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ボナヴィアの聖女①

「おい、あの方はアグネス様じゃないか?」

「本当だ!おーい聖女様ーーー!!!」


 夏も終わりに近づき涼しくなってきた王都フラウ。その中心部にあるイリス教正統派ボナヴィア教会の総本山フラウ大聖堂から祈りを終えて出てきた一人の修道女に町人の男二人が声をかけた。濃紺の修道服と頭巾を身に纏い首にイリス教のシンボルである燭台の形をした金のネックレスをかけた修道女アグネスは男達に顔を向け微笑む。美しいブロンドの髪と碧眼、そして優しく慈愛に満ちた微笑みは男達のハートをたちまち射抜いた。


「あぁアグネス様が微笑んでくださった……俺今日は良い事あるかも!!!」

「単純な奴だなお前は。でも分かるぜ。俺もドキドキしたもんな」

「だろ!しかし凄い方だよなぁアグネス様は。女性でありながらパウル神官様と共にグレゴール大神官様の秘書に任命されたんだぜ。仕事が出来る方なんだな」

「しかも仕事の合間に孤児院や病院にも積極的に出向かれて孤児や病人を慰めておられるってな。優しくて仕事も出来て慈悲深い上に美女ときた!そりゃ聖女って言われる訳だぜ!」


 男達がそうアグネスの話で盛り上がっていると突然一人の普通の黒い修道着を着た茶髪の修道女がアグネスに声をかけて近づいてくる。アグネスが不意を突かれて驚いた顔をすると修道女はモジモジと恥ずかしそうにしつつ質問をした。


「あっ、あのアグネス様!その……わわ私あなたに憧れているんです!!!どうしたらアグネス様のように皆んなから聖女と呼ばれるような修道女になれるでしょうか!!!」

「なっ!あの修道女アグネス様に挨拶もなしにいきなり話しかけてやがるぜ。失礼な子だ」

「あぁ、全くだよ」


 修道女の無礼を見ていた男達は呆れた声で非難する。しかしアグネスは怒る事もなく優しい微笑みを浮かべて修道女に名前を聞き答えたのだった。


「あなた確か新人の修道女だったわね。お名前は?」

「あっ!失礼しました!ルチアと言います!」

「ルチア……良いお名前ね。私はあなたが言うような聖女ではないわ。むしろ聖女と呼ばれる事さえ本当は嫌なの」


 アグネスはそう言って修道女ルチアと目線を合わせ優しい声で話を続けた。


「でも高潔な人間を目指そうとする事は良い事よ。その志を大切にして修道女としてやれる事を一生懸命やりなさい。そうすれば聖女と呼ばれないまでも自然と多くの人達から慕われるようになるわ。頑張って」

「はっ……はいお姉様!はっ!しし失礼しましたアグネス様!!!」

「ふふっ、いいわアグネスで。別に私はそんな偉い人間じゃありませんから。それでは私はこれで失礼するわ」


 アグネスはそう言うと大聖堂に隣接する教会庁の方へ歩いて行った。ルチアはアグネスを見送り頬を染めながら呟いた。


「アグネス様……素敵♡」


 そんなやりとりを遠くから見ていた男達はアグネスの神対応に感動し口々に言い合った。


「流石聖女アグネス様だ。あの失礼な修道女に対してもお優しい対応……しかも聖女と呼ばれるのが嫌だなんて謙遜までするとは。俺もう聖女様を一生推してしまいそうだぜ!!!」

「俺も俺も!うるさいうちの妻なんかよりよっぽど良い女だぜ!」

「そうかい。私より良い女かい」

「あぁそうだ……って母ちゃん!!!」


 男の一人が後ろから聞こえた声に返答した後驚き振り返ると太り気味で髪を団子にした妻が鬼の形相で立っていた。妻は男の耳をつまんで男を引っ張っていく。


「あだだだだ!!!母ちゃん痛いよ!」

「うるさいんだよこのボケナス!早く店に戻って仕事しろってんだ!」


 妻に引っ張られた男は情けない声で泣きながら連れて行かれた。もう一人の男は青ざめた顔で引っ張られる相方をただただ眺めていたのだった。



★★★



 一方同じ頃、大聖堂に隣接するボナヴィア教会の総本部ボナヴィア教会庁の会議室では緊急会議が始まっていた。会議室内には黒い祭服を着た上級神官と呼ばれる幹部達と赤い祭服を着た教会トップの大神官グレゴールが座っている。大神官の秘書であるメガネをかけた上級神官パウルが会議の開催を宣言した。


「これより緊急会議を始める。早速ですがベルナルト神官殿、会議開催を強く主張したあなたから議題について説明していただけますか?」

「わかりました。今回私が神官の皆様方と議論したいのはずばりベルンシュタイン伯爵家の次男アルベルトの(破門)についてです」


 破門という言葉を聞いた他の神官達は動揺しざわついた。


「それは穏やかではありませんね。ベルンシュタイン家のご令息アルベルト様といえばあの蝶や蛾がお好きな事で社交界では有名な方ですな。しかしなぜ彼を破門にするべきと考えておられるのでしょう」

「今から一ヶ月前の事です。私は陛下に聖典の教えに基づき一日も早いご婚約と配偶者へのご譲位を求める為陛下に謁見しました。もちろん一部の貴族のような嫌がらせの為ではございません。あくまでイリス教徒としての務めです」


