怪しき執事ウルバン①
23日 ウルバンの名前を変更
「よーし全員集まったな!おい使用人共、ワシから新入りの紹介がある!」
夏が終わり爽やかな秋風が吹くようになったボナヴィア王国のある日の朝。ベルンシュタイン伯爵邸では働くメイドやコックなどの使用人全員が当主フランクにエントランスへ呼び出された。エントランスではフランクとメイド長が新入りの使用人と思しき男を挟み立っている。男は高身長で紫の長い髪を後ろに纏めており前髪をセンター分けにしている中々の美男子だ。
「こいつはウルバンと言う男でな。三日前に屋敷で働きたいとワシに直接言ってきたんだ。おい皆に挨拶しろ」
フランクは隣に立つウルバンという名の男をなぜか嬉しそうに紹介している。ウルバンは礼儀正しく右手を胸に当て軽く頭を下げながら挨拶をした。
「初めまして。アドルフ・ウルバンと申します。ウルバンとお呼びください。以前は王宮で働いておりました。本日よりお願い致します」
頭を上げたウルバンは紫のアメジストの如き瞳をしたつり目を輝かせながら微笑んだ。その端麗な顔立ちに若いメイド達は頬を染め色めき立った。
「しかし珍しいですね。中々人を雇いたがらない旦那様が急に新人を雇って嬉しそうに紹介なさるなんて」
「ガッハッハ!いやー実はワシも最初断ったんだがそしたら給料は通常の半分で良いと言ってきたんだ。しかも最初の一ヶ月はお試し期間としてタダで働くともな。それで採用する事にしたんだ!」
アンナの疑問に対してフランクは愉快に笑いながら答える。
「結局お金ですか旦那様……」
「安い労働力を欲しがって何が悪い!無駄な給料を払わないに越した事ないだろうが!!!」
(((労働力の前でそれを言うか!!!)))
自分の返答に呆れたアンナを見たフランクは横暴な事を言いながら怒った。アンナを含めたメイドやコック達は内心で総ツッコミを入れる。
「コホン、とにかく今日からウルバンさんが新人として働きます。皆さん親切に接してあげてください。ウルバンさんもわからない事があれば私や皆に積極的に質問してくださいね」
「はい。ありがとうございますメイド長」
メイド長は皆と同じくフランクの発言に呆れつつもメガネに手を当てながら全員に新人を指導するよう伝える。ウルバンはメイド長に礼をするとフランクにある事を要望した。
「旦那様、働くにあたり一つお願いがあります」
「何だウルバン?」
「私をご子息のアルベルト様専属執事にしていただきたいのです」
「アルベルトの専属執事だと?」
フランクはウルバンの不思議な要望に対して怪訝な表情を浮かべた。
「なぜあいつの専属なんかに?」
「個人的にお仕えしたいと思っている方ですので」
「?まぁ別に構わんが。おいアンナ、そういう訳だ。アルベルト専属メイドのお前が先輩として仕事を教えろ」
「えっ!?わっ、私ですか!!!」
「よろしくお願いします。アンナ先輩」
急に後輩の指導を任され驚いた表情をするアンナにウルバンは微笑みながら挨拶した。困った表情をするアンナを他のメイド達が羨ましそうな目でジッと見つめる。アンナはそのせいでさらに余計なプレッシャーを感じたのであった。
「それじゃあウルバンさん。まずはお屋敷の中を案内しますからついて来てください」
「はいアンナ先輩」
「先輩はなくて良いです!普通にアンナさんと呼んでください」
エントランスでの新人紹介が終わり皆が通常業務に戻った後、アンナは屋敷内部を案内する為ウルバンを連れて廊下を移動していた。
(全く何で私が新人の指導をしなくちゃいけないのよ。しかもアルベルト様の専属執事になりたいなんて!私がアルベルト様と二人きりになる時間が減っちゃうじゃない……)
アンナは心の中でそう呟き少し機嫌悪そうにしていた。ウルバンはアンナのそんな様子を見て不思議そうに尋ねる。
「アンナさん、なぜそう不機嫌そうなのですか?」
「別に不機嫌なんかじゃないです」
「不機嫌じゃないですか。折角の可愛いらしいお顔が台無しです」
「はっ、はぁ???」
思いがけない事を言われたアンナは驚きウルバンと顔を合わせた。ウルバンはにこやかな表情でアンナの顔を見つめていた。
「私は新人紹介の時アンナさんを一目見た時から可愛い人だと思っていたんですよ。どうかご機嫌を直して笑顔になってください」
「なっ……!」
ウルバンはそうアンナを口説きながらじりじりと壁際に追い詰める。そして壁に背をつけたアンナの顎を指でくいっと上げて視線を合わせた。
「私がアルベルト様の専属執事になったのは美しいあなたとお近づきになりたかったからですアンナさん。さぁ私の目を見て……」
