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蝶好き令息の肉体改造③

「えぇ!?それじゃあお見合いは無しになったのですか!」

「今朝届いた手紙で男爵が突然見合いを中止すると言ってきやがった!次女の婚約が別の家と決まったからと言ってな!だから文句を言いに行くんだ!ついでに慰謝料もふんだくってやる!」


 アルベルト達は支度を終えた後馬車で王都まで行きクラール男爵邸の最寄り駅行きの朝十時発の汽車に乗った。だが今日予定されていたお見合いは急遽無しになったらしい。その為アルベルト達はお見合いでは無く約束を反故にした分の慰謝料を請求する為に男爵邸へ行く事になった。


「でもそれなら僕は同行しなくても良いじゃないですか」

「何言ってやがるバカ息子!お前の縁談に関する話なのだから同行するのは当たり前だ!ワシと一緒に慰謝料を請求するんだ!」

(全く……父上ったらお金の事に限っては行動力があるんだから)


 アルベルトは窓際の席で向かい合って座る父親に対し呆れたように心でぼやいた。更にフランクは周囲を見渡し客車への不満を口にする。


「フン!おまけに混雑のせいで一等車じゃなくて貧乏人共と同じ二等車で我慢する羽目になるとはついとらん!もっと早い汽車に乗るべきだった!」

「そんな事言っちゃいけませんよ父上、他のお客さんに失礼です。ところでアンナはどうしてついて来たの?お屋敷で待っていて良いのに……」

「わっ、私はアルベルト様がお見合い中粗相をなさらないか心配でついて来たんです!(本当はお見合いを妨害しようと思って……なんて言えないけど)」


 アルベルトの隣の通路側席に座っていたアンナは妨害の為だとは答えられずいつも同行する時と同じ理由を答えた。


「まぁお見合いが無くなったみたいなので私はホッとしましたけど」

「えっ?どうしてホッとしたの?」

「そっそれは……もう!本当にアルベルト様は鈍いですね!おバカ!にぶちん!朴念仁!」

「???」


 何故お見合いが無くなりホッとしたのか聞いても答えず逆ギレするアンナにアルベルトは意味が分からないとばかりに怪訝な顔をする。間もなくベルンシュタイン一家を乗せた汽車は時刻通り発車すると王都を出てのどかな田園地帯を進んでいく。


(はぁ……それにしてもどうして僕は中々筋肉がつかないんだろう。ヨゼフさんは早くて三か月後には体つきに変化が現れるって言っていたのに……母上は東洋の武術を使える人だったから母上似の僕も筋肉は付くのは早いかなぁって思ったんだけど……うわっ!?)


 田園風景を眺めながらアルベルトはまたもトレーニングの成果が現れない自分の身体の事について考えていた。すると汽車が急停車しアルベルトを始め乗客全員が倒れたりよろけたりして車内は騒然となった。


「なんだ一体!急に止まりやがって!」

「何があったのかしら?機関車の故障?」


 フランクとアンナは前のめりになった体を起こしてそう口々に言い合った。一方先頭の汽車に乗っていた運転士と機関士は線路に降りてあるものを見上げ困惑していた。


「何だこれは……!何故線路にこんな土砂の山があるんだ?」


 あるものとは線路のど真ん中に積み上げられた高さ三メートル近い土砂の山であった。汽車は線路を塞ぐこの障害物の為に急停車したのだ。大きな石も混ざる如何にも重そうなその土砂をどこの誰が線路に積み上げたのか運転士も機関士も分からず互いに顔を合わせ困惑していた。だがその時突然土砂が動き始めた。


「うわぁ!?どっ、土砂が動き出したぁ!」

「これは土砂じゃなくて……巨大なゴーレム!?」


 土砂は忽ち人型の石混じりの巨大土人形となり運転士と機関士に襲い掛かる。土砂の正体は地の魔力で作り出されたゴーレムだった。しかもゴーレムは他にもおりそれらも動き出した。忽ち機関車は八体のゴーレムに囲まれてしまった。


