表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/121

我儘女王の誘い③

「あぁもうダメ。クタクタ……」


 べジョシュ村のリンゴ園から陸軍基地まで走らされていたアルベルトだったが案の定引き離されフラフラになりながら農道を歩いていた。


「こんなに走ったのは……人生で初めてだよ……あれ……陛下?」

 

 アルベルトが限界に達して倒れそうになっていたその時向こうからバルカス号に乗ったマルガレーテがアデリーナと二人で引き返して来た。二人はアルベルトの前で馬を止めると地面に手足をつけたアルベルトを見下ろした。


「陛下……」

「ふん、情けない奴じゃ。そなたが基地に着くまで待っておったら日が暮れてしまうわ」

「うぅ……すみません……」

「全く……また余の手前に乗るが良い」

「えっ!?」

「バルカス号に共に乗って良いと言っておるのじゃ!それともこのまま走るか?あぁ?」

「いっ、いえ!乗せてくださいお願いします!!!」


 立ち止まって疲れた顔で謝るアルベルトに対しマルガレーテは仕方無さそうにしながらもまたバルカス号に乗せる事を許した。アルベルトは疲れて暗くなった顔から一転希望に満ちた顔に変わる。


「よろしい。女王たる余の情けに感謝せよ」


 そう言ってマルガレーテはドヤ顔で胸を張った。アデリーナは自分の馬から降りアルベルトを乗せる手伝いをする。アルベルトが乗るとマルガレーテはバルカス号に指示を出し走らせる。アルベルトは疲れていたが振り落とされないように必死に捕まった。


「お見事!流石女王陛下!」


 陸軍基地内の射撃訓練場にマルガレーテを称賛する軍人の声が響いた。次の目的地である陸軍基地に着いたマルガレーテは射撃訓練場に向かうと愛用の魔法の杖で射撃を始めた。マルガレーテが投げられたクレーに狙いを定め撃つと杖の先から青紫色に光り輝く弾が彗星の如く発射され、クレーに当たった瞬間破裂音と共に強い光が出てクレーが粉々になる。後ろで椅子に座るアルベルトは次々と命中させるマルガレーテの姿を茫然と見ていた。マルガレーテが杖を下すと称賛していた軍人が近づいて来た。


「いやはや投げられたクレー全てに命中させるとは流石でございますな!陛下の(光の魔力)は相変わらず素晴らしい輝きです。魔法の鍛錬を怠っていない証拠ですな」

「当然じゃ。光の魔力は支配者たる者の証だからな。衰えさせる訳にはいかぬ」


 軍人とマルガレーテの会話を聞いたアルベルトは隣に立っているアデリーナに気になった事を質問した。


「あの、女王陛下が持っておられる光の魔力とはどんな魔力なのですか?」


 アルベルトの質問にアデリーナは目を見開き驚いた様子であった。


「アルベルト様は光の魔力について王立学園時代に習われなかったのですか!」

「いや、習った気はしますが当時どのように教わったか忘れてしまいまして……人間が生まれつき持つ属性魔力が全部で火、水、雷、氷、地、鉄、光、霊の八種類あって平民より貴族に強い人が多いと言うのは覚えているのですが……」


 貴族達が通う王立学園での必修科目の内容をど忘れしているアルベルトに対しアデリーナは丁寧に説明した。


「光の魔力は属性魔力の中でも王家や皇帝家だけが持っていると言われる希少な魔力です。それ故高貴な魔力と言われ癒しの光で傷や病を癒したり強力な魔力を込めた光弾で戦う事ができます。イリス教聖典において(アトム)という人物が最初に天の神より授かった特別な魔力だと説かれています」

「なっ、成る程……」

「アトムはかつてユーロッパを含め地上の半分近くを支配した帝王じゃ。光の魔力を持っているという事はアトムの子孫である証じゃ。そなたこれは一般常識じゃぞ」

「陛下!僕達の話を聞いていたのですか」


 後ろで話すアルベルトとアデリーナの会話を聞いていたマルガレーテは呆れながらアルベルトに更に詳しく説明した。アルベルトは恥ずかしそうにしながら右手を頭の後ろに回す。


