蝶好き令息の肉体改造②
「ほう!アルベルトの奴体を鍛えておるのか」
「はっ、去年の皇太子襲撃事件や今回のヴィルクセン帝国での騒動で自身の弱さを痛感したそうで……今後ワシが休日を使って剣術と護身術を指南する事になりました」
三連休が終わり王宮に戻ったヴェンツェルは定例の朝の謁見の際マルガレーテにアルベルトが体を鍛え始めた事を話した。無論アルベルト絡みの話なので秘密保持の為衛兵や文官は下がらせている。
「全くそんな無理に強くなどならぬでも良いのに。余はあやつの細身で背が小さくて弱弱しいところも案外庇護欲をそそられて好きなのじゃ♡」
「庇護欲じゃなくて支配欲の間違いでは?」
「でも余の為に強くなろうと努力する真面目な所はもっと好きじゃぞ♡」
「少なくとも陛下お一人の為ではねぇでしょう」
「黙れ!それ以上余計なツッコミを入れたら口を縫い合わすぞ!」
自分の話に一々茶々を入れてくるアデリーナにマルガレーテは怒鳴り散らし脅迫した。
「しかしお体を鍛えようとなさるのは良いですが無理をされないか少々心配ですね」
「うむ、ワシも余り厳しい訓練はさせんぞい。それでも彼が強くなる事を望むなら友人として責任もって教えてあげるつもりじゃ」
アルベルトを心配したアデリーナにヴェンツェルは無理はさせないように指導すると話し友人としてアルベルトの望みを叶えてあげたい本心を明かした。
「しかし魔力も体力も弱いとは余とは対照的な奴じゃな。余はあやつからフソウオオムラサキなる蝶に例えられたくらい魔力も筋力も強いと言うのに」
「そう言えばアルベルト様からそう例えられておりましたね。どのような蝶でしたっけ?」
フソウオオムラサキの名前を聞いたアデリーナはヴェンツェルにその生態について尋ねる。
「うむ、アルベルト君に見せてもらった図鑑によれば雄は翅の中心が青紫で縁は黒、白と黄色の斑点を持つ美しい蝶で雌は黒と斑点のみで比較的地味じゃが雄より大きいそうじゃ。里山の雑木林を好み花より発酵した樹液や腐果に集まるが気性が荒く同じ餌を求める虫、時にスズメバチをもその大きな翅と強い風魔力で作った突風で追い払い餌を独占する……と書いてあったのぅ」
「スズメバチさえ追い払うとな!三回刺されると死ぬと恐れられるあの蜂にも挑むとは大した蝶じゃ!アッハッハッハ!」
「他の虫から餌をぶんどる乱暴な所も陛下に似ておられますね」
「アデリーナ貴様ぁ……やはり口を縫い合わせてやろうか」
蝶の凶暴性を主人に似ていると揶揄した従者をマルガレーテはまた睨みつけ脅迫した。
「兎に角アルベルト君の鍛錬の成果については逐一陛下にご報告しようとは思っておりますぞい。それで陛下、彼の事に関してもう一つご報告が……」
「何じゃ?他にもまだ何かあるのか?」
「えぇ、彼の魔力の事なのですが単刀直入に申し上げますと彼は魅了型特殊魔力を有しておる事が分かりました」
「「!?」」
アルベルトが魅了系の特殊魔力持ちであると聞かされたマルガレーテとアデリーナは驚き固まった。謁見室に一気に緊張の空気が走る。
「みっ、魅了型特殊魔力というと相手に偽の好意を持たせるというあれか!?」
「何故それが分かったのですか閣下」
「実は今回彼から血液を貰い魔力検査薬で検査を行いました。その結果属性魔力はC級の地魔力を示す薄茶色になりましたが特殊魔力の検査で魅了型を示す濃いピンク色に反応したのです」
「なっ、何じゃと!?それでは余があやつを愛しいと思うのは魅了のせいなのか!?これは真実の愛では無く偽りの愛だと申すのか!」
(真実の愛ってあんた……)