「いい一体誰がゴーレムを……」

「ゲハハハハ!お前らには悪いがこの汽車は止めさせて貰うぜぇ!」

「なっ!?お前は誰だ!いつの間に機関車の上に!」


 追い詰められた運転士と機関士はふと聞こえた声に驚き振り返ると機関室の屋根に軍服の大男が立っているのを発見した。大男の正体はゲオルクで汽車を止めたゴーレムを作り出したのも彼の仕業であった。客車の方では相変らず乗客達が原因不明の急停車に動揺していた。


「もう止まってから十分だ。何で動かないんだろう?」

「車掌からも何も説明が無いしどうなっているんだ!正午までに次の駅に着かないと商談に間に合わないんだぞ!」


 客車内が不安や焦り、苛立ちに支配される中痺れを切らしたフランクがいきり立った様子で席から立ち上がった。


「もう我慢ならん!車掌の奴を問い詰めてやる!」

「ちょっと父上!」

「全く貴族たるこのワシを平民共と同じ車両で待たせやが……っ!?」

「動くな!大人しく元の席に戻りやがれ!」


 フランクが大股で車掌の元へ向かおうとしたその時突如客車に覆面の男達が乗り込んで来た。男の一人は拳銃をフランクの鼻先に突き付け席に戻るように脅迫する。


「なっ、何だお前!?きき貴族のワシにこここんな事してタダで済むと思……」

「へぇ、一体どうなるってんだい!」

「!?」


 拳銃を突き付けられながらも態度のデカいフランクの背後に今度は大柄の若い美女が姿を現しフランクは思わず振り返る。女はオレンジの短髪で左目に黒い眼帯をしておりまだ寒い季節にも関わらず露出させた大きな胸には蜂の柄のタトゥーが掘られていた。


「ママ!こいつ拳銃突き付けても座ろうとしないよ!」

「脅しが足りないんだよ!アンタお貴族様らしいけどどこの家だい?」

「べっ、ベルンシュタイン伯爵家だ!もも文句あるか!」


 ママと呼ばれた女はフランクの家について聞くと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「何だいあの没落しかけの家かい。どーりでこんな三等客車に乗ってる訳だ」

「何ぃ!貴様……ひぃっ!」

「貴族だからってイキってんじゃないよ!ベルンシュタイン家の奴らが魔力の弱い事は知ってんだ!アタシの火の魔力でこの車掌みたくなりたく無きゃ席に戻りな!」

「ひえぇ!?わわ分かったから燃やさんでくれぇ!」


 没落しかけと言われ怒ったフランクに女は掌から大きな火を出して脅した。更に傍に居た男に目配せして車掌らしき焦げた制服を着た男を連れて来る。男は全身に大やけどを負っており縛り上げられていた。フランクは恐ろしくなり大人しく席に戻る。


「よく聞きな!この汽車はアタシらヴェスピナが占拠した!アタシは団長ゲルダだ!命が惜しかったらアタシの言う事聞いて金目の物を全部出しな!」

「おいおい!ヴェスピナってあの銀行強盗事件の盗賊団じゃないか!」

「ゲルダってその女団長か!?何て事に巻き込まれちまったんだ!」


 女は太い葉巻を銜え車内に響く大声を張り上げると乗客達を恐怖に慄かせた。客者に乗り込んで来た者達の正体はゲオルクが王弟派のアジトで口にしていた盗賊集団ヴェスピナで女はその団長ゲルダだった。気がつけば汽車は巨大ゴーレムと武装した盗賊の馬や幌馬車に囲まれ動けなくなっており乗客も乗務員も皆盗賊達の言う事を聞くしかなくなった。


「ちぇっ、どいつもこいつも平民だから有り金が少ねぇや!」

「魔力も弱くて抵抗しねぇがな。一番金目の物持ってやがんのはこの貴族のおっさんだけだぜ」

「ひぃぃ!これ全部やるからワシら一家だけは殺さないでくれぇ~~~!!!」


 乗客から財布や貴重品を次々奪っていた盗賊達だがその収穫が少ない事に苛立っていた。そんな中フランクは手下の男に拳銃を突き付けられ財布だけでなく例の報奨金で購入した宝石付きの金の指輪やミンクのコートやワニ革の靴を差し出し命乞いをしている。


