波乱の宮廷舞踏会①
肌を刺すような日差しが照りつけ森も濃い緑に染まるボナヴィア王国の夏至の昼下がり。とうとう宮廷舞踏会の日を迎えベルンシュタイン伯爵一家は所有する馬車で王宮へと向かっていた。
「いやぁ実に五年ぶりに宮廷舞踏会へ招待された!まさかお前が狩猟中の女王陛下をお助けするなどという偉業を成すとはな!バカ息子もごく稀には役立つものだ!」
「役立つものだって父上……」
「褒めてやっとるんだから感謝せんか!いずれにしろワシにもついにツキが回って来たようだな!この機会に女王陛下からの信頼を取り戻し再び貴族議会議員そして国務大臣に返り咲いてやるぞ!ガッハッハッハ!!!」
「父上ったらまた返り咲きの話をしてる……」
馬車の中では小太りの伯爵フランクがアルベルトがツェルニッツ公爵領の森で女王を助けた件に触れ再び返り咲く大チャンスがやって来たと上機嫌であった。アルベルトはそんな父親を冷めた目で見ていたがふとフランクは一番の不安要素である次男アルベルトの行動が心配になり始めた。
「おいアルベルト、先に行っておくが会場内での立ち振る舞いには気をつけろよ?間違えてもワシのメンツを潰すような恥ずかしい行動はするな!良いな!」
「言われなくてもわかってますよ父上」
「分かっていてもだバカ息子!お前は蝶や蛾が少しでも視界に入ると勝手な行動を取るからな!万が一城内に迷い込んだ蝶や蛾を見つけても絶対に追いかける様な真似はするなよ!良いな!」
「……うわぁ!!!」
「うひゃぁ!!!何だ急に止まりやがって!」
フランクからアルベルトが注意を受けていたその時農道を走っていた馬車が急ブレーキをかけて止まった。二人は馬車の中で前のめりになってずっこける。次の瞬間アルベルト側の扉がバンと勢いよく開きアルベルトの兄エルンストが乗り込んできた。
「二カ月ぶりだな可愛い弟よ!!!大好きなお兄ちゃんだぞ♡♡♡」
「兄上!?」
突然の兄の登場にアルベルトは驚き困惑した。エルンストは起き上がったアルベルトに激しく抱きつき頬擦りをした。
「あぁ弟のこの匂い!温もり!そして綺麗な髪!お兄ちゃんは再び会えるのをどれだけ待った事か!!!」
「ちょっと兄上苦しいです!」
「招待状を読んだぞ!お前女王陛下をお助けしたんだってな!可愛い弟の優しさが陛下にも理解されてお兄ちゃん嬉しいぞ♡」
エルンストは気持ち悪い事を言いながらアルベルトを抱き続ける。アルベルトは苦しい表情でエルンストから離れようともがいた。
「おっ、おいエルンスト!!!お前ここはまだ我が領内の農道だぞ!先に王都で待っておくと言っていなかったか!?」
「申し訳ありません父上!王都には先についておりましたが愛する弟に一分一秒でも早く会いたくて馬車と徒歩でここへ来て待っておりました」
エルンストは父親の質問にブラコン全開の理由で返した。フランクは顔に手を当て呆れた表情でぼやいた。
「あぁ何てこった。こんなバカ息子共を連れて舞踏会に行かねばならんとは……陛下に気に入られるどころかまた罰を受ける羽目にならんか心配だ……うっ胃が痛くなってきた」
フランクは過剰な不安からキリキリと痛むお腹を抱えて苦しむ。エルンストは苦しそうな父親の様子を見て心配し声を掛けた。
「父上。もしかしてご体調が優れないのですか?舞踏会は欠席された方が良いのでは」
「誰のせいだこのバカ息子ども!!!」
「兄上!いい加減離して下さい!!!」
フランクの怒声と同時にアルベルトが我慢の限界に達して大声で叫ぶ。そんな騒がしい一家を乗せた馬車は再び動き出して王都の方角へ向かった。
★★★
王宮に着いたベルンシュタイン一家は案内された控え室で時間まで軽食を食べて待機しそして夕方になり三人揃って会場へ向かった。会場ではすでに国中から集まった様々な階級の貴族と令息令嬢が集まって雑談をしておりオーケストラの演奏と煌びやかなシャンデリアの灯りが場を彩っていた。
「もうすぐ陛下がご入場されて舞踏会が始まるな……いいかお前達!舞踏会が始まったらアルベルトはまずワシと共に陛下に謁見するんだ!ただし蝶や蛾についてとか余計な話はするなよ?その後は二人とも上級貴族の未婚のご令嬢に話しかけてダンスに誘うんだ!お前らの行動にこのワシの出世が掛かっていると思え!」
「そうは言っても僕ご令嬢方からは趣味と魔力の弱さのせいで嫌われてしまっていますし……」
「俺も可愛い弟の側にいたいです。それに父上は女王陛下はおろか国務大臣達からも評判悪いのですから返り咲きなんて無茶では?」
「やかましいこのバカ息子共!!!ワシの子供なら父親の為にちったぁ協力せんか!」
「これ久しぶりじゃなフランク殿」
「!?」
会場の壁際でフランクが息子達に注意していると人混みの中から白髭で赤いサッシュをかけた黒い軍服の老紳士が茶髪の秘書官を伴って近づきフランクに話しかける。
「これは宰相閣下!」
「うむ、この間の訪問依頼か。二人のご子息も一緒のようじゃな」
宰相ヴェンツェルに声をかけられフランクは一転し改まった態度になる。アルベルトとエルンストも宰相の声かけに驚き姿勢と服を整え背筋を伸ばした。
「いやはや本当にお久しぶりでございます!先日はこのバカ息子が申し訳ございません!下らん趣味からは早く卒業させ次期領主として厳し〜く育て直しますのでどうかお許しを……!」
「いやなに、好きな趣味がある事は決して悪い事ではないぞい。それに彼は性格は良い子のようだからフランク殿ももう少し優しくしてあげたらどうかね」
「はっ、はぁ……」
謝るフランクに対しヴェンツェルはアルベルトを庇うように諭す。そしてチラッとアルベルトを見つめてウィンクをするとアルベルトは明るい顔を見せた。
「エルンスト殿も久しぶりじゃのう。この間帰国してワシのところへ尋ねて来て以来か」
「はっ、はい!しかし閣下、なぜこの間の帰国が母上のお墓参りの為だとわかったのですか?確かお伝えしていませんよね?