「落ち着いて下され陛下。彼の場合魅了と申しましても同じ人間を魅了する同族魅了型では無いと思われます。でなければ彼がこれまで社交界の嫌われ者であった事の説明がつきませんし陛下ももっと早い段階で好意を抱いておったでしょう。彼の場合は人間以外を魅了する異種魅了型である可能性が高いのです。現に彼の血液からは同族魅了型の魔素(魔法の成分分子)は検出されておりません」
ヴェンツェルは真っ青になり取り乱す主君を冷静にさせた上でアルベルトの魔力が人間では無く人間以外の生物を魅了するタイプの特殊魔力では無いかと推察した。
「なっ、成る程確かにそうかもしれぬ。あやつ貴族令嬢には好かれぬのにやたら獣や鳥や虫の類には好かれるからな……」
「ワシも彼の異常な程生き物に好かれる体質が気になり今回調べました。本当はヴィルクセン帝国訪問前に調べる予定でしたが先送りになってしまいましてな」
「異種魅了型特殊魔力は古い文献でも存在が確認されておりますね。イリス教の聖典に記録されている(アトムの副王)も同じ魔力を有していた可能性が高いと聞いております」
ヴェンツェルからの説明を聞いたアデリーナはイリス教の聖典に記されている同じ特殊魔力保持者と思われる人物を思い起こし言及した。
「しかし人間は直接魅了しないにしても使いようによっては厄介です。それに魅了型特殊魔力保持者が王族や上位貴族と関わっている事自体あまり印象がよろしくありません」
「うむ、じゃから彼の特殊魔力の存在は公には秘密にするつもりじゃ。彼にはもう少し詳しく分析してから伝えるつもりじゃがな。まぁ彼の性格上悪用する事は考えられんが注意深く監視していく必要はある」
ヴェンツェルはアルベルトの安全の為に特殊魔力については秘密にするつもりである事を打ち明けた。マルガレーテは一連の話を聞き悩ましい表情をする。
「しかし余の男がよりにもよって魅了型の特殊魔力保持者とは……だが恋には多少の障害は付き物じゃな。身分の差や特殊魔力があっても余はあやつを諦められぬ」
「恋と言っても現状陛下のはた迷惑な片思いですけどね」
「はた迷惑とは何じゃ貴様ぁ!!!もう許さぬ!その減らず口を二度と開けられぬようにしてやる!コラ!待たぬか!」
アデリーナの止まらない毒舌にとうとう怒りを爆発させたマルガレーテは玉座から飛び上がると謁見室内でアデリーナを追い回した。ヴェンツェルは大人げない振る舞いをする主君を冷めた目で追いながらため息をついたのだった。
★★★
「おーアルベルト様だぁ!朝からお一人で走っておられるだな。どうしたんだ?」
「何でもお体を鍛えることにしたそうだべ。皆に迷惑かけたくねぇから強くなりたいんだと!」
「そらぁご立派な心掛けだわさ!アルベルト様―!!!頑張ってけろー!!!」
体を鍛えると決めてから数日、アルベルトは趣味の蝶や蛾の事を一旦脇に置いて早く強くなりたい一心で鍛錬を続けていた。この日は朝早くから自邸と北の村まで往復でジョギングをしていた。途中で畑からその様子を見た村人に応援を受けるとアルベルトも愛想よく手を振った。
「いやぁ精が出るだなぁ。あんなに小さかったアルベルト様がああもご立派になられて……」
「おめぇ何年前の話しているんだべ。でもおいら心配だべ。少しお顔の色が悪いように見えただべ」
「おでも思っただ。無理なされてなきゃいいだがなぁ……」
村人達はジョギングを頑張るアルベルトを応援しつつもその顔色が少し悪いように感じた事に不安を感じた。ジョギングを終えたアルベルトは次に腹筋や腕立て伏せなどのストレッチを自身の研究室前で始めた。
「二十七……二十八……三十!ハァ……ハァ……」
「アルベルト様本当に大丈夫ですか?ここ最近蝶や蛾のご趣味をそっちのけで朝から夕方までお体をお鍛えなさっておられるでは無いですか。疲れがお顔に現れていますよ?」
