伯爵領の夜盗虫④
盗賊達が別邸に立て籠ってから三時間が経過していた。夜も更けフランクを人質にとった大男は苛立ちの表情を見せ王都から駆けつけた警察官達に対して声を荒げる。
「盗賊諸君に次ぐ!大人しく伯爵様を引き渡し投降せよ!」
「うるせぇ!!!まだ馬車を用意出来ねぇのか!!!いい加減にしねぇとこのデブ伯爵の命はねぇぞ!」
「助けてくれぇ!ワシは国務大臣に返り咲くまで死にたくないんだぁぁぁ!!!」
手を後ろに縛られ拳銃を突きつけられたフランクは号泣し窓から助けを求めた。外に逃げ警察に保護された使用人達はそんなフランクの様子を心配そうに見守っている。
「なぁお頭……もう諦めた方が良いだよ。まさか警察がこんな早く来るとは思わなかっただ」
「計画は完全に失敗してるでげす。投降してお縄にかかった方が罪が軽くて済むんじゃないでげすか?」
包囲され逃げ場を完全に失った絶望から仲間の痩せた男達は泣きそうな顔で弱気な発言をした。だがその瞬間大男は近くにあった壺に発砲し痩せた男達を黙らせた。フランクはそれを見て激昂した。
「あぁー!!!貴様ワシお気に入りの大華国の壺を傷つけよったな!!!絶対に許さんぞ貴様らぁ!!!」
「うるせぇんだよデブ伯爵!!!あの土くれからできた壺に一体何の価値があるってんだ!ギャーギャー騒ぐと口の中にぶっ放すぞ!!!」
「ひぃぃぃ!!!」
大男はフランクの口に拳銃の銃口を突っ込み脅し黙らせる。
「おい!てめぇらも次下らねぇ弱音吐いたらぶっ殺すからな!!!」
「ひぃ!!!」
「わっ、分かったでげすぅ!!!」
更に大男は怒りと焦りで興奮状態になりながら手下を脅迫した。すると遠くから馬が複数駆ける音が聞こえてきた。
「何だ、ようやく馬車が来やがったか」
そう思った大男だったが確認の為外の門周辺を凝視すると門が開き警察達が玄関まで続く道を一斉に開けた。その道の真ん中を警察官が持つ灯りと月の光に照らされながら赤い軍服を着た黒髪の女が白髪白髭の紳士と歩いてくる。女王マルガレーテと宰相ヴェンツェルだ。
★★★
「なっ、何だお前ら!おい警察共!どうして馬車じゃなくて男装女とジジイを連れてきたんだ!!!」
「言葉を慎め盗賊共。余はこのボナヴィア王国の女王、マルガレーテ・フォン・アインブルクじゃ。そなたらを説得しに来た」
「何ぃ!?女王様だと!?」
大男は玄関近くまでやってきたマルガレーテに驚いて目を丸くする。
「へっ、陛下ぁ!!!まさかワシのような田舎伯爵を自ら助けに来てくださるとは!」
一方捕まっていたフランクはマルガレーテが自分を直々に助けに来てくれたと思い大号泣した。
「どうしたんだお頭!うわっ凄い綺麗な姉さんと爺さんがおるだ!」
「女王様って聞いた気がするでげすがあの人がそうなんでげすか?」
外の騒ぎを聞いて痩せた男達ももう一つの窓から顔を覗かせる。マルガレーテはそれを見て早速説得を始めた。
「そなたら盗賊の仲間か。ならばよく聞け。余は女王としてボナヴィアの治安を日夜気にかけておる。この国を上手く治めておるつもりでもそなたらのように悪事を働く者達が後を絶たぬからな」
「うっ、うるせぇ女ぁ!!!」
「だが悪事を働くのもそれなりの理由があっての事のはず。なぜそなたらはベルンシュタイン家別邸を襲撃した?余に申してみよ」
マルガレーテは盗賊達に別邸を襲撃した理由を尋ねる。すると痩せた男二人はその理由を大声で話した。
「女王様!おいらは領地の畑がヨトウムシにやられて収入がなくなっちまっただよ!それで仕方なく盗賊になっただ!」
「俺も同じ理由でげす!盗んだ金で村の皆んなに美味いものを食わせてやりたくて……ううぅ」
「おっ、おいお前ら!勝手に喋るんじゃねえよ!!!」
痩せた男達は理由を話すと泣き始めた。大男は勝手に話した二人を叱りつける。するとマルガレーテの隣にいるヴェンツェルは昼のアルベルト達の話を踏まえて言った。
「盗賊達よ。ワシは宰相のヴェンツェルという。実は昼にある貴族の領地を回ってきてな。そこも去年はヨトウムシの害が酷かったが今年は対策をした事で被害があまりなかったそうじゃ」
「そっ、そんな領地があるんでげすか!」
「うむ、つまり正しい対策をすれば被害を減らせる筈じゃが一部の領主達は農民に対策を指導せずにいると言う事じゃ。それは国の責任でもある。じゃからワシと陛下で今後協議するつもりじゃ」
ヴェンツェルが痩せた男達に話し終えると横で頷いていたマルガレーテが言った。