「蝶や蛾だったらどの種がどの魔力を持っているのかとか気になりますが人間しか持っていない魔力は関心がないので……どうもすみません」

「そなた蝶や蛾にしか興味無いにしても程があるじゃろう……因みに光魔力も他の魔力同様個人の魔力階級で強さが違う。一番弱いのがC級、B級はそこそこの強さでA級はより強くS級が最も強い。B級より強い魔力保持者は少なく男の方が女より階級が強い傾向にあるのも他の魔力と同じじゃ」

「そっ、そうなんですか」

「だが余は女としては珍しく強力なS級の光魔力を有しておる。その気になれば街一つ地上から消す事すら容易いのじゃ」

「街一つ!?本当ですか」

「何じゃ?余の申す事を疑うのか?」


 自身の言う事に疑うような返事をしたアルベルトをマルガレーテは軽く睨んだ。


「いえ!そんなつもりは全くありません!」

「まぁ良い。あまり現実味が湧かんであろうからな。余が強いのは魔力だけでは無いぞ。剣術や武術の心得もあるのじゃ。おい!剣と訓練用の案山子とレンガを五つ持って参れ!」

「ははぁ!」


マルガレーテはそう言うと軍人に固い布を巻いた案山子と剣を用意させた。マルガレーテはその剣を案山子の前で素早く振るうと忽ち案山子はバラバラになる。更に今度はレンガを五つ用意させ重ねて地面に置かせるとその煉瓦を素手で殴り全て粉々に粉砕した。


「すっ、凄い……!」

「どうじゃ、余の強さが分かったか。強い光の魔力を体に纏わせれば肉体を更に強化してこうした物理的な強さも出せるのじゃ。さてそろそろ昼食じゃ。基地内の食堂へ行くぞ。おいヘルム中佐、剣を元に戻しておけ」

「はっ!!!」


 ヘルム中佐と呼ばれた軍人はマルガレーテから渡された剣を持って足速に訓練場内の建物へと入っていく。マルガレーテはアルベルト達を連れて食堂のある方向へ向かった。



★★★



「おいどうなっておるアデリーナ!!!余は仔牛のカツレツを所望した筈じゃ!どうして(ます)のフライになっておる!」

「陛下の栄養バランスを考えての変更ですよ。普段お肉ばかり食べておられますからたまにはお魚も食べられませんと」

「ふざけるな!魚は大嫌いじゃ!厨房に言って変えさせてこい!」

「なりません。食べるまでお下げ致しませんからね」


 基地内にある食堂で昼食をとる事になった一行であったがアデリーナの判断で自身が事前に注文した仔牛のカツレツでは無く大嫌いな魚料理になっていた事にマルガレーテは怒り狂い幼子のように食べるのを拒否する。机の向かいに座り食べているアルベルトはそんなマルガレーテ達の様子を見つめながら聞いた。


「あの、女王陛下はお魚がお嫌いなのですか?」

「この人は魚どころか生野菜もピクルスも大嫌いです。なので毎回食べさせるのに苦労するのです。」

「やかましいぞアデリーナ!アルベルトも余計な事を聞くでないわ!そなただって嫌いな食べ物の一つや二つあろうが!」

「今は食べ物の好き嫌いは無いですね。魚料理も美味しく食べますし。でも子供時代は僕も好き嫌いが多くて母上に背が伸びなくなるから食べましょうねってよく諭されていました」


