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ボナヴィアの聖女②(6月12日一部改稿)

「そうですか。緊急会議でそのようなお話が……」

「そうなんですアグネスさん。一般信徒への破門が話題になったのは十年ぶりでしょう」

「最後に破門されたのはレオポルト元殿下ですから確かにそうなりますね」


 緊急会議が行われた日の夜、パウルとアグネスは教会庁内の廊下を並んで歩きながら今日の会議の内容について話をしていた。そして二人は大神官執務室と札がかけられたドアの前に立ちパウルがノックをした。


「失礼します猊下。アグネスさんをお連れ致しました」

「うむ」


 パウルがドアを開けるとグレゴールが執務室の椅子に座りアグネスを待っていた。二人が部屋に入ると話を始めた。


「アグネス、お前さんを呼んだのは今日の昼に行われた緊急会議の事についてお前さんの意見を聞きたいが為じゃ」

「緊急会議の内容については執務室に来る途中にパウル神官様から聞きました」

「ならば話が早い。あぁその前にパウル殿、君は外してくれんか」

「承知しました」


 グレゴールに指示されパウルは落ち着いた声で返事をしてから執務室を出ていった。部屋にはグレゴールとアグネスの二人だけになった。グレゴールは椅子に深く腰掛けたまま話し始める。


「さて……ワシは正直に言えば破門という事をやりたくはない。特にアルベルト殿の場合は貴族故立場そのものが危うくなるじゃろう。じゃが神官達から声が上がっている以上考えねばなるまい。そもそも彼は以前から聖典で不浄とされる昆虫を愛でている事であまり良く思われておらんかったからな」


 グレゴールは目を瞑り眉をひそめながら深刻そうな顔をする。ボナヴィア教会が属するイリス教正統派はボナヴィア王国の国教である為貴族や王族は幼い頃に全員洗礼を受けている。その為アルベルトも肩書き上イリス教徒なのだ。そして一度破門されると社会的信用を失い貴族として立場が危うくなる。


「アルベルト・ベルンシュタインが陛下に余計な事を吹き込んだのは事実じゃ。しかしガーウィン氏の主張の支持者であるかどうかは証拠がない。異端審問にかけるか否かはそれ次第じゃろう」

「それで私に(魔力)を使って異端の証拠を調査してきてほしいと言う訳ですね」

「……その通りじゃ。いつもすまぬ。じゃが本当はお前にこんな危険な事はやらせたくはないのじゃ」


 グレゴールはそう言ってアグネスに申し訳なさそうな顔をする。アグネスはどこか悲しげな微笑みを浮かべて言った。


「そんな申し訳なさそうにしないでください。猊下から受けた恩を返す為に自ら望んでやっている事です。どうかお気になさらず私を(密偵)としてお使いください」



★★★



 翌朝、アグネスは女子修道院にある自室の前で二人の修道女に向けて話をした。


「いいですか。私は今日一日部屋に篭り神様と預言者イリス様に日頃の悪行を懺悔します。誰も私の部屋に入らないよう午前午後に分け必ずどちらか一人が入り口で見張っていてください」

「「はっ、はいアグネス様!」」

「食事は部屋に水とパンを用意してありますから心配いりません。お手洗いの時も中からノックしますから。いいですか?あなた達も決して覗いてはなりませんよ。では私はこれから懺悔を始めます」


 二人の修道女にそう念入りに説明するとアグネスは自室に入り中から鍵をかけた。二人の修道女はヒソヒソと話をする。


「あの聖女様と呼ばれるアグネス様に懺悔する事なんてあるのかしら?」

「高潔なお方ですからきっと私達は大した事ないと思っている事でも罪深いとお感じになるのよ。例えば夜にベッドに隠してたおやつを食べたとか」

「それあなたがやって怒られた事じゃない。あの時連帯責任だって言われて私まで大変だったのよ?まあいいわ。それじゃ午前の見張りは私やるから午後はお願いね」

「ええわかったわ」


 そう言って修道女の一人は部屋の前から去っていった。部屋に入ったアグネスは早速ベッドに横たわり胸の前で祈りのポーズをした。そして呼吸を整えゆっくり目を瞑ると体全体が白い微かな光に包まれる。そして何とアグネスの体から幽霊のように透き通ったもう一人のアグネスが抜け出てきた。もう一人のアグネスは部屋の中で立ち上がってジャンプしてからベッドで寝ている元のアグネスの様子を確認する。


