ウェルナー伯爵家からの招待②
「凄いなぁ。廊下に甲冑や槍や盾が並べて飾られてる……肖像画も皆様騎士の格好をしているし」
クラウディアに手を引かれ案内されている最中アルベルトは屋敷の廊下にある甲冑や肖像画など伯爵家に関する様々な品を目の当たりにして驚く。
「ウェルナー伯爵家は中世の頃より代々騎士や軍人を輩出して来た家ですの。お爺様も親戚も皆軍人ですわ」
「へぇーお強い家系なのですね」
「えぇ、私も魔力の強い男の子に生まれていればきっと軍人の道を歩んでいましたわ……さぁ!ここが書斎ですわ!」
クラウディアは書斎のドアを開けアルベルト達を招き入れた。いくつもの古そうな木の本棚に様々な種類の本が入れられておりゆっくり読めるよう高級なベルベットのソファや机もある。
「うわぁ広い書斎だなぁ。それに蔵書も沢山!」
「本当、古くて価値のありそうな本が多いですね」
「ふふっ、驚きました?ここは元々お祖母様の書斎でしたの。私も幼い頃からこの書斎で過ごす事が大好きでしたのよ。それでは早速例の物をお見せ致しますわね!」
広くて立派な書斎にアルベルトのみならずアンナまでもが驚き見とれているとクラウディアは一部の棚から分厚い図鑑のような本を重そうに取り出して来た。
「クラウディアさん……それは?」
「お祖母様の切手アルバムの一つですわ!それの外国の切手をまとめたものですの!こちらのソファでお見せ致しますわ!」
クラウディアが出して来たのは祖母が集めた切手を年代や種類ごとに分けて貼り付けまとめた切手アルバムであった。クラウディアはアルベルトをソファまで誘導しアルバムの後半のページを開くとそこにあった切手の一つを指差した。
「アルベルト様、早速ですけどこの切手は何の蝶で原産地がどこかお分かりになります?」
「これは……もしやブルックトリバネアゲハの雄でしょうか?東南イースシアに生息していますね」
「まぁ!一度で当てるなんて流石ですわ。この切手は東南イースシアのサルワク王国で発行されたものですのよ」
「やっぱり当たっていましたか!切手だと色は分からないですが現物は全体的に黒い体と赤い胸や翅の光沢ある青色が特徴的な蝶です!兄上に買ってもらった標本を一頭だけ持っています」
「そうなのですのね!ふふっ、一度見たくなりましたわ。他にも蝶切手は沢山ございますのよ!私自身は蝶切手に関心が無いのですけどお祖母様は蝶や蛾の切手も集めておりましたの。このコレクションはその一部ですわ。アルベルト様なら関心を持たれるのではと思ってお見せしたのですわ」
「へぇー凄いや。僕本物の蝶や蛾を集める事はしても蝶や蛾の切手を集める事はした事無かったので興味深いです!」
アルベルトとクラウディアはサルワク王国の蝶切手をきっかけに蝶切手について話をより弾ませた。
「ふふっ、興味を持って下さり嬉しいですわ。よろしければ一部を差し上げますわよ」
「えっ!?よろしいのですか!?」
「勿論ですわ!アルベルト様が喜んで下さるのでしたら」
「わぁ!ありがとうございます!あはは、ヒノコシジミやユーロッパコムラサキの切手もある!国はどこだろう?」
「その二つはヘルウェディア連邦共和国の児童福祉切手ですの。売り上げの一部が寄付金になるのですけど印刷技術が高いので蝶や蛾の特徴が細かく描かれている素晴らしい切手ですわ」
「本当ですね!あはは、本物の蝶や蛾も良いけど蝶切手も中々興味深いなぁ」
アルベルトとクラウディアはすっかり蝶切手の事に夢中になり近い距離感で笑顔を見せ話し込んでいる。それをアンナは嫉妬をより募らせ顔をしかめ凝視していた。するとその視線にアルベルトが気づいた。
「どっ、どうしたのアンナ!?僕達をそんな睨みつけて……」
「なっ、何でも無いです!睨んで無いですから!」
「アンナも立っていないで僕らと同じように楽にして良いよ?僕はクラウディアさんとお話しているから」
「私はアルベルト様が粗相をなさらないか心配して見守っているんです!放っておいてクラウディア様といちゃついていれば良いでしょ!ふん!」
「えぇ???」
(全くアルベルト様ったら……でも少し感情的になりすぎかしら……あら?)
アンナにくつろいで良いと気を使うアルベルトだがより不機嫌になってしまったアンナに困惑する。アンナはアルベルトに対して感情的になってしまった気まずさから一瞬別の方向に目線を向けたがその時本棚にある本があるのを発見した。
(えっ!?あれってもしかして私が大好きなロマンス小説の…(琥珀姫と皇太子)の背表紙!?)
