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宰相との出会い④

「そ、それじゃあヨゼフさんは…… こここの国のささ宰相なんですか……!」


 アルベルトは宰相ヴェンツェルからの驚愕の告白に震えた声で尋ねる。自分の身分をバラしてしまったヴェンツェルは観念してアルベルトに何もかも白状した。


「その通りじゃ。ワシは今日お前さんの父親であるベルンシュタイン伯爵フランク殿に会う為にやって来た。その時にお前さんの研究室や畑の事を聞いて裏口も開いておったからつい軽い好奇心から研究室の様子を見に来たのじゃ。お前さんは村に出かけていないものじゃと思っておったからのぅ」

「そうだったのですね……それにしても閣下が蝶や蛾がお好きだったとは」

「ワシと同年代で無ければ知っておる者は少ないから知らんのも無理は無い。そもそも同年代の者からさえ既に趣味をやめたと思われておるからな」


 ヴェンツェルの本当の身分を知りアルベルトは茫然と立ち尽くしていた。ヴェンツェルは机のそばにあった椅子に座り、膝に肘をついて座り更に詳細を話した。


「……騙すつもりはなかったんじゃ。じゃが君がワシと同じ趣味を持っていると知り嬉しそうにしているのを見て名乗るのが怖くなった。ワシが宰相じゃとわかったら君は身分差を気にして態度を変えてしまうのではと思ってな。そもそもベルンシュタイン伯爵領に来た本当の目的も君の噂を聞いて興味を抱いたからじゃ」

「そうなんですか……」

「西ユーロッパの列強国と違いこの国には蝶や蛾を採集する趣味を持つ貴族は極端に少ない。多足の虫を不浄と忌避する聖典の教えが未だ色濃いからのぅ。先に話した同じ趣味の友人も先立ってしもうたし社交界での風評を気にする立場故余り公にも出来ん。じゃから身分を気にせず趣味の話を出来る秘密の若い友人が欲しかったんじゃ。すまんかった……」


 ヴェンツェルは全てを話し終えると深々と頭を下げて謝罪した。アルベルトはあまりに衝撃的な告白に暫く何も言えずにいたがやがて優しい笑顔を浮かべた。


「何も……変えたりしませんよ」

「!?」

「確かに宰相閣下だと知って驚きはしましたけれど閣下は僕の趣味に深い理解を示して下さったではないですか。僕はそれがとても嬉しかったですしもうとっくに閣下を同じ趣味を持つ友人だと思っていますよ。ですから態度を変える事なんてしません」

「アルベルト殿……こんなに歳の離れたワシを友人じゃと思ってくれるのか?」

「趣味に歳は関係ありませんよ。これからも対等な友人関係でいましょう!」


 アルベルトの優しい言葉と笑顔にヴェンツェルは安堵の表情を見せる。そして椅子から立ち上がると右手を出し握手を求めた。そして二人は固く手を握り合った。


「ありがとう……本当にありがとう……ワシを友人だと言ってくれて」

「えぇこちらこそ。宰相閣下」

「ワシの事はヨゼフで構わんよ。立場を超えた友人としてこれからもよろしく頼む」


 身分と歳の差を超えた友人関係を結ぶ感動的な握手を終えた二人は蝶や蛾の話を再開した。


「さあ!お互いに心から仲良くなれた事ですしここからは蝶や蛾の話で盛り上がりましょう!」

「そうじゃのう。おぉそう言えばさっき標本棚を見せてもらった時にモルフォの仲間を見つけたのじゃが改めてじっくり見ても良いかのう?」

「えぇ勿論ですよ!そうだ!僕ヨゼフさんの標本コレクションが見てみたいので今度お屋敷に伺ってもよろしいですか?」

「良いとも。君が行きたい時に声を掛けてくれたら予定を開けておこう」

「ありがとうございます!それと次に研究室にお越しになる際は屋敷裏とは別の道から森に入って下さいね!後で教えますので」

「おお、それは助かるぞ!」


 こうして二人は日が西に傾き始めるまで夢中になって研究室で蝶や蛾の話に熱中した。



★★★



「宰相閣下が庭にも屋敷内にも何処にもいないだとぅ!」

「えぇ!屋敷の庭は勿論屋敷内も探して頂いたのですが何処にもおられず……!」


 アルベルトとヴェンツェルが研究室で楽しく過ごしていた頃、屋敷内の玄関ロビーでは外へタバコを吸いに行ったきり戻らないヴェンツェルを秘書のヨハンとフランクが心配し大騒ぎしていた。