「盗賊共。お前達は盗賊ではあるが同時に我がボナヴィアの国民じゃ。それ故今投降すればお前達の罪が減刑されるように取り計らう。特に理由を話した二人には支援と村の窮状の改善を約束するぞ」
マルガレーテはそう微笑みながら優しい声で投降を呼びかけた。痩せた男達は号泣して大男を説得した。
「お頭ぁ!おいら感動しただ!女王様と宰相様がわざわざ罪を減刑すると約束してくれただよ!もう籠るのはやめて外に出るだ!」
「俺もそうするべきだと思うでげす!皆一緒に外へ出るでげすよ」
すっかり投降する気になった痩せた男達だが大男だけは頑なに拒んだ。それどころか歯ぎしりをしてマルガレーテに向かって悪態をついた。
「うっ、うっ、うるせぇんだよ女ぁ!!!誰が騙されるものか!どうせ警察連中の作戦に決まってるだろ!こんな年増の男装女と白髭のジジイを連れてきて女王だの宰相だの下手な芝居しやがって!」
「ちょっとお頭!もうやめるでげす!」
ゲス口調の男がマルガレーテを口汚く罵倒する大男を止めようとしたが聞く耳を持とうとしない。
「てめぇは黙ってろ!どうせ連れてくるんならこんな男装したデカ女じゃなくてもっと可愛いドレスの女を連れてき」
大男がそう言いかけた瞬間一階の部屋でドガアァンと大爆発が起きた。部屋の窓は吹き飛び壁に大穴が空いている。
「「「「……は?」」」」
盗賊達とフランクは窓から爆発した部屋の方を見て目が飛び出さんばかりに驚いた。そしてマルガレーテの方を見ると魔法の杖をかざして自分の周りに沢山の魔法陣を出現させている。さっきまでの慈愛に満ちた微笑みの表情は消え去り目をつり上げた恐ろしい顔になっていた。
「貴様ぁ……さっきから余が寛大な態度をとっていれば年増だのデカ女だの……」
「陛下お鎮まりを!フランク殿が捕われておるのですぞ!」
「くたばれこの害虫共がぁ!!!」
年増などと侮辱の言葉を言われたマルガレーテはヴェンツェルの静止を無視して怒りを爆発させ杖の先を盗賊達がいる部屋に向けた。杖の先に巨大な魔法陣と青紫の光球を出現させ盗賊諸共部屋を吹き飛ばそうとする。
「こっ、こっちに撃ってくるだぁ!!!」
「にに逃げるでげすよ!!!」
「おい!ワシを置いて逃げるな盗賊共ぉ!」
盗賊達は恐怖に慄き慌てて立て籠った部屋を出ていった。置いて行かれた人質のフランクは窓の外に身を乗り出しマルガレーテに青ざめた顔で訴えた。
「へっ、陛下おやめください!!!ワシの大事な別邸でまだ二十年のローンが……!」
フランクの説得も虚しくマルガレーテの光の魔力は光弾となって発射された。瞬間部屋の壁と窓が大爆発し
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!!!!!」
フランクは断末魔を上げ瓦礫やガラスと共に吹き飛ばされる。そして部屋の奥で瓦礫と割れた骨董品に埋もれたまま目を回し気絶した。
「陛下!人質を撃ってどうするのですか!」
「どうか杖を下ろしてください陛下!これから我々警察が突入しますから!!!」
「黙れ黙れ黙れ!!!どいつもこいつも余を愚弄しおって!あのゴミ虫共を屋敷ごと駆除してくれるわぁ!!!」
頭に血が上り冷静な判断力を失ったマルガレーテは周りの魔法陣から一斉に光の魔力の光線を発射し屋敷のあちこちを破壊し始めた。美しい白い外壁が爆発して崩れ別邸は煙を上げながら穴と瓦礫だらけになっていく。
「さっ、宰相閣下!!!どうか陛下をお止めください!」
「あの状態になった陛下を止めるのはワシには無理じゃ!あぁよりによって陛下の嫌いな言葉を並べ立てて挑発するとは……」
最悪な状況になってしまいヴェンツェルは頭を抱えた。爆発しながら無惨な姿になっていく別邸を警察官と使用人達はあんぐりと口を開けて見ている事しか出来なかった。
「一体何なんだあの女ぁ!!!問答無用で攻撃して来やがってよぉ!!!」
「お頭が怒らせるからでげすよ!一体どこに逃げるでげすか!」
「一階に裏口があったはずだ!そっから逃げるぞ!!!」
「こんな事なら大人しく投降していれば良かっただぁ!」
一方部屋から間一髪逃げた盗賊達は崩れてくる天井や砕け散るガラスを避けながら爆発の衝撃で揺れるロビーの階段を駆け下り一階の食堂へ向かった。そのまま食堂を通過して厨房に入ると裏口を探す。ところが……
(ドガアァァァァァン!!!)
「「「ヒイィィィ!!!」」」
突然厨房の壁が赤く膨れて大爆発し盗賊達は恐怖で泣きながらパン焼き窯付近にへたり込んだ。そして表の庭にいたはずのマルガレーテが入ってきた。
「見つけたぞ害虫共。生まれてきた事を神に懺悔しろ」