「こっ、怖いですアルベルト様ぁ……」

「大丈夫、大丈夫だからアンナ……」


 アルベルトは怖がり震えるアンナを傍に抱き寄せ優しく声を掛けて恐怖を和らげてあげた。一方手下の男はまだ奪えるものがあると睨みフランクを更にゆする。


「おいおっさん、お前貴族だろ?他にも何か持ってやがんじゃねぇのか?隠さずに寄こせ!」

「ひっ、これ以上は何も無い!断じて無い!本当だ信じ……あっ!」


 胸ぐらを掴まれたフランクは金品は持っていないと否定したがその時ゴトッと何かが床に落ちる音がした。落ちたのは黒い小箱で拾い上げた手下の男が開けると中には琥珀がはめ込まれた小さな指輪が入っていた。


「てめぇ嘘つきやがって!まだこんな物持ってやがったじゃねぇか!」

「だっ、駄目だその指輪は!どうかそれだけは見逃してくれ!」

「うるせぇんだよ!こいつも貰って……」

「返してくださいっ!!!」

「あん?何だと……ぎゃっ!」


 手下の男が指輪の箱を奪い取ったその時アルベルトが突然手下の男に飛び掛かり男から指輪を奪い返そうとしてもみ合いになった。


「アルベルト様!お止めください危険です!」

「放せ小僧!何しやがる!」

「その指輪は母上の形見なんです!!!父上にとっても僕にとっても大切な家族の遺産なんです!!!返してください!!!」

「放せ!放せってんだ小僧!このっ!」


 客車の廊下で指輪を巡り手下の男とアルベルトは激しく争う。だが力の差は歴然でアルベルトは男に突き飛ばされ廊下に倒れ伏した。


「このガキぁ!ぶっ殺してやる!」

「待ちな!撃つんじゃ無いよ!」

「ママ!」


 床に倒れたアルベルトを拳銃で撃とうとした手下の男を何故かゲルダは静止する。ゲルダは倒れたアルベルトの前でしゃがむとその顔を覗きこみニヤリと笑みを浮かべる。


「アンタ、ベルンシュタイン家のご令息かい?女々しい見た目している癖に子分に挑みかかるなんて勇気あるじゃないか。フーン、よく見りゃ顔も可愛いしアタシ好みだねぇ……ンフフフ」

「えっ?」

「決めた!指輪じゃなくてこの坊やを貰おうじゃないか!」

「えええぇぇ!?」


 ゲルダの突拍子もない発言にアルベルトは勿論フランクや手下の男まで目を丸くして驚愕した。


「ママ!何もガキまで盗まなくたって……」

「口出しは無用だよ!アタシは年下の生意気な男を調教して飼いならすのが好きなのさ♡」


 手下からの反対を一蹴しゲルダはアルベルトの顎をつまみ顔を更に見つめ舌なめずりをした。


「お願いです!アルベルト様を連れて行くのはやめてください!人質なら私が……キャッ!」

「あっ、アンナ!」

「小娘に用は無いんだよ!それとアンタ、可愛い息子を返して欲しかったら身代金として五千万グローネを用意するんだね!何をぼさっとしてんだい!この坊やに魔力封じの枷をつけて馬車まで運びな!」

「「はっ、はいママ!!!」」


 身代わりになろうとしたアンナをゲルダは突き飛ばしフランクにはまた掌から炎を噴き出して脅した上で手下達にはアルベルトの捕縛と輸送を指示した。アルベルトは抵抗したが最終的に手足に枷を嵌められ更に口に布を噛まされた上で盗品を積んだ幌馬車に乗せられてしまったのだった。



★★★



(今日は第二月曜日か……そう言えばアルベルト君がクラール男爵家の次女殿とお見合いをする日じゃのぅ。まぁより良い家の婿殿を男爵殿に紹介しておいたから無しにはなったと思うが)


