無用じゃ」

「はぁ……」


会議室を出て宰相執務室に戻ったヴェンツェルは会議での失敗を知ったヨハンから心配されてしまった。ヴェンツェルは秘書官を不安にさせないように心配無用と言ったが心の中では今日の失敗の原因はハッキリ分かっていた。


(やれやれ……今日の午後からアルベルト君と会う約束をしていたからつい気持ちが浮ついて会議資料を間違えてしもうた。気をつけねばな……)


 胸の奥で内省したヴェンツェルであったがふとこの後の予定を確認する為持ち歩いている手帳を見て予定していた外国大使との面会も中止になっていた事を思い出した。


(そういえば九時に予定しておったビタリア王国大使との会談も先方の都合で延期になったのじゃったな。とするとこの後は議会の演説原稿の仕上げだけか……午前中も暇になってしもうたの)


 ヴェンツェルは一気に暇になった事に気づくと途端に悪戯っ子のような考えを思いついた。


(そうじゃ!少し早いがベルンシュタイン邸に行って午後にやって来るアルベルト君を驚かせようかのぅ)


 考えたらすぐ行動に移そうとヴェンツェルはヨハンにベルンシュタイン伯爵領へ車を出す様に指示した。


「ヨハン君、実は今思い出したがこの間ベルンシュタイン邸の裏の研究室で保護された時にお気に入りのパイプを忘れてしもうた。申し訳ないが車を出してくれんか?」

「えっ!?今からですか!」

「うむ。それと車での迎えは夕方になってからで良いぞい。またフランク殿と話しがあるでの」

「はぁ……」


こうしてヴェンツェルは王宮内に停めてある愛車ヴィクトリア号をヨハンに運転させてベルンシュタイン伯爵領へ向かった。そんな宰相の様子を短い金髪に鋭い翠眼のメイドが物陰から黙って窺っていた



★★★



「よいしょ!そーれよいしょ!」


 ヴェンツェルが王宮を出発した頃、ベルンシュタイン邸の裏の森では朝から研究室前の庭にある蝶や蛾の幼虫用の畑をアルベルトが耕す声が響いていた。アルベルトが鍬を振り下ろし土に刺すと鍬の先の土がボコボコッと盛り上がり畝が出来る。(地の属性魔力)を持つアルベルトならではの耕し方だ。


「ふぅ、とりあえずこれくらいでいいかな?こういう時だけは僕の地の魔力が役に立つんだよなぁ。僕の魔力は(C級)だから土を少し盛り上げたり小石を飛ばしたりしか出来ないし……本来なら農民に生まれるべきだったかも」


 アルベルトは自分の土だらけの掌を見て自身の魔力の弱さを嘆く。だがすぐに前向きになり気を持ち直した。


「ま、クヨクヨしても仕方ないね。さて、後は成長促進を促す魔硝石入り肥料とポーションミントの種を蒔いてまた土を被せればいいや。あっ!花壇の方の剪定もしないと!コスモスを植える予定だから……」

「アルベルト様ー!お茶を持って参りましたよ」

「あぁアンナ。どうもありがとう」


 畑と花壇の世話の事を考えていた時自身の専属メイドのアンナからの呼び掛けを聞いてアルベルトは鍬を下ろし畑のそばに置いた。そして研究室の前にある椅子とテーブルに向かいアンナが屋敷から持ってきてくれた紅茶で喉を潤す。


「あぁ美味しい。いつも休憩しようって思ったタイミングで美味しいお茶を持ってきてくれるから助かるよ。アンナ」


 椅子に座り紅茶を一口飲むとアルベルトはアンナにくつろいだ顔で感謝の言葉を掛けた。


「いえ…… お慕いしているアルベルト様のお役に立てるなら……」


 アンナはそう言って顔を赤くして体をもじもじさせながらアルベルトを見つめる。その視線に気づいたアルベルトはアンナの方を見て聞いた。


「どうしたのアンナ?モジモジしてお手洗いでも行きたいの?」

「ひゃっ!なっ何でも無いです!!!」


 アンナは慌てて顔を背け耳の先まで赤くした。アルベルトはアンナの様子を見て少し首を傾げる。


「もしかして風邪でも引いた?顔が赤いけど……」

「だっ、大丈夫ですよアルベルト様!」

「無理はいけないよ。ちゃんと休まなきゃ。あっ!でもちょっと待って!アンナに見せたいものがあるんだ!宝石みたいでとっても綺麗なものだよ!」


 アルベルトはそう言うとズボンのポケットから何かを取り出し自分の両方の掌を上下に軽く重ねてアンナの前に出した。アンナはそれを見て更に顔を赤くし頭の中で妄想を爆発させる。


(アルベルト様が私に見せたいもの……しかも宝石って……両方の掌の中に収まるもの……まままさか結婚指輪!?私プロポーズされちゃうの〜!!!)


 アンナは勝手にプロポーズされると勘違いし指輪を受け取るのを拒否する。


「あっアルベルト様!!!それは私にはまだ早いというか…… もっとこう互いに関係を深めてからというか…… とにかくまだ私心の準備が出来てません!」

「?何でアンナがそんな慌てふためいているか分からないけどほらこれ見て、ボナヴィアツバメシジミの翅!」

「ふえっ!?」


アルベルトが両方の掌を広げると小さな瓶があり中に青色に輝く小さな蝶の翅が一枚入っていた。


「さっき畑の草むしりをしていた時に拾ったんだ!ボナヴィアツバメシジミはボナヴィアの固有種だけどここ数十年で珍しい蝶になっちゃってこのベルンシュタイン伯爵領でも見られなくなっちゃってたんだ。でもこの翅を畑で見つけて嬉しくなったよ!まだ領内に僅かながら生き残っている事が証明された訳だからね!」

「……」

「いやぁ綺麗だなぁこの深い海みたいに濃い青色!昔内陸海沿岸に行った時を思い出し……アンナ?どうしたの?」


 珍しい蝶の翅を見つけた事を嬉しそうにアンナに報告するアルベルトだがそれとは対照的にアンナは顔をむくれさせて怒りに身体を震わせた。そしてアルベルトに詰め寄っていく。


「あっ…あっ…」

「?」

「アルベルト様のバカァァァーーー!!!私が虫が苦手だって知ってるでしょーー!!!」


 アンナは怒声を上げると主人であるアルベルトの頬を思い切りビンタした。ビンタの音は畑の真上の青空に大きく響き渡る。ちょうどその時ヴェンツェルを乗せた車が屋敷の近くまでやって来ていた。

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