 アルベルトはマルガレーテから好き嫌いについて聞かれて自身の過去の母親との思い出について話した後マルガレーテをじっと見つめた。


「陛下は良いですよね僕より背が高くて。僕は結局父上に似てしまい伸びず終いでしたから」

「なっ……!そなた女の余に背を抜かれて不愉快には思わぬのか!?」

「何で不愉快に思うのです?陛下は背が高い上に体型もスラッとしていて美人さんじゃないですか」

「!?」


 マルガレーテはまたしてもアルベルトが予想外の反応をしてしかも自分を肯定した事で何故だか目を合わせるのが恥ずかしくなりそっぽを向く。


「ん?どうかしたんですか陛下?」

「なっ、何でも無い!(こやつ余の男みたいな趣味だけでなくコンプレックスに感じておる事さえも簡単に肯定しおる……本当にこれまで会った男共とは違うぞ)」

「ほら陛下。アルベルト様と一緒に食べておられるのですから子供みたいな好き嫌いをしないで一口だけでも食べて下さい」

「いやじゃ!絶っっっ対いやじゃ!!!」

「駄々っ子があんたは!ほら食べなさい」

「ふざけるなアデリーナ!!!食わせたらクビじゃ済まさぬぞ!!!」


 アデリーナは皿から切り分けフォークで刺した鱒のフライをマルガレーテの前に突きつけ食べさせようとする。しかしマルガレーテはアデリーナの腕を押さえて相変わらず激しく拒否した。その様子を見ていたアルベルトは右手を口に当て肩を震わせながら笑いを堪える。


「何じゃ!何がおかしい!」

「その、陛下って偉くて凛々しくて力強い方だなぁと思っていたのですが意外に僕らと変わらない面もあって親近感が湧きまして……あっごめんなさい急にお手洗いに行きたくなってしまいました。失礼致しますね」


 アルベルトは急に催してしまい急いで席を立って食堂を出ていった。マルガレーテは出て行くアルベルトの姿をしてムッとした。


「何じゃあやつは!僕らと変わらぬなどと言いおって……」

「陛下。それよりいい加減鱒のフライを食べてください」

「嫌じゃと言っておるじゃろう!そなたもう許さぬ!裁判抜きで国外追放にしてやる!」

「好き嫌いなんかで追放小説みたいな展開にされてたまるか!!!」


 女王と近侍が騒いでいる食堂から出たアルベルトは廊下にいた兵士にトイレの場所を聞いた。その場所まで漏れそうになるのを抑え走って向かった。


(ふぅスッキリした。それにしても陛下って結構感情豊かで面白い方だなぁ。上流階級の女性って常に冷静で感情に乏しいイメージがあったから新鮮だったよ)


 アルベルトが用を足し終え内心で一人呟きながら歩いていると廊下の向こうでヒソヒソと話をする二人の軍人が見えた。アルベルトが気になり目を凝らし耳を澄ますとあのヘルム中佐と別の軍人が互いにマルガレーテの陰口を言っていた。


「全く陛下には困ったものですな。女のくせに男と同じ軍服を着て馬に跨ったり狩猟をしたり女らしくない振る舞いをされている。背が高く魔力が強すぎるのもあって可愛げというものがありません」

「全くです。女は女らしくおしとやかでか弱い存在であるべきなのに……」

「そもそも女が国王である事自体どうかと思いますぞ。前国王の決定でかつ陛下ご自身が最強の魔力保持者だから無闇に逆らえないとはいえ女が君主など生意気にも程がある。早くご結婚して配偶者に譲位なされば良いものを……」

「国王が女性で何が問題なんですか?」

「「なっ!?」」


 アルベルトはマルガレーテに対し勝手な陰口を言う軍人達に我慢出来ずムッとした顔で話に割って入った。軍人達は突然話しかけたアルベルトに驚く。


「なっ、何だお前は!関係無いだろ!」

「関係ありますよ。女性が乗馬や狩猟をして何が問題なんですか?」

「うるさい!小僧が口を挟むな!とっとと失せろ!」


 軍人達が怒ってアルベルトを追い払おうとした時、廊下の向こうからアデリーナがやってきてアルベルトに声をかけた。


「アルベルト様、陛下が食堂でお待ちしておりますので急いでお戻り下さい」


 アルベルトはアデリーナに呼ばれ仕方なくその場を離れる。軍人達はアルベルトの態度が気に食わず食堂へ戻る後ろ姿を睨みつけた。アデリーナは軍人達から離れた後アルベルトに小さな声で感謝を述べる。


「ありがとうございました。アルベルト様」

「?」


 アルベルトは何故感謝されたのか分からず首を傾げた。そのまま二人は食堂の入り口前まで歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