長男エルンストの帰国④
「美味い!弟の作ったポテトパンケーキは世界一だ!!!」
昼食の時間になりエルンストとアルベルトは食堂でテーブルに向かい合って座り昼食をとっていた。エルンストはアルベルトが作ったすりおろしたじゃがいもと玉ねぎ、風味付けにニンニクとヒソプというハーブを入れた郷土料理ボナヴィア風ポテトパンケーキを幸せそうに頬張っていた。
「こんな質素なものしか作れなくてすみません兄上」
「何を言う!可愛い弟が作ったものならお兄ちゃんは例え毛虫の丸焼きやイモムシのステーキだって食べるさ♡」
「だから例えが悪すぎですエルンスト様」
可愛い弟にデレデレのエルンストの度が過ぎる発言をアルベルトの横に立つアンナが呆れながら嗜めた。
「しかし本当にワシまで昼食をいただいてしまって良いのかねアルベルト君」
アルベルトの横に座ってポテトパンケーキを食べていたヴェンツェルは言った。
「皆んなで食べようと思って沢山作ったので大丈夫です。アンナも一緒に座って食べて良いんだよ?」
「ありがとうございます。でも私はメイドですから。それに皆様にお茶をお出ししなくてはなりませんし」
「そう?別に遠慮しなくてもいいのに」
アルベルトの優しい気遣いに微笑んで感謝しながらもアンナは断る。
「アンナ殿も一緒に食べれば良いのにのう。もしかしてダイエット中かね?」
言った事が図星だったのかアンナは殺気だった目でヴェンツェルを見つめた。危険を感じたヴェンツェルは冷や汗をかき後ろを振り向く。
「ヨゼフさん?デリカシーって言葉知ってますか?」
「……すまん」
アンナに睨まれながら小声で注意されヴェンツェルは縮こまって反省する。アルベルトは頭に?を浮かべ横の二人の様子を見つめた。そんな目の前の三人を見ながらエルンストはフォークとナイフを置き真面目な顔でアルベルトに聞いた。
「そう言えばアルベルト。蝶と蛾の採集をずっと続けているが今年で何年になる?」
「えっ?えーと、初めて標本を作ったのが八歳ですからもう十八年になりますね」
「もうそんなになるか」
弟の趣味の長さと時が過ぎる速さにエルンストはしみじみとして沈黙しやがて口を開いた。
「……趣味を理解されず孤独になっていないか?」
「えっ?」
「いつも手紙はもらっているがそれでもお兄ちゃんは不安なんだ。アルベルトは優しくて純粋無垢で良い子だが趣味が他の貴族と違う。それに数少ない理解者だった母上も今はいない。だから一人寂しく泣いていたらどうしようってな」
「兄上……」
「お兄ちゃんがそばにいてあげられたらこんな心配しなくて良いのに……ごめんな」
アルベルトに対する不安な本音を打ち明け暗い表情になるエルンスト。アルベルトは不安を払拭する為笑顔で答えた。
「何も心配ありませんよ兄上。確かに理解してくれる人は少ないですがそれでも楽しくやっています。それに最近同じ趣味の友達ができました。それが僕の横にいるヨゼフさんなんです」
「友達?その農民の爺さんは雇っているのではないのか?」
「雇用していると同時に友人でもあるんです。蝶や蛾を採集する僕の趣味に理解を示してくれましたし畑の手伝いもしてくださいます。優しくて素敵なお爺さんです」
「アルベルト君……」
明るくヴェンツェルを紹介するアルベルトの様子を見てエルンストは安心した表情になった。
「そうか……弟の趣味を理解してくれるお友達がやっとできたのか。それを聞いてお兄ちゃんは凄く安心したよ。爺さん……いやヨゼフ殿。どうかこれからも俺の可愛い弟をよろしく頼む」
「いや、こちらこそお願いする……いやします……」
エルンストが深々と感謝し頭を下げるとヴェンツェルもつられて頭を下げた。そしてエルンストは素早く食べ終わって口をナプキンで拭いた。
「あぁ美味しかった。弟の愛情たっぷりポテトパンケーキのおかげで元気にお墓参りをしにいけそうだ。よし。お兄ちゃんは出かけるぞ!」
エルンストは満足そうな顔で立ち上がりお墓参りの為に準備を始めた。