 パウルに破門の理由について問われたベルナルトは理由を語り始めた。実はマルガレーテに不満があるのは一部貴族だけではない。大神官など保守的なイリス教聖職者も聖典を根拠に女性が国王である事は間違っていると考えているのだ。特にこのベルナルトという神官は過激かつ恐れ知らずでこれまで何度か女王に対して直接結婚と譲位を訴えている。


「ところがその日陛下はなぜか余裕そうに私を謁見室の玉座から見下ろしていたのです。いつも私が来れば苦々しい顔をされる陛下がです」

「ほう?」

「それで不思議に思い理由を尋ねるとベルンシュタイン家の次男アルベルトからこう言われたそうです。(国王に性別は関係ないのではないか)と」


ベルナルトがアルベルトの主張について話すと神官達はざわついた。そして神官の一人がいきりたってベルナルトに対し言った。


「何だそれは!!!唯一神と聖典に対する冒涜ではないか!!!」

「それだけではございません。さらにアルベルトは女性らしくない振る舞いや趣味も肯定したそうです。陛下はすっかりその男を信じきってしまい今後また譲位を訴えに来るなら政教分離原則に反して王権に干渉した罪で拘束すると言って私を謁見室から閉め出しました。それで私はあの男を二度と陛下に近づけさせない為に破門を考えているのです」


 破門の理由についてを話したベルナルトに他の神官達は怒りながら同調する。


「ふざけるな!唯一神と預言者イリスは男を女より優位に立つものとして創造したとおっしゃっているのだ!これは我が教会に対する挑戦だぞ!その上女らしさの無い面も肯定しただと?実にけしからん!女は女らしくお淑やかであるべきだ!」

「全くその通りであ〜る!あまつさえ不浄な多足の生き物を愛でるばかりか女王陛下を唆すとは誠に許しがたい!異端審問にかけ破門にするべきであ〜るよ!」

「皆さん静粛に!ベルナルト神官殿。これは確かに問題ではあるがいくら何でもそれだけで破門というのは少々大袈裟かと思います。それに猊下の許可なしに陛下を説得に行ったあなたの行動もどうかと」


 同調し声を上げる神官達に鎮まる様に言ったパウルはベルナルトに対し破門はやり過ぎではないかと反論する。するとベルナルトは深刻そうな顔をして言った。


「パウル神官殿。勝手に説得に行った事は謝ります。ですが話はこれで終わりではないのです。私はその後アルベルトについて様々な貴族に聞き込みをしたところ何とあのブリトニアの学者チャールズ・ガーウィン氏を支持している可能性が出てきたのです!」


 神官達はベルナルトの発言に驚愕し再び声を上げた。そして先程より強弁にアルベルトの破門を主張した。


「ガーウィン氏ですと!!!あの人間は猿から進化したと言って人々を惑わせている異端者か!それは大問題だ!」

「教会の信徒でありながら異端を崇拝しているのが事実ならあってはならん事だ!私は破門を支持する!」

「私も支持するであ〜る!破門すれば陛下に近づく事は出来なくなるであ〜るからな!」


 パウル以外の神官達は全員アルベルトに対して憤り非難し会議はヒートアップした。パウルが再び鎮まる様に言うが神官達は言う事を聞かない。収集がつかなくなりかけたその時


(バンバンバン!!!)


 と大きく机を三回叩く音で神官達は静まった。パウルは机を叩いた人物を見て驚く。


「げっ……猊下(げいか)!?」


 机を叩いたのはずっと沈黙していたグレゴール大神官であった。立派な白髭を蓄え威厳ある顔をしたグレゴールは腕を組み唸りながら眉にシワを寄せる。


「猊下が……猊下が真剣な表情で考えておられる……!」

「アルベルト・ベルンシュタインを破門にするのか……?それとも……」

「きっ、緊張するであ〜る……!」


 大人しくなった神官達はグレゴールの威圧感のある表情を緊張しながら見つめた。やがてグレゴールは席から立ち上がり鋭い目つきをしながら神官達を見渡した。


「ついに……」

「猊下がご決断を……!」


 神官達は一体どう判断がくだされるのかと汗をかきながら唾を飲んだ。そしてグレゴールは口を開いた。


「……すまんがトイレに行きたい。さっきから漏れそうなんじゃ」


 グレゴールが真面目な顔でそう言い放った瞬間会議室はシーンと静かになった。そして


「「「ズコーーーッ!!!」」」


 てっきり判断がくだされると思い込んで緊張していた神官達は拍子抜けして一斉にずっこけた。パウルはずっこけてズレたメガネをかけ直しながらグレゴールに呆れながら苦言する。


「猊下!何で会議が始まる前に行っておかないんですか!」

「だってトイレが近いって年寄り扱いされるのが嫌なんじゃもん」


 グレゴールはパウルに苦言を呈されあきれた言い訳をする。


「大事な会議なんですから先に済ましておいてくださいよ!全くはしたない……」


 パウルはそう言うと大きく咳払いをして他の神官達に呼びかけた。


「えー、そう言う訳で会議は一旦休憩にします。猊下がお手洗いよりお戻りになりましたらまた再開致しますので会議室内でお待ちください」


 パウルはトイレに向かうグレゴールについて行き会議室を出た。すっかり緊張が解けてしまった神官達はだらっとした姿勢で座り隣の神官と話し合う。その後グレゴールが戻ってから会議は再開し一時間ほど行われたが結局アルベルトの破門については次の会議まで保留になった。

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