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我儘女王の誘い②

「そなたらよくも余の愛馬を逃したな!アルベルトが怪我をするところだったでは無いか!あぁ!?」

「申し訳ありません陛下!!!どどどうかお命だけはお助けを……!」


 マルガレーテは目をつり上げて調教師の男達を叱責した。男達は恐怖で冷や汗をかきながら命乞いをするとマルガレーテは男達をしばらく睨みつけた後大きな溜息をつく。


「はぁ……厳正に処罰するところだがアルベルトに怪我が無かった。それにバルカス号は気性難故扱い辛いのは余が良く知っておる。特別に見逃してやる。下がれ」


 世話係の男達はマルガレーテの言葉を聞いて逃げるようにその場を去る。マルガレーテはバルカス号を撫でるアルベルトに問いかけた。


「おいアルベルト。そなた犬だけで無く馬にも好かれるのか」

「えぇ。前にも言いましたが昔から動物には好かれやすいので。この馬はバルカス号という名前なんですね。格好良い馬ですね!」

「ふふん、格好良いあろう?我が王家に代々伝わる血統書付き軍馬の子孫じゃ!お互い小さい頃からの付き合いで余の言う事だけは素直に聞くのじゃ」

「へぇー、仲良しなのですね!」

「こやつと余は正に一心同体、だからこやつを褒められると余も嬉しい……って貴様そもそも何勝手に余が所有する愛馬に触れておる!不敬極まりないぞ!」

「はっ!?すいません甘えてくるのでつい!」

「いや陛下もツッコミ遅すぎますよ」

「まぁ良い。そなたが乗る馬を選ぶぞ。体格からしてポニーぐらいしか乗せられそうに無いがな」


 アデリーナはアルベルトが馬を勝手に触った事を叱るのが遅い主君にツッコミを入れた。マルガレーテはやれやれといった具合に気を取り直し厩舎でアルベルトの馬選びをしようとする。アルベルトもそれに続いたがその時バルカス号がアルベルトの服の袖を噛みグイグイ引っ張った。


「どうしたのバルカス号?」


 アルベルトはバルカス号の妙な行動に首を傾げた。横にいたアデリーナも不思議そうに見つめる。バルカス号が口から袖を離すとアルベルトはまた歩き出すがバルカス号は素早く厩舎の入り口前に来て体を横につけて立ち塞がった。


「あの、通れないんだけど……」

「おいバルカス号!そこを通さぬか!」


 マルガレーテは入り口に立ち塞がる愛馬に怒鳴った。その様子を見ていたアデリーナはバルカス号の気持ちを察した。


「もしかしてバルカス号はアルベルト様を他の馬に乗せたくないのでは?」

「えっ!?それじゃあ僕乗馬が出来ないじゃないですか!」

「いえ、恐らくですがバルカス号は自分にアルベルト様が乗って欲しいと思っているのかも知れません」

「冗談ではないぞ!バルカス号は余の馬じゃ!決してアルベルトは乗せられぬ!」


 マルガレーテは王家の者だけが跨がれる特別な馬にアルベルトを乗せる事に反対し怒鳴った。だがバルカス号は決して厩舎の入り口から動こうとしない。


「ええぃバルカス号貴様良い加減にしろ!!!」

「落ち着いて下さい陛下。このままでは埒が開きません。どう致しましょうか……」


怒鳴る主君を宥めつつアデリーナもこの状況をどうするか困ってしまった。そして考えた末ある方々で妥協した……


「何故余がアルベルトを手前に乗せてバルカス号に乗らねばならぬ……」


 王都から離れた農道を歩くバルカス号に跨ったマルガレーテはアルベルトを自身の手前に乗せ顔をしかめ愚痴る。駄々を捏ねたバルカス号に対し最終的にアルベルトと共に乗るという形で妥協するしか無かったのである。


「あの……申し訳ございません……」

「全くじゃ!伯爵令息の分際でバルカス号に気に入られおって!姫を乗せる白馬の王子では無いのだぞ余は……っ!」


マルガレーテは手綱を持つ自分の前に座るアルベルトに怒りを見せたがその際アルベルトの潤んだ琥珀の瞳と可愛い顔が視界に入り思わず顔を背ける。


(危なかった……こやつ瞳が綺麗で童顔の可愛い男じゃったな……見惚れてしまうところじゃ……)