アンナは自身が好きなロマンス小説らしき本を発見し思わず駆け寄って手に取り確認した。
(やっぱり琥珀姫と皇太子だわ!しかも初版本!どうしてクラウディア様の書斎に?)
「あら?アンナ様その本棚に興味ありますの?」
「!?」
ロマンス小説を見つけて頭に疑問符を浮かべるアンナに対しいつの間にか真後ろまで移動して来たクラウディアが話しかけて来た。アンナは仰天し素早く振り向く。
「クラウディア様いつの間に!」
「ふふっ、驚かせてごめんなさい。もしかしてそのロマンス小説が気になりましたの?」
「あっ、いや、その……!」
「ふふっ、実は私ロマンス小説を読むのも切手集めと同じくらい大好きですの!」
「そっ、そうなんですか!でもロマンス小説って私みたいな平民が読むものですよね?」
クラウディアは自身がロマンス小説を読むのも趣味だと目の奥を輝かせ語るとアンナは自身と同じ趣味だと知りびっくりした。
「確かにそうですけど私は好きですのよ。貴族令嬢としては変わっておりますけど。そうですわ!アンナ様も宜しければ一緒に小説をお読みになりません?」
「えぇ!?」
「この棚には琥珀姫と皇太子以外にも沢山ロマンス小説がございますの!さっ、ソファに座って小説について語らいましょう!」
「ちょっ、ちょっと!えぇ!?」
棚からサッと小説を数冊とったクラウディアはアンナの手を取りアルベルトのいるソファまで引っ張っていった。クラウディアと仲良くする事に消極的なアンナもロマンス小説の誘惑には勝てずソファに座って一緒に読み感想を述べ合う事になった。そして三十分後……
「はぁ……凄くときめきました!特に琥珀姫が婚約破棄された後隣国の王子様が来て俺の女になれって胸に抱き寄せるシーンはもう最高です!」
「すごく分かりますわ!私もそのシーンが大好きでもう何回も読み直しておりますの!皇太子様も琥珀姫に気があるのにどうなってしまうのかと思うと凄くドキドキしますわぁ」
「ほんとほんと!やっぱり良いですよね琥珀姫と皇太子!クラウディア様とは解釈も一致していて話が弾みますね!」
アンナは最早クラウディアを恋敵と見做していた事をすっかり忘れてしまい琥珀姫と皇太子について熱く語らいあっていた。
「ふふふ、私好きな小説の事でこんなに誰かと盛り上がったの久しぶりですわ。私にロマンス小説を勧めてくれたメイドさんはご家庭の都合で辞めてしまいましたから」
「そうなんですか。私も職場仲間以外とロマンス小説について話したのは初めてで楽しかったです!」
「あのークラウディアさん?そろそろ良い時間ですからお昼を頂きたいのですが」
「!?」
アンナと盛り上がるクラウディアにアルベルトがお昼ご飯の事で声をかけるとクラウディアはハッとした顔で振り向いた。
「あら私ったら……申し訳ございませんわ。アルベルト様を放っておいてアンナ様と盛り上がってしまって」
「いえそれは構わないんです。アルバムにある蝶切手を楽しく拝見させて頂きましたしアンナも楽しそうにしているなら僕も嬉しいですよ。あはは」
謝るクラウディアにアルベルトは満足げに笑いそう話した。するとクラウディアはアルベルトの顔を何故か興味深そうにジーッと見つめた。
「クラウディア様?僕の顔に何かついていますか?」
「アルベルト様……改めて見ると琥珀姫に似ていますわね」
「えっ?」
「確かに!目は琥珀色だし髪は栗色で短髪だし小説の琥珀姫にそっくり!メイドとして側にいたのにどうして気づかなかったんだろう!」
「えっ?何?琥珀姫って……」
突然小説の主人公に似ていると言われ困惑するアルベルトの顔を二人は興味深げに見つめる。するとクラウディアは何かを閃いたように両手を叩いた。
「そうですわ!私が前に買ったピンクのドレスを着せてみましょう!」
「えぇ!?」
「アルベルト様の身長と体格ならギリギリ入りますわ!そうすればより琥珀姫っぽくなりますわ!」
「いやどういう事ですか!?それにドレスなんて無理ですよ!僕男ですから!」
クラウディアの唐突かつ訳のわからない提案にアルベルトは驚き拒否した。
「クラウディア様いくら何でもアルベルト様にドレスは……」
「あら、アンナ様は見たくありませんの?小説の琥珀姫そのままのアルベルト様を」
アンナはそう言われて琥珀姫のドレスと同じ姿のアルベルトを想像した。そして
「すっごく見たいですクラウディア様」
