ウェルナー伯爵家からの招待④
「えっ!私とお友達になってくださいますの……!」
友達になろうと言われ驚くクラウディアにアルベルトは微笑み話を続ける。
「ええ。クラウディアさんは蝶や蛾が好きな僕の為にご自身の所有する蝶の切手を下さいましたし蝶が沢山来る庭も作ってくださいました。今日一日でクラウディアさんがお優しい方だとよく分かりましたよ。ですからお友達になってお力になりたいんです!」
「アルベルト様……」
「それにアンナとも仲良くしてくださいましたしね。多分クラウディアさんが今日一番仲良くなれたのは僕よりアンナではないですか?」
「「えっ?」」
「だってロマンス小説?のお話で盛り上がっていたじゃないですか」
アルベルトに言われてクラウディアとアンナは顔を合わせた。そして互いに笑顔を見せ合った。
「確かにそうですわね!ふふっ」
「本当ですね!えへへ」
「今日から僕とアンナはクラウディアさんのお友達です。相談にも乗りますし遊びたい時は気軽に声をかけて下さいね」
「私もクラウディア様と沢山小説のお話しがしたいです!今後もよろしくお願いしますね」
アルベルト達はクラウディアにそう優しく声をかけるとクラウディアは目に涙を浮かべた。
「アルベルト様、アンナ様、本当に……本当にありがとうございますわ。こんな出遅れ令嬢の私に優しくしてくださって……やだ、嬉しくて涙が……」
「クラウディアさん、僕のハンカチで拭いて下さい」
「ありがとう存じますわ。アルベルト様は本当にお優しいですわね」
「いえいえ。しかし王宮の庭園でミズウスバアオシャクを見つけた時にはまさかこんな事になるなんて思いませんでしたよ」
アルベルトは涙を拭くクラウディアにそう言って微笑んだ。クラウディアはふとアルベルトが言った蛾の事が気になって質問する。
「アルベルト様、そのミズウスバアオシャクってどんな蝶ですの?」
「シャクガという蛾の仲間ですよ。弱い水の魔力を持っている薄い水色の美しい蛾です。ほら、僕が持って来た小さめの図鑑にも載っていますよ」
「アルベルト様いつの間にそのようなものを……」
そう言ってアルベルトは図鑑を開いてミズウスバアオシャクのイラストをクラウディアに見せた。
「まぁ、確かに綺麗な蛾ですわ!蛾って皆んな茶色をしていると思っておりましたけれどこんな美しい種類もいますのね……。しかも私と同じ水の魔力!何だか親近感が湧きましたわ!」
「そうでしょう!クラウディアさんの髪色と同じですよ!」
「本当ですわね!ふふっ」
「アルベルト様……女性の髪色を蛾で例えないでください」
アンナはクラウディアの髪を蛾の翅の色に例えたアルベルトに苦言を呈した。
「何で?綺麗だから良いじゃない?」
「いくら綺麗でも蛾に例えられたら生理的に嫌ですよ!はぁ全く……」
アンナは自分が苦言した理由がわからないアルベルトに呆れてため息をつく。するとクラウディアはそんな二人を見ながら小さく笑った。
「ふふっ、でもアルベルト様らしいですわ!本当に面白い方ですこと」
クラウディアの笑顔を見たアルベルトとアンナもお互いに顔を合わせ笑った。すると近くの植え込みから何やら啜り泣く声が聞こえてきた。
「ぐすっ、ずずっ、うぅ……!」
「「「!?」」」
三人が視線を向けるとカーキ色の飾緒と勲章をつけた軍服を着て禿頭に変装用の葉っぱのついた木の枝を巻きつけた老人が号泣しながら現れた。陸軍大臣のグスタフだ。
「お祖父様!!!どうしてここにいらっしゃいますの!?」
「陸軍大臣閣下!?本日は陸軍省に行かれたと聞いたのですが!」
クラウディアとアルベルトは突然の陸軍大臣グスタフ登場に驚き目を見開きながら聞いた。すると涙をハンカチで拭うグスタフの側からクラウディアの両親も出て来た。
「お父様!お母様!いらっしゃいましたの!?」
「すまないクラウディア。実は父上が仕事に行くというのは嘘だったんだ。本当はずっと隠れて皆んなの様子を見ていたんだ」