「あの陛下、どうかなさいました?」

「なっ、何でも無いわ!それよりここからは目的地のべジョシュ村まで少し飛ばすぞ。余に寄りかかっておれ……はっ!!!」


マルガレーテがハァッ!と掛け声を上げ乗っている馬の手綱を引くとバルカス号は走り出したがアルベルトを乗せられた嬉しさで調子に乗りスピードを上げ二人を混乱させた。


「うわぁ!!!早い!早すぎるぅ!」

「おいバルカス号!速度を落とせ馬鹿者ぉーーー!!!」


二人は早すぎるバルカス号の上で絶叫したがバルカス号には聞こえず後からついてきた兵士やアデリーナを置いてきぼりにして農道を突っ切り目的地の村まで行ってしまった。



★★★



「これは女王陛下!村へお越し下さり恐悦至極に存じます……随分疲れたご様子ですが大丈夫ですか?」

「ははは……気にするな村長、余の愛馬が調子に乗っただけじゃ」

「本当に振り落とされるかと思いましたよ……」


目的地のベジョシュ村についたマルガレーテ達は村役場へ行き村長と挨拶をする。バルカス号のせいで目に見えてクタクタの二人だったが村長とはにこやかに会話を交わした。


「ところで陛下、そちらにおられる青年は一体……?」

「あぁ、こやつはアルベルトと言って訳あって今日一日余に付き合わせておる。それより今年のリンゴ酒の出来はどうじゃ?余はそれが楽しみで来たのじゃ」

「えぇ!出来も量も上々です。折角ですのでリンゴ園へご案内致します!」


 村長の案内で一行はリンゴ園に行く事になった。その道中アルベルトはマルガレーテに尋ねる。


「陛下、もしかしてこの村に来た目的はリンゴのお酒なんですか?」

「そうじゃ。この村のリンゴ酒は最高の味で余の好物じゃ!」

「陛下はお酒、ワインなどの果実酒が好物です。よく政務から現実逃避する際に飲んでおられます。反対に甘い菓子などは好まれません」

「政務から現実逃避は余計じゃアデリーナ!」

「そうなんですね、女性なのに甘い物が苦手というのは意外ですね」


アルベルトは甘味を好まない女性を意外に思ったがそれを聞いたマルガレーテは何故か急に睨みつけてくる。


「何じゃ……甘味を好まぬ女がいて悪いのか!?」

「え?お酒が大好きな女性がいても別に悪い事なんて無いと思いますけど?」

「そっ、そうか……」


 アルベルトは首を傾け反対に不思議そうに返事をするとその反応が予想外だったかマルガレーテは呆気にとられたような顔をする。


「蝶だって甘い花の蜜を吸う種類じゃありません。タテハチョウの仲間みたいに発酵した果実や樹液を好む蝶もいますからね。何でも固定観念で考えては駄目だと思います」

「……そなた本当に何でもかんでも蝶に繋げるのだな」

「あはは、それほどでも」

「褒めておらぬぞ別に」


何でも蝶に喩えたがるアルベルトにマルガレーテは流石に呆れる。そんな話をしている内に酒用のリンゴを生産する農園へ到着した。


「アッハッハッハッハ!!!いやぁ愉快じゃ!これだけ豊作なら来年も期待出来るなぁ!試飲も進むわ!」

「試飲ってもう瓶五本分も開けてますよ。馬に乗るんですから程々にして下さい」

「なーに大丈夫じゃ!後五本はいけるぞ!アッハッハッハ!」

「本当に後味がスッキリ爽やかで美味しいリンゴ酒ですね。それにこの農園がまた広くて見事です」


 近くの酒蔵から提供された試飲用のリンゴ酒を沢山飲みほろ酔い気分のマルガレーテは木にたわわに実った青リンゴを見て満足げに笑う。アルベルトは共に巡りながらリンゴ酒の美味しさと園の広さに感心した。


「そうであろう?余は幼い頃父上によくここに連れてきて貰った。父上もリンゴ酒が好きだったからな。それはそうとアルベルト、そなた酒は飲んで大丈夫なのか?」

「僕はこう見えても十八歳ですよ。ボナヴィアではもうお酒を飲める年齢です」

「いやぁ美味しいお酒を毎年作る事が出来るのも陛下のお陰です。リンゴの木に病気が流行った時も領主様に対応するよう指示して下さった上病害で収入の減った農家への救済制度も作って下さいました。陛下の善政に村人は感謝しております」

