怪しき執事ウルバン③
「別に大した理由じゃないの。ただ念の為に確認しておこうと思ったのよ」
「はっ、はぁ……確か本日がご来訪の日ですが。私もさっき庭でお会いしたばかりなんです」
アンナはおかしな事を言うメイド長を不審がりながらもヴェンツェルが既に屋敷へやってきている事を伝えた。
「あらそうなの。それは好都合だわ」
「???好都合とは一体……?」
「あぁいえこっちの話よ。それで?今もお庭にいるのかしら?」
「さぁそこまでは。もしいらっしゃらなければアルベルト様と屋敷裏の研究室へ行かれているかもしれません」
メイド長の不審な言葉や質問にますます怪訝な表情をしながらも丁寧に答える。するとメイド長は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうアンナさん。とても助かったわ。それじゃあおやすみなさい」
「えっ……?」
メイド長はそうアンナに言うと懐から紫の液体が入った香水の瓶のようなものを出してアンナの顔に吹きかけた。
「!?メイド長何……を……」
アンナは驚いたが小瓶から噴霧された睡眠薬を多量に吸い込んでしまいその場に後ろから倒れそうになった。それをいつの間にか後ろにいたウルバンが支えた。そしてウルバンはメイド長にアンナから聞き出した事を確認する。
「それでメイド長、アンナは何と?」
「ヨゼフさんは既に屋敷にお越しになっているようです。庭か裏の森にあるアルベルト様の研究室にいると……」
ウルバンはそれを聞くとメイド長に対し妖しい笑みを浮かべて感謝の言葉をかけた。
「ご協力感謝しますよメイド長。おかげで宰相の(暗殺計画)を進める事が出来ます」
「いいえ……私はもうウルバン様のものですから♡当然です♡」
メイド長は目の奥にハートを浮かべ頬を染めながら恍惚の表情で答えた。ウルバンはまたニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「でもあと少しだけ付き合っていただきますよ?全てが終わったらあなたを抱いてあげますから」
「もちろん……ウルバン様の為ならどこまでも付き合います♡」
「今夜は寝かせませんからね」
ウルバンはそう言うとアンナをお姫様抱っこしてメイド長と廊下を歩いていく。そして途中で見かけたメイドに声をかけて聞いた。
「すみませんちょっとお尋ねしたい事が。医務室はどこにあるでしょうか?」
「えっ?ウルバンさん一体どうかなさったのですか……!!!」
尋ねられたメイドはウルバンの光る紫眼に魅入られてしまいメイド長同様に惚けながら答えた。
「……はいウルバン様♡この廊下を進んで奥のお部屋です♡」
「ありがとうございます。可愛いメイドさん」
ウルバンがそう感謝を伝え立ち去るとメイドはその場で膝から崩れ落ちた。ウルバンは心の中で馬鹿にした様に笑いながら呟く。
(フハッ、チョロい雌犬共だ。俺の催淫眼で簡単に堕ちやがる。唯一堕ちなかったのはこのアンナだけか。だが宰相暗殺計画が終わったらこの生意気な小娘もたっぷり可愛がってやるとしよう。顔だけは好みだからな。フハハハハハハ!!!)
★★★
「おぉ、アイスモーリュの花が咲いたのか。白くて可愛らしい花じゃのう」
「そうなんですよ。この花の蜜はいろんな種類の蝶や蜂が好むらしくて沢山飛んできています。ほら!ツムジゴマシジミがやって来ましたよ!」
屋敷でメイド達がたぶらかされていた頃、アルベルトとヴェンツェルは屋敷裏の森にある研究室前の畑で植えられたアイスモーリュという薬草に咲いた花をしゃがみながら眺めていた。
「ツムジゴマシジミか。弱い風魔力を持つシジミチョウの仲間じゃな」
「そうです。幼虫はアリの幼虫を食べて育つ変わった生態をした蝶でもあります」
「ほぅアリの幼虫を!それは初めて知ったぞい。一体どうやって捕食するんじゃ?」
アルベルトからツムジゴマシジミの生態を聞いたヴェンツェルは興味深そうに質問する。
「三齢幼虫まではバラ科植物の芽を食べているんですが大きくなるとアリの巣に運ばれてアリの幼虫や卵を食べるようになります」
「アリに襲われたりしないのかね?」
「ブリトニアの図鑑によると特殊魔力でアリを操っているのではないかと書かれていました」
「アリを操るじゃと?それはまた興味深いのぅ」
ヴェンツェルはアリを操ると聞いて更に興味をそそられた。アルベルトは楽しげに説明を続ける。
「どうも特殊魔力を体から発してアリを操り巣の中の幼虫や卵を自分の側に持って来させてから捕食するそうですよ」
「おぉそれは狡猾じゃな。恐ろしい」
「人間の場合特殊魔力は一千万人に一人の確率で持つ魔力で種類も様々ですがこの蝶は全ての幼虫が同じ魔力でアリを操るみたいです。不思議ですよね」
