波乱の宮廷舞踏会②
「楽にせよ。約束通り来たようじゃなアルベルト」
「はっ、はい陛下!」
「うむ、この機会しか余に謁見出来ぬ地方貴族らもおる故待たせた事申し訳無い」
舞踏会が始まって早々アルベルトはフランクと共に女王に謁見し挨拶をする為会場奥に置かれた玉座へ来た。他の謁見希望者の後ろに待ちようやく三十分後に順番が回って来たのだ。アルベルト達の目の前には玉座に座るマルガレーテと側に控えるアデリーナ、そして宰相ヴェンツェルがいた。
「いやはや陛下!今回は我らベルンシュタイン家の者を舞踏会に呼んで下さり有り難き幸せにございます!ようやく陛下に謁見する機会を得られました事誠に……」
「勘違いするなよフランク。貴様の事は今も嫌いじゃ。余は貴様の次男アルベルトを先日の礼に招待するついでとして家族も呼んでやっただけじゃ」
「ひっ!しっ失礼致しました!」
「余が用のあるのはアルベルトだけじゃ。黙っておれ」
フランクは早速アルベルトを差し置きマルガレーテに媚を売るものの価値の無い物を見るような目で黙るように言われてしまった。
「アルベルト、この間はツェルニッツ公爵領の森で世話になったな。余の指の怪我を治療し森の主との戦いでも余を守ろうとしてくれた事、改めて感謝するぞ」
「もっ、勿体無いお言葉です」
「そなたあの時森で確かライトトラップなるもので蛾の採集をしておったな。全く貴族令息が変な事をしておると思ったが目当ての蛾は捕まえられたか?」
「えっ?はっはい!あの夜は目標にしていたボナヴィアでは希少なクジャクヤママユの仲間を捕獲出来たので満足出来ました!後カトカラと呼ばれる蛾の仲間のまだ標本で集めていない種も捕まえましたよ!あっ、カトカラと言うのはヤガの仲間で後ろ翅が黄色や紅色など美しくて……」
「おいいい加減にしろ!」
「はっ!?」
マルガレーテからライトトラップでの収穫を聞かれてアルベルトは顔を明るくしながら好きな蛾の話でヒートアップした。しかしフランクの嗜める声で我に返り口を塞いだ。
「すっ、すみません話し過ぎました!」
「全くこのバカ息子が!申し訳ございません陛下!バカ息子が汚らしい蛾の話を長々……」
「プッ、アッハッハッハ!構わぬ構わぬ!そなたが目を輝かせ蝶や蛾について楽しげに喋る姿はまるでお気に入りの玩具を買った子供のようで微笑ましいぞ。そなた面白い奴じゃな!のぅヴェンツェル?」
「はっ、ワシも微笑ましい気持ちで見ておりましたぞい」
「えっ、えぇ???」
「あっ、ありがとうございます(良かった陛下を不快にさせなくて……でも子供みたいって褒められてるのかな?)」
アルベルトは蛾の話をし過ぎて女王を不快にさせたのではと心配したが寧ろ好印象を与えた為安堵する。一方フランクは女王や宰相の予想外の反応に困惑した。
「今夜は年に一度の宮廷舞踏会じゃ。そなたも家族と共に他の貴族らと談笑したり踊ったりして交流を楽しむが良い。では余は控え室で軽食を取る故もう下がって良い」
「はっ、ははぁ!」
「ありがとうございました陛下!」
「会場からお出になられるのですか?先程ヨハネス殿のご子息テオドール殿が陛下にご挨拶とダンスの申し込みをしたいと……」
「すまぬが後じゃ。地方貴族の者達と挨拶しておったら小腹が空いた。行くぞアデリーナ」
「はっ」
マルガレーテは謁見を終わらせ控え室で軽食を取る事にした。ヴェンツェルからヨハネスの息子からの誘いの話を聞いたが保留にしてアデリーナを伴い会場を後にする。