エルンストから質問されたヴェンツェルは上手く誤魔化す為に虚偽の説明をした。
「いや、お前さんが急に帰国したのがどうしても気になって大使殿に聞いたのじゃよ。それだけの事じゃ」
「はっ……はぁ……」
「それより女王陛下がご入場される時間が近づいてきておるぞ。おや……」
ヴェンツェルがはぐらかした時周りの貴族達が一斉に静まり会場出入り口付近に視線を向ける。ラッパを吹く兵士らと共に深い青の豪華なドレスを纏い純銀製でアメジストやダイヤが散りばめられたティアラをつけた女王マルガレーテがメイドのアデリーナを引き連れ登場した。
「女王陛下がいらっしゃいましたわ!本日も麗しいですわ!」
「女王陛下!どうかご挨拶を!」
「いや!俺が先だ引っ込んでろ!」
権力を欲する貴族達は一斉に女王にお近づきになろうと近づき声をかけるがマルガレーテは気にも止めず会場の中央を颯爽とあるき会場奥の玉座へと向かう。その時壁際で見ていたアルベルトと目が合った時マルガレーテは軽く微笑んだ。
「かっ、閣下!いい今我らの方を見て陛下が微笑みを!」
同じ位置から見ていたフランクは女王が自分を含む伯爵家に微笑みを見せたと思い興奮しながら騒ぐ。ヴェンツェルは陛下はアルベルトが出席しているのを確認し安心したのだろうと察していた。
「フランク殿、気に留めてもらえて嬉しいのは分かるが少し静かにせんか」
「はっ!申し訳ありません閣下!」
「そうだぞフランク。第一貴様に微笑んだとは限らんではないか。この吾輩かもしれんのだからな」
「なっ!?きっ、貴様ヨハネス!」
フランクが嗜められていた時近くにいた金髪の背の高い割れ顎紳士が嫌味な笑みでフランクを見つめ話しかけた。財務大臣兼副宰相のヨハネス・ゴットルプ・フォン・ハイネだ。
「おぉ覚えていたか。かつて外務大臣だったフランク・カール・フォン・ベルンシュタイン?」
「だったは余計だ!相変わらず嫌味な男め!閣僚時代からお前の事は嫌いだったんだ!」
「副宰相閣下と呼べ。今や吾輩とお前とは天と地程の身分差があるのだからなぁ。今年の舞踏会にはお前のガキが陛下を助けた礼で呼ばれたそうだな?ちょっと陛下にお近づきになれる機会を得たからと言って調子に乗っちゃあいかんぞ?」
「ええぃうるさい!余計なお世話だ!」
フランクはかつての同僚であり個人的に毛嫌いしているヨハネスと小競り合いをする。ヴェンツェルは呆れながらも二人の仲裁に入った。
「これヨハネス殿、贈収賄で失脚したとは言えフランク殿は同じ仲間だったではないか。あんまりいがみ合うのはいかがなものかと思うぞい」
ヴェンツェルに嗜められたヨハネスは一転して胡麻をするような態度で手を擦り合わせ腰を低くしヴェンツェルにへつらった。
「ややっ!これは宰相閣下!いやぁお見苦しいところをお見せ致しました!閣下の奸臣にさえお情けをかけられる寛大さは流石でございますなぁ!いよっ名宰相!ただ恐れながらこの男は金に汚い俗物!この優秀な吾輩の事は信用なさってもこの男は信用なさらない方がよろしいかと思いますぞ!」
「チッ、相変わらずの腰巾着野郎が!金に汚いなら貴様も同じじゃないか!財界の連中から色んな名目で献金貰ってるだろうが!」
「何とでも言え。私はお前みたいなつまらん違法行為はせんのだ。王宮に戻らず一生地方で燻ってろ負け犬が」
「何だとこのケツアゴ嫌味オヤジ!」
「言ったなチビデブ奸臣野郎!」
品の無い言葉で互いを罵り睨み合うフランクとヨハネスの様子をヴェンツェルとアルベルト達が呆れながら見ていたその時、再びラッパが鳴り玉座の前にいる兵士の大きな声が会場全体に響いた。
「全員静粛にせよ!女王陛下による開催のお言葉である!」
兵士の声を聞きフランクとヨハネスも睨み合いながらも一旦休戦する。ヴェンツェルは玉座の前に立つマルガレーテのそばへ行く為アルベルト達の元を離れた。そしてマルガレーテによる開催の言葉が終わると共に華やかな貴族達のダンスが始まった。いよいよ宮廷舞踏会が幕を開けたのである。