と笑顔でグッドサインをしてクラウディアの提案に賛同した。
「アンナ!?何言ってるの!?」
「さあアルベルト様!早速ドレスの試着をしてみましょう!」
「いやいや勘弁してくださいよ!」
クラウディアは嫌がるアルベルトの手を引っ張り半ば強引に自室へ連れて行く。アンナも後ろからアルベルトの背中を押して同行し書斎を出て行った。
★★★
「娘もアルベルト君も遅いなぁ。まだ昼食を食べに来ない」
その頃クラウディアの父ブルクハルトは妻エラと共に食堂でアルベルト達を待っていたがいつまでも来ないので心配していた。そしてそばにいた老執事に指示した。
「すまないが娘とアルベルト君を呼びに行ってくれないか」
「かしこまりました旦那様」
老執事はすぐ食堂を出て書斎へ行ったが居なくなっていた為屋敷のあちこちを探した。するとクラウディアの部屋付近に来た時に部屋からアルベルトやクラウディア、そしてメイド一人の声がした。
「やっぱり僕には着れませんよクラウディア様」
「お嬢様、男性の方にはこのドレスは……」
「うーん、アルベルト様なら着れるかもと思いましたけれど無理でしたわね。ならせめてお化粧だけでも……」
不審に思った老執事は部屋の前で待機していたアンナに部屋で何が起こっているのか聞いた。
「君はアルベルト様のメイドでしたな。お嬢様とアルベルト様は部屋で何をしていらっしゃるのかね」
「えっ!?あっいやその……」
アンナが答えに詰まりかけていたその瞬間、部屋のドアが勢いよく開き恥ずかしさで顔を赤くしたアルベルトが上半身裸で自分の服を抱え出てきた。老執事は驚いて目を見開きアンナは悲鳴をあげ目を覆った。
「キャーッ!!!アルベルト様のエッチー!!!」
「クラウディア様もうやめてください!!!化粧もしなくていいですから!」
「アルベルト様!そう言わずせめてピンクの口紅と髪留めだけでも……」
クラウディアは廊下に出てきたアルベルトの腕を掴み部屋に引き戻そうとした。すると老執事はすかさず大声でクラウディアに言った。
「お嬢様!!!お客様に一体何をしていらっしゃるのですか!!!」
「いけない!見つかってしまいましたわ!」
クラウディアは老執事に見つかってしまい慌ててアルベルトの腕を離した。老執事はクラウディアをキッと睨んで叱った。
「お嬢様!何があったかは存じませんがお客様を困らせる事をしてはなりませんぞ!旦那様に申し上げてお説教をしていただきます!!!」
「そんな!じいや!私お説教は嫌ですわ!どうか黙っていてくださいまし」
「ダメです!旦那様にお客様に対して何をしようとしたかきちんと説明してください!!!」
老執事は憤慨しながら主人に報告する為食堂まで戻ろうとする。クラウディアは慌てて老執事を引き止めようと後からついて行った。部屋の前には呆然とするアルベルトとアンナだけがポツンと残された。
「うちの娘が本当にご迷惑をおかけ致しました。私からもお詫び致しますわアルベルト様」
「頭を上げてくださいエラ様、クラウディアさんに悪気は無かった訳ですし謝罪はいりませんから……」
元通りの服に着替えアンナと食堂に来たアルベルトは娘の奇行を謝罪しながら申し訳なさそうに頭を下げるエラを気遣った。
「あのアルベルト様、私も調子に乗ってしまって本当にごめんなさい!」
「アンナももういいから。それでクラウディアさんは今どちらに?」
「今夫から説教を受けておりますわ。しばらく食堂に戻ってこないので先に昼食を食べていて構わないと夫は言っておりましたわ。さあどうぞお座りになって」
エラに言われてアルベルトは椅子に座った。目の前の机にはソーセージやハムやマッシュポテトが昼食用に綺麗な皿に盛られて用意されている。エラは向かい側の席に座った。
「さぁアルベルト様、遠慮せず召し上がってください」
「ではお言葉に甘えて。(唯一神の恵みと慈悲に感謝し自らに祝福のあらん事を)」
アルベルトは両手を前で握り祈りの言葉を捧げてから食事を始めた。するとエラはそんなアルベルトに対し少し心配そうな表情で言った。
「アルベルト様……娘は少し変わっているところがありますけどどうか初めてのお友達として仲良くしてくださいまし」
「えっ?」
「……あの子は幼い頃から体が丈夫ではありませんでしたの。ですからお友達がほとんどいないのですわ」