「あぁようやく謁見が終わった。陛下の前で緊張して変な汗出ちゃったよ」
「いやぁ五年ぶりに陛下と対面してワシも緊張したわい!しかし中々好印象だったな!ガッハッハッハ!」
「好印象だったのは僕でしょう?父上は思い切り嫌われていたじゃないですか」
「うるさいバカ息子!いいか!謁見が終わったから言った通り上級貴族の未婚のご令嬢に話しかけてダンスに誘え!」
「分かりましたよ……面倒くさいなぁ」
そしてアルベルトは内心で面倒くさがりつつもエルンストと共に会場内でご令嬢への声掛けを始めた。
★★★
「ごめんなさい。私既に婚約者がいてこれから彼と踊りますの。失礼しますわ」
「わっ、私も失礼致しますわ!先約がございますの!」
アルベルトは父親に言われた通り踊っていない令嬢達をダンスに誘ったが悉く断られていた。かれこれ十人以上に声を掛けても断られ心が折れそうなアルベルトに対し更に後ろで見ていた別の令嬢達がヒソヒソと陰口を言って追い討ちをかけた。
「あらやだ蝶好き令息ですわ。蝶や蛾の死骸を箱に詰めるだけではなくて芋虫や毛虫を素手で触るらしいですわ」
「まぁ気持ち悪い。しかも贈収賄で外務大臣を辞職したフランク様の次男なのでしょう?陛下にも嫌われている筈なのに何故参加していらっしゃるのかしら?」
「何でも森で狩猟中の陛下をお助けしたそうですわ。でもそれもきっと大臣に返り咲きたいフランク様の策略じゃないかしら?詳しく知りませんけど」
「傷モノのご令息でも魔力が強ければ魅力的ですけど魔力も最低レベルですってね。そんな方とは踊りたくありませんわ。クスクス」
令嬢達の陰口を聞き悲しげな顔で俯くアルベルト。慣れているとは言え直接言われるとやはり気になるのである。そんな時エルンストが陰口を叩いていた令嬢達に近づいてきた。
「君達、私の弟の話をしているようだが何を話しているか聞かせてくれないか?」
「「「!?」」」
令嬢達は突然話しかけて来たエルンストに驚き目を丸くする。エルンストは笑顔であったがその目の奥が笑っていない事を察してその場を後にした。
「なっ、何でもございませんわ!あら!他の殿方とのダンスの約束がございましたわ!ではまた!」
「わっ、私もご機嫌よう!オホホホ!」
「私もですわ!」
令嬢達が去った後エルンストは俯くアルベルトの肩に手を置き寄り添って慰めた。
「悲しまなくていいんだ弟よ。父上の事も魔力の弱さもお前のせいじゃ無い。趣味の事だって幾ら自分が理解出来ないからってそれを理由に貶めるなんて最悪だ!」
「兄上……」
「大丈夫だアルベルト。いざとなったらお兄ちゃんが女装して一緒に踊ってあげるからな」
「……余計に奇怪な目で見られるので絶対やめてください」
アルベルトは兄の気持ち悪い提案に死んだ目で断りを入れた。丁度その時懇意にしている貴族らと談笑していたフランクが二人の元にやって来た。
「ガハハハ!ではまた後で……おい!お前らはもう未婚の令嬢達を誘って踊ったのか?」
「声はかけています。ただ兄上は二人と踊りましたが僕は誰とも……」
「はぁ……だから蝶や蛾を追いかけるような趣味などやめろといつも言っているんだ!」
「父上、兄上、僕お手洗いに行ってきます」
「おっ、おいアルベルト!」
フランクから叱られたアルベルトは暗い顔でお手洗いへ行くと言ってエルンストの静止も聞かずに会場から出て行った。
「可哀想なアルベルト……出来ることならお兄ちゃんが令嬢になって踊ってあげたいくらいだ」
「全く完全に育て方を間違えてしまった。もう少し厳しく貴族らしさを叩き込むべきだったな!」