(本体の呼吸や血色は正常ね。これなら大丈夫だわ。でも霊体になると急に体が軽くなるから変な感じだわ。いつもの事だけど)


 霊体のアグネスはそう心で呟いた。実はアグネスは(霊魔力)という大変珍しい属性魔力の保持者である。火や水など普通の属性魔力を持つ人間からごく稀にかつ突然産まれてくる事がある不思議な魔力だ。この魔力を持つ者は幽体離脱をしてもう一人の自分、霊体を作りその霊体に意識を移す事が出来る。霊体は物を持ったり喋る事は不可能だが見たり聞いたりする事は可能でしかも魔力で結界を張ってある場所以外は自由に移動できる。空も飛べるし壁もすり抜けられるのだ。


(それでは早いところベルンシュタイン邸に行かなくては。アルベルト様が異端者であるかどうか確かめる為に)


 アグネスはそう心で言って部屋に本体を残し壁を抜け建物の真上に浮上した。そして空高く舞い上がるとジェット機のようなスピードで空を移動し王都の北東にあるベルンシュタイン邸へ向かった。


(ここがベルンシュタイン邸ね。まずはアルベルト様の部屋を探さなくては。ガーウィン氏の著作(魔法と種の起源)が部屋にあれば十分な証拠になるわ)


 ベルンシュタイン邸の庭に降り立ったアグネスは早速壁をすり抜けて屋敷内部に侵入する。するとそこは応接間でソファにふんぞりかえり苦々しい顔をするフランクとその横で立っているアルベルトがいた。


「ですから父上、北の村の神官様が困っているんです!教会の雨漏りを直す修繕費を出してあげてくださいよ!」

「やかましいバカ息子!!!ワシにそんな金はないわ!村の連中に何とかさせろ!」

「父上、この間貿易会社を経営する男爵様に出資して儲かったって言っていたじゃないですか!」

「あの儲けは骨董と老後資金用だアホ!何が悲しくてボロ教会の修繕費に使わにゃあかんのだ!!!」


 アルベルトはケチなフランクに対して領地内にある教会の修繕費を出すよう必死にお願いをしている最中だった。アグネスは応接間の窓際に立ち二人の様子を観察した。


「それよりアルベルト、教会で思い出したがお前最近領内の教会で農民のガキ共に読み書きを教えているそうだな?」

「ええ、それが何か?」

「何か?じゃないわバカ息子!大した金にならん事ばっかりしおって……そんな暇があるなら貴族の茶会に参加すれば良いものを……」


 フランクはアルベルトに怒鳴りつけ呆れた表情でため息をつく。


(あの叱られている若い方がアルベルト様かしら。顔は綺麗で可愛らしいご令息ね。とても異端者と言われて憎まれるような事をする人には見えないわ)


 アグネスはフランクに叱られるアルベルトの顔を見てそう評した。アルベルトは怒る父親に対し困った表情で反論をする。


「貴族のお茶会に参加しても気味の悪い趣味の傷物令息なんて言われて孤立するに決まっています。それに農民にだって教養は必要です。父上がケチらずに領内に学校を建ててくだされば……」

「えぇい口答えするなぁ!!!全く完全に育て方を間違えてしまったわ!蝶や蛾の死骸集めを趣味にしてなければ今頃は……」


 フランクがそう言いながら窓の方に視線を向けた時眺めていたアグネスと目があった。フランクは霊体の半透明なアグネスを見て口を開けたまま顔を青くしてガクガクと体を震わせる。


「ん?どうしました父上…?」


 アルベルトは急変したフランクを見て首を傾げる。その瞬間フランクは


「ギャアアアアアアアーーー!!!!!!」


 と絶叫しながら跳び上がりドアまで走っていきそのまま応接間を出て行ってしまった。


「一体父上は何を見たんだろう……?」


 アルベルトは先程フランクが見ていた窓の方に目をやるが誰もいない。アルベルトはますます怪訝な表情になった。しかしアグネスは部屋からいなくなった訳ではなく体を更に透明にしアルベルトの背後にいたのだ。


(しまったわ。体を透明化させておくのを忘れてしまっていたわ……幸いアルベルト様には見つからなかったけど)


 アグネスはうっかり体を見えなくさせる事をするのを忘れフランクを驚かせてしまった事に対し申し訳なさそうな表情をした。


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