 その頃ヴェンツェルは列車が強盗団に襲われている地点から三キロ離れた陸軍基地へ視察に訪れていた。軍馬がいる厩舎内の視察中ヴェンツェルは自身の手帳にある日付を確認した上で内心でサラッとお見合いを妨害した事を仄めかす。


(全く陛下の為とは言え友人の縁談に横やりを入れるのは正直良心が痛むぞい。さっさと彼を王配候補になされば良いのにのぅ。まぁそれも難しいかも分からんが……)

「宰相閣下、手帳を広げてボーッとされておりますがどうされました?」

「!?いっいや、先の公務について少々考えておってのぅ。すまん」


 お見合いを妨害した罪悪感と主君への愚痴を心でボヤいたヴェンツェルだが横にいた軍服姿のアデリーナの声で意識が現実に引き戻される。視察には主君である女王マルガレーテとアデリーナも同行していたのだ。


「軍馬の管理については分かった。次は兵士らの訓練を見学するとしよう。案内せよフランツ大佐」

「ハッ!練兵場までご案内致します!」


 狩猟時にも着用する赤い軍服を着て視察していたマルガレーテは視察場所を移動しようと基地の責任者である大佐に声を掛けた。その時一人の兵士が慌てた様子で走って来た。


「大佐大変です!一大事でございます!」

「なっ!?無礼者!女王陛下と宰相閣下の御前だぞ!急に目の前に立つな!」

「構わぬフランツ大佐。緊急のようであるからな。何があったのじゃ」


 マルガレーテは急に目の前を塞ぐように現れ大佐に報告をしに来た兵士の無礼を許した上で何の報告かを尋ねた。


「ははっ!警察隊からの電報です!一時間前に基地から三キロ先で王都発の汽車が列車強盗に襲われたそうです!」

「何!?それは誠か!?」

「はい!盗賊は既に逃走中で警察隊が追っていますが強い魔力保持者が二名いるらしく陸軍に向けて援護要請がありました!」

「何という事じゃ……!(王都発で一時間前に三キロ先で襲撃を受けたとすれば……もしや十時の汽車か!?いっ、いやしかしお見合いは無しになったのだからアルベルト君達は乗っとらんか)」


 ヴェンツェルは兵士の報告から汽車にアルベルトの乗っているのではと一瞬動揺したが見合いが無しになっている筈だからと安堵する。だがその次の報告で希望は打ち砕かれた。


「なお盗賊は乗客から金品を奪ったのみならず男性客一名を誘拐したとの事!誘拐されたのはベルンシュタイン伯爵家のご令息アルベルト様だそうです!」

「「「!?」」」


 アルベルトが誘拐されたと聞いてヴェンツェルら三人は目を大きく見開き戦慄した。


「それは確かな情報かっ!?アルベルトく……いや殿が誘拐されたというのは!」

「はっ、はい!盗賊はアルベルト様を金品と共に馬車に詰め込みこの基地から見て北西の方向に逃走したようです!」

「いずれにせよ一大事だ!すぐ兵を動員して警察隊と共に盗賊捕縛に動かねば!」


 兵士からの報告を聞いたフランツ大佐はすぐに兵を動員し警察隊と協力する意思を見せた。ところが直後マルガレーテが急に厩舎の外に向け走り出した。


「陛下!?どうなされたのですか!」

「賊共は北西方向じゃな!余はバルカス号に乗って先に向かう!ヴェンツェルとアデリーナは兵士と共に後から加勢せよ!」

「陛下!なりません勝手に行かれては!」

「これは王命じゃアデリーナ!」

「陛下!!!」


 アルベルトが人質となり居てもたってもいられなくなったマルガレーテはアデリーナの静止を無視して外に繋げていたバルカス号に跨り走り出したのだ。バルカス号は猛烈な勢いで走り基地の門を天馬のように空高く舞い飛び越え兵士らを驚かせてた。マルガレーテはバルカス号を操りながら心の中でアルベルトを案じていた。


(アルベルト……今助けてやるから無事でおれ!無事でおらねば死刑じゃ!)

(お知らせ)

・今回は予定通りの投稿です。


・次回投稿予定:27日

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