「ぐすっ、そうだ!孫娘が信用しておるとは言え相手はフランクの次男坊!どうしても信用出来んから隠れて様子を見ておった!だがアルベルト君!君は孫娘の我儘にも怒る事無くそればかりか悩む孫娘の背中を押してくれた!君がフランクとは違い良い性質の青年だとよーくわかったぞ!」
グスタフは涙を拭いたハンカチで鼻を強くかむと大きな目をギョロリと見開きシャッキリとした表情になった。そして頭に被っていた円筒形の軍帽を脱いで禿頭を光らせながらアルベルト達に言った。
「アルベルト君!そこのメイド!」
「はい閣下!!!」
「はっ、はい!!!」
大きい声で呼ばれた二人は椅子から立ち上がり背筋をピンと伸ばした。
「ワシは引き篭もり気味だった孫娘を心配しておった。だが君達がお友達になると言ったのを聞いて大変安心した。今後は君達二人で社交界に慣れるまで、いやずっと孫娘を支えてやって欲しい!」
「閣下……」
グスタフはアルベルトとアンナに孫娘の友達になってくれた事を感謝し軽く会釈をした。
「それとアルベルト君!舞踏会の件は申し訳なかった!改めて謝罪する!君はあの腐れ外道フランクの次男坊だが立派な好青年のようだな!……ところで長男の方は来とらんのか?決闘の件を謝りたかったのだが」
グスタフはアルベルトに謝った後エルンストを探してキョロキョロ辺りを見渡す。アルベルトは事情を説明した。
「あぁ。実は兄上も来る予定でしたが大使館の仕事の都合で来れなかったんです」
「それは残念だ。だが君だけでも来てくれたなら丁度良い!ワシの手料理を振る舞うつもりだったからな!」
「えっ!?閣下の手料理を頂けるのですか!」
「「「!?」」」
「ああ!ワシは料理が得意でな!日頃から陸軍兵士諸君の肉体強化などを考え軍人用の食事メニューをワシ自ら開発しておるのだぁ!グワッハッハッハ!!!」
グスタフが手料理を振る舞うと聞いた瞬間他のウェルナー家の面々はなぜか顔を青くしてグスタフを止めようとし始める。
「おお祖父様!別にそこまでしてくださらなくて大丈夫ですわ!」
「クラウディアの言うとおりですお父さん!」
「そうですわお義父様!」
「何を言う!孫娘に友達ができた記念だ!丁寧にもてなさなくてはならぁん!」
「お祖父様本当によろしいですから……アルベルト様、アンナ様、こちらへ……」
周りの説得も意に返さずグスタフは手料理を振る舞おうとする。クラウディアは慌てた様子でアルベルトとアンナの腕を引っ張ると離れたところへ連れて行った。
「一体どうしたのですかクラウディアさん、血相を変えて」
「お祖父様の手料理はとても不味いんですの……前にも兵士の皆様にお料理を振る舞って集団食中毒を起こしましたの」
「えぇ!?」
「やだ……最悪」
「しかも今熱中されているのは野戦料理と称したものですの……食糧が不足した際に作る雑草や虫などを使ったお料理ですわ」
クラウディアの説明にアルベルトとアンナはドン引きした。そして慌てて適当な理由をつけ帰ろうとする。
「あっ、あの大臣閣下!実は今日夜から近隣の領主とパーティーがありまして早く帰らなくてはなりません!」
「えっ?えぇそうなんです!残念ですねー」
「なら味見だけでもして帰ってくれ!おい持ってこい!」
「「!?」」
グスタフがそう誰かを呼ぶと屋敷の老執事が鼻をつまみながら平皿を一枚持って現れた。グスタフは皿を受け取りアルベルト達に見せる。皿にはドブ色の汁にスズメガの幼虫らしき芋虫と雑草の葉や茎が浮かびこの世のものとは思えない異臭を放つ料理?が盛られていた。
「あの……これは……」
「ワシが作った庭の芋虫と野草のシチューだ!東洋や南方大陸では芋虫や毛虫を食べる文化があると知ってな!それをヒントに作ったのだがこの際是非とも蝶や蛾に詳しいというアルベルト君の意見を聞いてみたい!」
「ぼっ、僕は別に食べる専門では……」