「やっぱり可愛いお前と別れたくないよぅ。お墓参りの後すぐヴィルクセン帝国に帰らなきゃならないなんて……」
エルンストは支度を整えて馬車が待つ門の前までやってきたが可愛い弟と別れたくないとアルベルトの手を取って号泣する。
「仕方ありませんよ兄上。それに僕もこの後揉め事があった村の視察に行かなくてはなりませんし」
泣きじゃくるエルンストにアルベルトは言った。エルンストは鼻を啜り一旦泣き止むとあるお願いをする。
「なぁ弟よ……最後にもう一度だけ抱かせてくれないか?」
「えぇ!?……いやですよ」
「頼む!お兄ちゃん一生のお願いだ!」
「一生のお願いって……仕方ないですね。ですがすぐ離してくださいよ」
許可をもらいエルンストは先程までより優しくアルベルトの体を抱擁する。目を瞑り涙を流しながらエルンストは呟く。
「あぁ俺の愛しい弟。お前の身体の温もりと匂いを次に感じられるのが一カ月以上先だなんて本当に耐えられない……」
「気持ち悪い事を言わないで下さい兄上」
アルベルトは呆れ顔で辛辣な言葉を言いながらも何処か寂しそうな目をしていた。やがてエルンストは一分間アルベルトを抱いた後離れ、涙を堪えながら馬車に乗り教会の墓地へ向かった。
「しかし短い再会じゃったな。兄上は苦手だと言いながら君も寂しそうじゃのう」
遠くに消えていくエルンストの馬車を見送るアルベルトはヴェンツェルは横から言った。アルベルトは少し寂しげに答える
「何だかんだ僕にとってこの世でただ一人の兄上ですから……」
★★★
数日後、エルンストはヴィルクセン帝国の首都ビュルムにあるボナヴィア王国大使館に戻り忙しい日々を送っていた。大使秘書専用の執務室から廊下に出てきたエルンストに職員の一人が声を掛けた。
「おはようございますエルンスト様。本国よりお手紙が届いております」
「帝国政府との協議調整で忙しい。すまないが後にしてくれ」
「それが宰相閣下からのお手紙でして。できるだけ早く読むようエルンスト様に伝えて欲しいとの事で」
「何?宰相閣下だと?」
宰相からと聞いてすぐに手紙を受け取ると執務室に戻り山のような書類が置かれた机で手紙を開いた。
「何々……(二カ月後に開かれる夏至の宮廷舞踏会についてベルンシュタイン家の者全員参加するよう伝えよと女王陛下より命令があった。それ故下記の日付には必ず本国へ帰還するように)……父上の横領贈賄事件以来招待されなかった宮廷舞踏会に何故急に呼ばれる事になったんだ?」
エルンストは急に舞踏会へ招待された理由がわからず首を傾げながら手紙を読み進める。すると手紙の最後にこのような内容が書かれていた。
(来年の御母堂のお墓参りには家族全員で行けるよう慎重に予定を立てなさい。家族とこれからも仲良く協力し合うように。宰相ヴェンツェル・ヨーゼフ・フォン・シュメルテンベルクより)
「……何故閣下は俺が母上のお墓参りの為帰省したと知っておられるのだろう?俺誰かに話したっけか?」
最後の部分を読んだエルンストは更に怪訝な表情を浮かべた。一方エルンストがヴェンツェルの手紙を読んでいたちょうど同じ頃、ボナヴィアの王都フラウでは王宮内の執務室にいるヴェンツェルが髭をいじりながら呟いていた。
「エルンスト殿にワシの手紙は届いた頃かのう。ワシがヨゼフじゃとバレないようにしつつお墓参りの事について一言添えておいたが。どんなに忙しくても家族との時間は大切にせんといかんぞい」
そしてヴェンツェルは午後の閣僚会合の為掛けてあったコートを着て執務室を後にした。廊下を歩きながら再来週のアルベルトとの予定について考える。
「結局この間はエルンスト殿の事があってアルベルト君に約束したワシお気に入りの標本を見せられなかったからな。次に会う時には見せてあげ……ハッ!」
ヴェンツェルは独り言の途中で大変な事に気がついた。そのお気に入りの蝶の標本が入ったトランクをこの間訪問した時研究室に置き忘れて来たのを思い出したのだ。