アルベルトの説明を頷きながら聞き続けていたヴェンツェルは関心しながら花に止まるツムジゴマシジミを見つめた。
「いやはや蝶の世界も奥深いものじゃな。まさかアリを操り幼虫を食べて育つ種類がおるとは。また一つ面白い事を知ったわい」
「シジミチョウの仲間は特にアリと何かしらの関係を持っている種が多いんです。図鑑で調べてみると面白いですよ」
そうアルベルトが言った時、森からメイド長が大きなピクニックバスケットを持って歩いてきた。そしてアルベルトに後ろから話しかける。
「アルベルト様、お茶の支度を持って参りました。すぐにご用意致しますので少々お待ちください」
「あっ、ありがとうございますメイド長。あれ?アンナはどうしたんですか」
「アンナさんは少し体調を崩してしまったので本日のお茶の準備は私がやらせて頂きます」
「そっ、そうですか……」
メイド長はそう言うと研究室前に置かれたテーブルにバスケットから出したティーカップや砂糖入れ、サンドイッチなどを出して準備を始めた。すると温かい紅茶が入った水筒を開けたメイド長は懐から出した小さな紙に包まれた白い粉を入れる。一方アルベルトやヴェンツェルはメイド長の不審な行動など知らず蝶の話を続けていた。
「ところでアルベルト君、屋敷の庭にも様々な種類の蝶が来ていたが庭では採集は行わないのかね?」
「いやー実は庭での採集は父上にやめるよう言われているんです。でもここだけの話こっそり採集しています。村の方々にも蝶が来る花を意識して植えてもらうように言ってありますし……」
「なるほどのぅ。禁じられておるとはいえやはり……」
ヴェンツェルはそう言いかけた時、不穏な気配を感じ森の方に視線を向けた。アルベルトはそんなヴェンツェルを見て首を傾げる。
「どうしたんですかヨゼフさん?」
「ん?あぁいや……一瞬じゃが誰かの気配を感じてな」
「気配……ですか?」
「アルベルト様、ヨゼフさん、お茶の支度が出来ました。テーブルの方へどうぞ」
アルベルトが気配と聞いてより不思議そうな表情をした時、メイド長が二人に声をかけた。
「あっわかりました!ヨゼフさん、とりあえずお茶を飲みに行きましょう!」
「うっ、うむ……」
メイド長に呼ばれた二人は椅子に座るとテーブルに用意されたティーカップから紅茶を一口飲もうとした。ところがヴェンツェルはティーカップを手に持った瞬間に森からの気配が強くなったのを感じて飲もうとするのをやめた。
(何じゃ……?森から気配だけではなく強い殺気が……!)
ヴェンツェルはティーカップを置き気配を感じた森の方に鋭い視線を向けた。するとそれを見たアルベルトは不思議そうに尋ねる。
「ヨゼフさん、飲まれないのですか?」
「アルベルト君、その紅茶には口をつけん方が良いような気がするぞい。ワシの勘が危険を知らせておる」
「えっ?僕もう飲んでしまったのです……が……あれぇ?」
ヴェンツェルがアルベルトに紅茶を飲まないよう警告を促したがアルベルトは既に一口飲んでしまった後だった。
「ヨゼフさん……僕何だか眠くなってきましたよ……フワァ……」
アルベルトは突然心地よくなってきて瞼が重くなりうとうとし始めた。うつろな眼になり始めたアルベルトをヴェンツェルは心配した。
「!?アルベルト君!大丈夫かね!」
「ヨゼフさん……僕……もう……寝……グゥー」
ヴェンツェルの心配も虚しくアルベルトは完全に眠りこけて机に突っ伏してしまった。紅茶のカップや砂糖入れが落ちて割れる音が周囲に響く。ヴェンツェルは椅子から立ち上がり眠ったアルベルトに近づき体を揺さぶるが起きる事はなかった。
「アルベルト君!!!むぅ、遅かったか……」
ヴェンツェルは自分の警告が届かなかった事を悔やんだ。するとその様子をヴェンツェルの後ろから見ていた目の奥がハートのメイド長が言った。
「心配なさらずともそれは睡眠薬です。毒ではありません。しかし残念ですね。ヨゼフさんには感づかれるとは……」
「!?お前さんは一体!」
「はい、屋敷のメイド長をしておりますが……今はウルバン様の女です♡」
次の瞬間メイド長は恐ろしい目つきに変わり短剣を取り出して斬りかかった。ヴェンツェルは慌てた様子でメイド長の奇襲をかわす。
「ウルバンじゃと……!まさか!」
メイド長からウルバンの名前を聞きヴェンツェルは驚いた顔で再び森に視線を向けた。すると森からウルバンが現れヴェンツェルに近づいて不気味な笑みを浮かべた。
「久しぶりだなぁ閣下……いやヴェンツェル。まさか睡眠薬入りの紅茶に気づくとはな。相変わらず勘の良いジジイだぜ」
(お知らせ)
特に無し




