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我儘女王マルガレーテ⑤

「間に合いました……!」


 アルベルトは這いつくばったまま笑顔で言った。イノシシは顔にかかった土を顔を左右に激しく振り払い落とす。そして警戒をしたのか更に後ろにバックした。


「アルベルト、よくぞ余を守ってくれた。後は余に任せてそこで静かに観ているが良い」


 マルガレーテはアルベルトに向けて微笑み盛り上がった土の上に乗りイノシシと対峙した。イノシシは再びマルガレーテを睨み荒い鼻息を出す。


「思い出したぞイノシシよ。そなたは前に仕留め損ねたこの森の主じゃな。余に復讐をする為に現れたという訳か。その力強さと勇気に敬意を表し余が直接魔力で仕留めてやろうぞ」


 マルガレーテはそう言って構えていた銃を地面に投げ落とし金と銀の煌びやかな装飾が施された黒い魔法の杖を懐から出した。そして包帯を巻いた右手で持ちイノシシに向けた。


「マルゴットさん逃げましょう!危ないですよ!」


 立ち上がったアルベルトはマルガレーテを心配して声をかける。だがマルガレーテは心配無用とばかりに言った。


「余はこの国で最も(強力)且つ(高貴)なる魔力の持ち主じゃ。そなたは黙って見物しておれ」


 マルガレーテが差し向けた杖に魔力を込めると杖の先に青紫色の光の玉が出来た。更にマルガレーテの周りに光る魔法陣が次々と出現し青紫色の瞳も輝く。


「さぁ!来るが良い!!!」


 イノシシはマルガレーテの掛け声に答える様に前足で土を掻いて突進しようとする。だがその瞬間イノシシの真横に


(ピシャ!!!ドガァァァーーーン !!!)


 と巨大な雷が落ちた。イノシシは驚き横に避けて構え直した。マルガレーテも突然の落雷に驚きの表情を見せる。すると後ろからガサガサと何人もの人達が藪を掻き分ける音と共に


「陛下!!!そこで何をしているのですか!」


 と近侍のアデリーナの怒声が聞こえて来た。更に陛下!陛下!とマルガレーテを心配し駆け寄ろうとする兵士達の声も聞こえる。イノシシは多数の人の声を聞いて分が悪いと感じたのか方向転換し森の中へ消えていった。


「あぁ!余の獲物が!」


 マルガレーテは逃げていったイノシシを見て落胆した。そして目をつり上げて後ろを向き藪から出て来たアデリーナに怒った。


「おいアデリーナ!今のはそなたの雷魔法か!これから仕留めようという時によくも邪魔をしたな!!!」

「国王がイノシシに襲われているのを見て助けない近侍がいますか!それに夕方までって言いましたよね?もう夜なのですが!」

「えぇい黙れ!!!給料減らすぞ!」


 マルガレーテとアデリーナが激しく口論している所に兵士達も近寄り全員でマルガレーテが無事かどうかを聞く。


「うるさいわ貴様ら!余は無事じゃ!」


 キレ気味でマルガレーテは兵士達に答える。その様子を立ち尽くしてぽかんと見つめていたアルベルト。すると兵士の一人がそれに気づいて声をかけた。


「おいそこのお前!一体何者だ!」

「えっ、あっ、アルベルト・ベルンシュタインです!ベルンシュタイン伯爵家の次男です!」


 アルベルトの自己紹介の声を聞いて兵士達とアデリーナが振り向く。声をかけた兵士が更に詰め寄り尋問する。


「伯爵家の次男だと?怪しい奴め!陛下がいらっしゃるこの森で何をしていた!」

「その、蛾の採集にですね。というか陛下とは一体……?」


 アルベルトは更に訳が分からないとばかりに困惑した顔になる。するとマルガレーテが兵士やアデリーナを掻き分けアルベルトの近くまで来て詰め寄った兵士を諌めた。


「やめよ。此奴は余をイノシシから助けた恩人じゃ」

「はっ!しっ、失礼致しました陛下!!!」


 兵士は睨む主君に恐れ慄きながら謝罪した。マルガレーテは困惑したままのアルベルトに顔を向け得意げに微笑んで言った。


「ようやく余の正体に気づいたかアルベルト。余は貴族令嬢マルゴットでは無い。余の本当の身分はボナヴィア王国の女王、そして名はマルガレーテ・フォン・アインブルクじゃ」


 アルベルトはマルガレーテの言葉に固まった。そして次の瞬間驚きで目を見開きながら森全体に響く大声で叫んだ。


「えええええぇぇぇーーー!!!!!!」



★★★



「アルベルト・ベルンシュタイン様をお呼び致しました」


 翌日王宮の謁見室に呼ばれたアルベルト。アデリーナの声で開いた部屋に入ると昨日森で出会った女性マルガレーテが女王として黒いスレンダーラインドレスを纏い足を組みながら玉座に座っていた。普段殆ど緊張しないアルベルトも流石に緊張した表情になりながら頭を下げ跪く。