「まぁまぁ良いではないか!ぜひ貴重な意見を聞かせてくれ!」
「そもそもお祖父様なぜ調理済みですの……」
「昨日のうちから仕込んでおいたからな!ではどうかなアルベルト君?」
アルベルトは歯を食いしばり異臭に顔が歪むのを堪える。アンナは口に手を当て今にも吐きそうになっていた。更に花の周りを飛んでいた蝶や蜂達も匂いで気を失いバタバタと地面に落ち始めた。
「ねぇお祖父様?このお料理はちゃんと味見をしてお作りになりましたの?」
「味見などせんでもワシの料理の腕前は閣僚イチだから大丈夫だ!」
「でっ、でもアルベルト様達はお祖父様のお料理を初めて食べますから確かめませんと……」
「そうか?クラウディアがそんなに心配するなら……」
クラウディアに促されたグスタフは汁をスプーンですくい口に入れ味見をした。するとグスタフの顔はみるみるうちに真っ青になり滝のような汗をかいた。そして白目を剥き皿を落としてバタンと倒れ込んだ。
「お祖父様ぁーーー!!!」
グスタフが倒れた直後庭にクラウディアの絶叫が響いた。その後グスタフは幸い息を吹き返したが三日ほどベッドから動けなくなった。
★★★
「本当に申し訳ありませんでしたわ……またお祖父様がご迷惑をおかけして」
「いえ、すぐ目を覚まされたみたいで良かったですよ」
「けど一体どう調理したらああなるのかしら……」
グスタフが倒れて一時間後、グスタフが目を覚ましたことを確認したアルベルト達は暗くなる前に自宅へと帰る事になった。アルベルトとアンナは門前の馬車まで見送りに来たクラウディアに別れの挨拶をする。アルベルトとアンナは門前の馬車まで見送りに来たクラウディアに別れの挨拶をする。
「クラウディア様、また小説の事をいっぱいお話ししましょう!楽しみにしています!」
「ええもちろんですわアンナ様!それとアルベルト様もまたいつでも遊びに来てくださいまし!蝶切手をもっと集めてお待ちしておりますわ!」
「ありがとうございます!またお会いしましょうね」
「ふふっ、では握手しましょう」
クラウディアとアルベルトは最後に長い握手を交わして笑顔で見つめ合う。それを見たアンナは少し複雑そうな表情をした。やがてアルベルト達は馬車に乗りウェルナー伯爵邸を後にする。クラウディアは去り行く馬車を見えなくなるまで見送った。
「いやぁ最後は大変だったけど楽しかったね。アンナもクラウディアさんとお友達になれて良かったね」
「はい!小説の事を語り合えるお友達が出来て嬉しかったです。でもアルベルト様、クラウディア様はいつでも遊びにとおっしゃっていましたがくれぐれも私がいない時に勝手に遊びに行く事は控えてくださいね?」
「何で?別に良いじゃない」
「私が嫌なんです!そのっ……もしもクラウディア様がアルベルト様に……特別な感情を抱いてしまわれたらと心配なので」
「特別な感情?どういう意味?」
「本当に鈍いですねアルベルト様は!もう知らない!」
「ええぇ!?」
アルベルトは原因も分からず急に怒りだしたアンナに困惑する。そんな二人を乗せた馬車は伯爵領内の小麦畑の道を夕日に照らされながらゆっくりと進んでいった。その夜、クラウディアは自分の部屋で一人机に向かい今日の事を日記に記していたのだがアンナの事を思い出してある事を考えていた。
(ふふっ、今日は楽しかったですわ。それにしても私と打ち解ける前のアンナ様のあの反応……間違いありませんわ!アンナ様はアルベルト様に恋していらっしゃるのね!)
何とクラウディアはアンナの分かりやすい行動から彼女の主人に対する恋心を見抜いていたのだ。そしてその恋をロマンス小説と重ね合わせ勝手に応援する事を誓ったのだった。
(メイドが主人に恋するなんて本当にロマンス小説と同じですわ!うふふ、お友達にもなって下さった以上私もお二人の恋路を応援する義務がございますわ!アンナ様の真実の愛、私が成就させてみせますわ!!!)