ウルバンはささやくように言うと笑みを浮かべながら金眼を光らせアンナの目を凝視し続けた。魅入られたアンナは一瞬頬を染め呆けた顔になったがすぐにハッとして両手でウルバンを押しのけた。
「ふっ、ふざけないでください!!!セクハラで訴えますよ!!!」
アンナは顔を赤くしながら大声で怒鳴り叱りつけた。押されてよろめいたウルバンはキョトンとした顔をしている。すると廊下の向こうからアルベルトがアンナに向けて声をかけてきた。
「おーいアンナ!ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど?」
「あっ!?アルベルト様!!!」
声をかけたアルベルトを見てアンナは走ってアルベルトに近づいた。そしてアルベルトの後ろに隠れ両肩を持つ。
「どっ、どうしたのアンナ?」
「アルベルト様!私あの新人からセクハラを受けたんです!」
「えっ!?」
アンナはアルベルトの後ろからウルバンを睨みつけた。アルベルトは少しムッとした態度で尋ねる。
「あなたの名前は?」
「アドルフ・ウルバンと申します。本日よりアルベルト様専属執事として採用されました」
「ウルバンさん、詳しい事は知らないけどアンナは僕の大事なメイドなんだ。嫌がるような事をしないでくれないかな」
アルベルトは両手を腰に当てながらそうウルバンを叱った。アンナを自分を守ってくれる主人の後ろで視線を下に向けて頬を染める。そんな二人の様子を見たウルバンは申し訳なさそうに謝罪した。
「これは申し訳ございませんアルベルト様。私としてはそのようなつもりではなかったのですがアンナさんを不快にさせてしまったみたいで」
「詳しくはアンナから聞く事にするよ。僕の専属執事にするかどうかもメイド長と相談して考えさせてもらうから」
アルベルトはそうウルバンに伝えるとアンナを連れて廊下の向こうへと歩いていった。アンナはウルバンの方を一度振り返り舌を出して侮蔑する。ウルバンはアルベルト達が去った後一人廊下で残念そうに心の中で言った。
(ふぅ……まさか俺の特殊魔力が効かないとは計算外だった。たまにいるんだよな耐性のある奴が。やれやれ)
そしてウルバンは不敵な笑みを浮かべた。
(まぁ良い。それならあのメイド長を籠絡するまでだ。(あの方)の為に何としてでも(作戦)を完遂しなくては)
★★★
「さーてと、今年もいよいよ後半か。年末に向け今のうちから書類を整理しなくてはな」
フランクが新人紹介をしていたのと同じ頃、王都の王宮ではヴェンツェルが早起きをして執務室で書類の整理をしていた。すると誰かが執務室のドアをノックし声をかけた。
「失礼致します閣下。今よろしいですか?」
「ん?その声はアデリーナか。まぁ入りなさい」
声の主はアデリーナだった。ヴェンツェルは執務室へ入る様促す。
「こんな朝早くに一体何の用事かね?」
「少々ご報告をしたい事がございまして。(王弟派)の件についてです」
執務室に入ったアデリーナは椅子に座って口髭を触るヴェンツェルに淡々と要件を伝えた。
「むむっ、何か不審な動きがあったのかね?」
前王弟派と聞いたヴェンツェルは途端に真剣な表情になりアデリーナから詳細を尋ねた。
「はい、最近王宮内で捕らえた王弟派の密偵を尋問したところ近々我が国に来訪するヴィルクセン帝国の皇太子殿下の来訪日時や予定を細かく探っていた事がわかりました」
「ほぅ。それは一体何の為かね?」
「詳細な目的はまだわかりません。ただ王弟派が皇太子来訪の日に何かしらの行動を起こそうとしているのは確かです」
「うーむ。来訪の日は最大限の厳戒態勢を敷く必要がある、と言う事か。もし皇太子殿に何かあれば大事じゃからな」
ヴェンツェルは机に両肘をついて難しい顔をしながら言った。
「しかし王弟派も中々衰えんのぅ。連中が支持しておったレオポルド殿は十年前に処刑されたと言うのに」
「陛下を内心よく思わない貴族らが秘密裏に支援を続けているのでしょう。しかし王弟派にレオポルト様……十年前の内戦を思い出します」
アデリーナはヴェンツェルに十年前に起こったマルガレーテと王弟レオポルトの王位を巡る戦争を思い起こしながら遠い目をした。
「あの戦争でワシは政治の師匠じゃった前宰相を失った。もう二度とあのような悲劇を繰り返してはならん。アデリーナ殿、もしまた王弟派に動きがあればワシに知らせてくれ。二ヶ月後の皇太子来訪の日には護衛の数を増やすように指示しておく」
「了解しました。では私はこれで」
アデリーナは指示を了承して執務室を退出する。ヴェンツェルは椅子に深く腰掛けて足を組みながら呟いた。
「さて、今日の午後は休みを取ってアルベルト君の研究室へ行く予定じゃが……ワシも連中に狙われておるかも知れんからな。気をつけんと……」
(お知らせ)