エルンストとフランクは会場を出ていくアルベルトを後ろから見ながらそれぞれ思った事をつぶやいたのだった。さて、アルベルトは用を足し終えた後王宮内の廊下を一人移動してこの日に合わせ賓客に公開されている庭へ出てきた。夕方から夜になりガス燈でライトアップされた庭は低木の植え込みが丁寧に剪定されており何種類もの花々が美しく咲き誇っている。だが他の貴族達は舞踏会に夢中らしく誰も庭にいなかった。
「やっぱり混雑した会場より緑がある場所の方が居心地が良いや。何で皆んなあんな疲れる場所が好きなんだろう。目上の人に気を遣ったり陰口を言い合ったりでさ……まぁ良いや。ガス燈と植え込みに咲く花に来た蛾でも探そうかなぁ」
アルベルトはそう言って庭の中をゆっくりと歩き回る。アルベルトにとってはやはり花より蛾であった。ガス燈には灯りに誘われ白や焦茶色など様々な色の蛾が集まってきていた。
「やっぱりヒトリガとマイマイガの仲間が多いなぁ。今年は大発生の年だから領地の畑も大変だったみたいだし。あっ!あそこでサビイロスズメがアベリアの花を吸蜜してる!」
アルベルトは灯りや植え込みにやってくる様々な蛾に興奮して庭を歩き回る。
「こっちにはカバイロシビレエダシャクがいる!弱い雷魔力の蛾だ!いやぁ案外色んな蛾が来ていて楽しいなぁ。父上には蝶や蛾を見かけても追いかけるなって言われたけど別に建物内じゃなきゃ良いよね。ん?」
アルベルトが歩き回って満足げに笑っていた時、ふと近くの茂みに水色の羽をした小さな蛾が止まっているのを見つけた。
「あれは……ミズウスバアオシャクの成虫だ!」
アルベルトはこの間森で見つけたシャクトリムシの成虫を見つけて興奮し目を輝かせた。
「毒は無いし水魔力の蛾だから素手で捕まえちゃおう……そーっとそーっと」
そう言って蛾に手を伸ばしたアルベルト。だが突然後ろからアルベルトに二頭の犬が元気に飛びかかってきた。何とそれは囲いにいる筈のロムルスとレムスだ。
「なっ!ロムルス!レムス!どうしてここに!?」
急に出て来た犬達にアルベルト。その時蛾が騒がしさに危険を感じたのかパタパタと植え込みから飛び上がった。アルベルトはそれに気づき慌てて追いかけようとする。
「まっ、まって!」
アルベルトは必至に逃げる蛾を追いかける。だが噴水の近くまで来た時アルベルトはつまづき沢山の花が植えられた花壇に頭から突っ混んだ。
「ぐぇ」
顔を土にめり込ませて気絶した。その時噴水の近くの別の植え込みで水色の髪をした色白の少女が本を読んでいたがアルベルトの声に気づき噴水の脇を通り声の方向へ近づこうとした。だがその瞬間噴水から沢山の水柱が上がり少女はびしょ濡れになった。
「きゃっ!一体何なの!!!」
水柱を作ったのは噴水の上を飛んでいたミズウスバアオシャクだった。身を守るため水の魔力で作ったのだ。だがそれを知らない少女は本や服が濡れてしまった事にがっかりして泣きそうになった。
「あぁもう折角の小説とドレスが台無しですわ!一体お爺様に何と言えば……あら?あそこの花壇に何か……」
少女は花壇のアルベルトに気がついた。突っ伏したままのアルベルトの周りをロムルスとレムスが尻尾を振りながら走り回っている。少女は状況が分からず怪訝な顔をした
「この方は一体……?」
少女はアルベルトに近寄って足を引っ張り仰向けにしてから声をかける。少女の声と犬達の吠える声にアルベルトは目を覚まして少しずつ瞳を開いた。
「君は……誰?」