「車は変わらず停めてありましたから車で勝手に何処かへ行ったという事は無いかと……!」

「全く一体何がどうなっておるんだ!屋敷を勝手に抜け出したバカ息子も戻って来ないし宰相閣下まで行方不明とは!あぁ一体どうすれば良いんだ!」

「旦那様!とにかく皆で領内を探した方がよろしいのでは?」


 自身の息子と宰相が共に行方不明の状況にフランク達が焦っていると横からメイドのアンナが冷静な提案を投げかけて来た。


「そっ、そうだな!よしアンナ!屋敷の奴らと農民連中を集めて領内全域をくまなく探すんだ!」

「はっ、はい!」

「もし閣下をお見かけしたら直ちにワシに……」

「失礼するぞい。誰かおるかの?」

「「「!?」」」


 フランクがそう指示を飛ばしたその時屋敷に入る扉が開きヴェンツェル、そしてアルベルトが入って来た。丁度ロビーにいたフランク達は目を丸くして驚く。


「むっ?フランク殿!ヨハン君もロビーにおったとは!」

「さっ、宰相閣下……!?」

「アルベルト様!?」

「宰相閣下!!!今までどちらにいらしたのですか!何ですぐお屋敷内に戻られなかったのです!」


 いきなり戻って来た宰相にヨハンは動揺した様子でなぜ屋敷に戻らなかったのか尋ねた。ヴェンツェルは少し申し訳無さそうに訳を話す。


「いやはやすまんな。実はタバコを吸っておったらフランク殿のアルベルト君に関する話を思い出して屋敷裏に行ってみたんじゃ。そうしたら裏口が開いておるから興味本位で彼の研究室を見てみようと森を歩いたのじゃが木の根でうっかり転んでしまってのぅ。幸い対した怪我は無くたまたま出会ったアルベルト殿に痛みが引くまで研究室で休ませて貰ったのじゃよ」

「それは本当ですか閣下!おいアルベルト!閣下を保護したと何故ワシに報告しなかったんだ!それと裏口の施錠はちゃんとしろとあれほど言っとるだろうが全く……」

「すいません父上!忘れてしまいまして……あはは」


 ヴェンツェルの嘘の説明を聞きフランクはアルベルトを叱りつけた。一方ヨハンはヴェンツェルに疑いの目を向け小声で尋ねた。


「まさか閣下、表沙汰にしていない蝶や蛾を集める趣味についてアルベルト様にお話して熱中した結果時間を忘れたのでは?」

「なっ、何を言っておるんじゃねヨハン君!確かに彼の標本コレクションは気になったが彼にワシの趣味については話しておらんよ?」

「本当ですか?その割に普段親しい間柄にしか使われない君付けでアルベルト様をお呼びされていますけど?」

「ぎくっ!?それはその、ワシを助けてくれたから成り行きでというか……」

「とにかく変な噂が広まるような事だけはおやめになって下さいよ?」


 ヴェンツェルの蝶や蛾の趣味を知るヨハンに詰められヴェンツェルはやや目が泳ぎがちになりつつも誤魔化した。


「ヨゼ……いや宰相閣下!まさか裏の森で出会えるなんて思いませんでしたがお話が出来てとても貴重なお時間を過ごせました。ありがとうございます!それに研究室の()()()()()()()まで手伝って頂いて助かりましたよ」

「何ぃ!?おおお前宰相閣下にそそそんな事をやらせたのか!」

「?えぇまぁ……」


 ヴェンツェルに研究室の清掃などをやらせたと聞いたフランクはわなわなと震えながら尋ねるとアルベルトはキョトンとした様子で言った。アンナもそれを聞いて呆れた様子で額に手を当て大きな溜息を吐いた。やがてフランクは顔を真っ赤にしてこの日一番の大声でアルベルトを怒鳴りつけた。


「怪我された宰相閣下に雑用やらせる奴があるかこの大バカ息子があぁぁーーーっ!!!」


 その後ヴェンツェルは小一時間程屋敷に留まった後暗くなった道をヨハンが運転する自動車に揺られながら王都へ戻っていった。ヴェンツェルが去ると間も無く屋敷からアルベルトを叱るフランクの怒声が三時間連続で響き渡り就寝前の使用人達を多いに悩ませたのであった。

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