「アルベルト・ベルンシュタイン。おもてを上げよ。昨日は森で世話になったな」


 マルガレーテに言われて顔を上げたアルベルトは早速昨日の事を冷や汗をかきながらマルガレーテに詫びた。


「昨日はその……女王陛下と知らず様々な無礼を致しまして誠に申し訳ございません」


 アルベルトは頭を下げて昨日のマルガレーテに対する無礼を謝った。


「うむ非常に無礼であったな。不敬罪で首を刎ねるか」

「ひっ!!!」


 アルベルトは真っ青になり震えながら声を上げる。それを見たマルガレーテはケラケラと笑い出した。


「アーッハッハッハッ!冗談じゃ冗談じゃ!手に負った怪我も治療してくれた上迫りくるイノシシからも魔力で余を守った。そんなそなたの首を刎ねる訳なかろう」


 横にいたアデリーナは眉を顰めてマルガレーテの度の過ぎた発言を諌める。


「陛下。冗談で首を刎ねるという発言はなさってはいけません」

「何じゃつまらん。アルベルトの慌てる姿を楽しんでおったのに興ざめじゃ」


 マルガレーテは不愉快な顔になってアデリーナに文句を言った。しかしすぐにアルベルトに笑顔を向け


「アルベルト。昨日一日そなたといてそなたが欲深く性格の悪い父親のフランクと違う好青年である事がよく分かった。これからもヴェンツェルを友として支えよ」


 マルガレーテの口からヴェンツェルの話が出てきた事にアルベルトは驚き質問した。


「陛下!一体何故僕とヨゼフさんの事を知っていらっしゃるのですか!?」

「この国で余が知らぬ事は無い。趣味を共に楽しんでおる事も全て知っておるぞ。それ故昨日は身分を隠しそなたをチェックしておったのじゃ」

「そうだったのですか……」


 アルベルトは全て知られていた事を知り茫然とする。マルガレーテはそんなアルベルトを愉快な表情で見つめた。そしてふと大事な事を思い出して両手をパンと叩いた。


「そうじゃアルベルト。二ヶ月後の夏至の宮廷舞踏会だがベルンシュタイン伯爵家も招待する事にしたぞ。そなた社交の場には行かないと言っていたが次の宮廷舞踏会には必ず出席せよ。しなければどうなるか分かっておるな?」

「はい!!!かっ、必ず参加します!」


 マルガレーテはニヤリと口角を上げ悪役令嬢の様な悪い顔でアルベルトを睨む。アルベルトは縮み上がって必ず参加すると約束した。


「よろしい。では下がって良いぞ。舞踏会で再会するのを楽しみに待っておる」

「はっ、はい!」

「ああそうじゃ。それとヴェンツェルがそなたを宰相執務室に呼んでおったぞ。挨拶してから帰るが良い」

「わっ、わかりました!失礼します!」


 アルベルトは2回頭を下げるとスタスタと小走りで謁見室を後にした。マルガレーテはアルベルトの反応が楽しかったのか悪戯な笑みを浮かべて見送った。


「アルベルト・ベルンシュタインか……普通の令息らしからぬ世間知らずの変わり者め。だが子供のように天真爛漫で趣味を全力で楽しむところは嫌いでは無い。もう少し観察してみても良いか。フフフ……」


 アルベルトは謁見室を出た後廊下にいた女官に宰相執務室の場所を聞いてから向かった。ノックして宰相執務室に入るとヴェンツェルが安心した表情で出迎える。


「失礼します……」

「おお!アルベルト君。陛下への謁見は終わったかね」

「ヨゼフさん!いえ宰相閣下!とても緊張しましたよ」


 アルベルトは緊張から解放されて明るい表情になりヴェンツェルに言った。


「昨日の出来事についてはアデリーナ殿から聞いた。しかし陛下と森の中で偶然出会うとはの……何にせよ君が処罰されなくて本当に良かった」

「僕もどうなるかと思いましたけど無礼をしてしまったにも関わらず寛大に許して下さりましたし夏至の宮廷舞踏会にも誘って下さいました。陛下は寛容で品のある良い方ですね」


 アルベルトがマルガレーテを高く評価するとヴェンツェルは普段の我儘で傲慢な女王の様子を思い出してため息混じりに呟く。


「他人の前ではしっかり女王らしく振る舞うのじゃがなぁ……」

「ん?何が言いました?」

「ああいやこちらの話じゃ。あと陛下からワシら二人の関係についての話があったじゃろう。秘密を守れなくて申し訳なかった」

「いえ。知られてしまった事は仕方ありません。それに陛下からは宰相閣下を友として支えよとも言われました。改めてこれからも友人としてよろしくお願いします」


 アルベルトは笑顔でヴェンツェルに右手で握手を求めた。ヴェンツェルも右手を出して互いにがっちりと友情を誓う握手を交わした。


「ワシの方こそよろしくなアルベルト君。そうじゃ、来月の休みにまた君の研究室に行く予定じゃが良いかのう?次来る時はワシのお気に入りの標本も持って来る事にしよう」

「ええ構いませんよ。ただ第三週の土曜日だけは難しいです。母の命日で家族と教会の墓地へ行く予定なので」

「うむ了解した。ではそれ以外の日に休みを入れておくとする。決まったら連絡しよう」


 二人は謁見室の中で来月の事を楽しそうに話し合い盛り上がった。その謁見室の窓のはるか向こうにある囲いでは猟犬ロムルスとレムスがイノシシにやられた怪我の治療を終え、包帯を巻いたまま囲い内の芝生で休んでいた。

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