「陛下は村の皆さんから慕われているんですね。凄いです!」

「アッハッハッハ!そんなに褒めるな!照れるでは無いか!」


 マルガレーテは村長やアルベルトから褒め称えられ更に気分を良くする。


「普段からもっと仕事に精を出されていれば私も褒め称えるのですが」

「黙れアデリーナ!折角の良い気分をぶち壊す事を言うでないわ!」

「あっ!あそこにじょおうさまがいるだ!」

「ほんとうだ!じょおうさまだ!」

「こじいんにきてくれたじょおうさまだべ!」

「ん?あれは確か村の教会にある孤児院の子供らか」


余計な事を言ったアデリーナを叱るマルガレーテであったがふと聞こえた村の孤児院の子供達の声に気づき振り返る。子供達は間も無くマルガレーテの元に駆け寄って来た。マルガレーテも膝を突き目線を合わせ子供達と接する。


「よく来たなそなたら。元気に過ごしておるか?」

「うん!げんきにしてるだ!」

「これじょおうさまにかいたおはなのえだべ!くれよんでかいたんだべ!」

「どれどれ、ほぅ綺麗な赤と青の花では無いか!余の為に描いてくれた事嬉しく思うぞ!」


 マルガレーテが無邪気な子供達とにこやかに接していると修道院長であるシスターが青ざめた顔で慌ててやって来てマルガレーテに謝罪した。


「こら何をしているの!申し訳ございません女王陛下!子供達が不敬な真似を!」

「構わぬ修道院長。余は子供が好きじゃからな。それより以前視察に行った時塀が崩れておったが無事修復は出来たか?」

「えっ?えぇ!お陰様で陛下のご寄付によって以前より綺麗になりました。本当に感謝しております」


 マルガレーテは子供達の不敬を寛大に許した上で修道院の壊れた塀を気にして尋ねた。修道院長が女王の寄付で直せた事を伝え感謝するとマルガレーテは満足げに微笑んだ。


「どうじゃアルベルト!余は農民だけで無く孤児院の子供らに対しても慈愛を持って接しておるのじゃ!もっと余の事を褒め称えてくれても……」

「名君気取って調子乗っているところすみませんがアルベルト様はお隣におりませんよ」

「なっ!?あやつ勝手にどこへ消えたのじゃ!」


 マルガレーテはいつの間にか消えたアルベルトを探してキョロキョロ見渡すと近くのリンゴの木の下でしゃがんでいるのを発見した。アルベルトは木から落ち発酵しかけたリンゴに来た蝶に夢中になっていた。


「やっぱり可愛いなぁユーロッパコムラサキは。持ち帰って標本にしたいけど網も三角紙も無いから諦めるしか無いか」

「ほぅ、紫色の綺麗な蝶じゃな?」

「はい!このユーロッパコムラサキも先程言った発酵した果実や樹液を好むタテハチョウの仲間で……って陛下!?」


 アルベルトは後ろからのマルガレーテの声に気付き振り返るとそこには目をつり上げ怒り心頭のマルガレーテの姿があった。アルベルトは怒らせてしまった事を察し顔面蒼白になる。


「貴様ぁ……女王たる余が話しておるのを無視して蝶の観察とは良い度胸をしておるなぁ!あぁ!?」

「ひぃ!!!申し訳ありません陛下!飛んでいたコムラサキをつい追いかけてしまって……!」

「全くそなたは蝶や蛾が視界に入ると周りが見えなくなるのじゃな。罰として次に行く陸軍基地までそなたはその足で走ってついて来い」

「えっ!?基地まで距離はどのぐらいあるんですか?」

「そうじゃな。馬で走って一時間じゃからそれなりにあるぞ」

「そっ、そんな……」


 アルベルトはあまりにも酷な罰に絶望の表情をする。マルガレーテは更に冷たく見下ろしながら言った。


「恐れながら余りにもアルベルト様に対して酷ではありませんか?」

「何も言うなアデリーナ。言っておくが余はバルカス号に乗って全速力を出す。ついてこれなかったらそのまま放置するからな。では皆の者、世話になったな」

「はっ、はい!」

「いつでもお越し下さい陛下!」

「じょおうさままたあそぼうねー!」


 マルガレーテはリンゴ園で村長や孤児院の者達と別れた後繋いでいたバルカス号に乗り兵士とアデリーナを連れ走り出した。一人置いて行かれたアルベルトは陛下やアデリーナ達の後に続くように必死に走り出した。

(注意)

アルベルトの飲酒描写がございますがボナヴィア王国でのルールです。現実の我が国日本ではお酒は20歳になってから!

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