「ハァ……ハァ……大丈夫だよアンナ。ちょこちょこ休憩は取っているからさ。それにこの後ヨゼフさんが剣と護身術の指南をしてくれる事になっているから休めないよ」
「それでも休んだ方がよろしいと思います。私心配です」
「僕はもう簡単に誘拐されたりしてヨゼフさんにも陛下にも迷惑をかけたくないんだ」
「アルベルト様……」
自分が原因で迷惑をかけたく無いと慣れない努力を重ねるアルベルトをアンナは心配そうに見つめる。その日の午後ヴェンツェルが訪ねて来て剣と護身術の稽古を受けた。
「せいっ!とうっ!動きが鈍いぞいアルベルト君!」
「すっ、すみませんヨゼフさん……ハァ……ハァ……」
「まぁまだ二回目の稽古じゃが強くなりたいのであれば……ってアルベルト君大丈夫かね?息が荒いぞい。今日はもう稽古を止めた方が良いのでは無いか?」
ヴェンツェルとの木剣を使った模擬戦をしていたアルベルトは中々動きについて行けず地面にへたり込んでしまう。ヴェンツェルは疲れが目に見えて現れているアルベルトを見てアンナや村人同様に心配し稽古を早めに切り上げようとした。
「はぁ……はぁ……大丈夫ですよヨゼフさん。早く続きをやりま……あれ?」
「アルベルト君!?」
「アルベルト様!!!大丈夫ですか!」
大丈夫だと言いながらも無理を推して立ち上がったアルベルトはとうとう疲れが限界に達し視界がぐにゃりと曲がるような強いめまいを起こした直後に倒れてしまった。ヴェンツェルとアンナは慌てて駆け寄る。
「アルベルト君しっかりするんじゃ!いかん熱があるようじゃ!」
「ヨゼフさん!アルベルト様を医務室まで運んで下さいませんか!?私は頭に乗せる氷嚢と汗を拭くタオルを用意しますから!」
「わっ、分かったぞい!」
こうしてアルベルトはヴェンツェルに背負われて運ばれ医務室のベッドに寝かされた。アルベルトが目を覚ましたのは運ばれてから二時間後であった。
「……ん。あれ?僕何で医務室に?」
「アルベルト君!気がついたかね!」
「うぅアルベルト様……良かったぁ目を覚まして。全くどうして私の言う事を聞いて休もうとなさらないのですか!アルベルト様のバカバカバカ!!!」
「痛たたた、痛いよアンナ。でもごめんね心配させて」
憤慨したアンナが叩くとアルベルトは困った表情をしながらも心配をかけてしまった事を反省し謝る。
「ワシも心配したぞい。アンナ殿も言っておったが君ちとトレーニングのスケジュールを詰め過ぎでは無いかね。朝から晩まで北の村までの往復ジョギングにストレッチ五十回に剣や護身術の復習百回とはまだ初心者なのにやり過ぎじゃ。それと食事量も急に増やしたそうじゃな。食事量も計算しながら少しずつ増やすようにせんとお腹に負担がかかるぞい」
「ヨゼフさんもごめんなさい……だけどヨゼフさんにも皆にも迷惑をかけないよう一日でも早く強くなりたくて……」
「アルベルト君……」
アルベルトは強くなりたい余りに無理をしてしまった事を話しヴェンツェルにも謝罪する。ヴェンツェルはその気持ちを汲み取りながらも努力のし過ぎを窘めた。
「やれやれ、君の気持ちは理解するがそれでも無理はして欲しく無いぞい。強くなりたいからやるトレーニングで体を壊して衰弱してしまえば結局元も子も無いからのぅ」
「それもそうですね……」
「剣と護身術の稽古は君の体調が回復してからにするぞい。今日はゆっくり休む事じゃ」
「はいヨゼフさん……あっ、そう言えばさっき気を失った時に夢を見たんです」
「夢?何じゃ唐突に」
アルベルトが藪から棒に話し始めた夢の話にヴェンツェルは怪訝な顔をした。
「余りに変な夢だったのでついお話したくなりまして。夢の中で僕は樹液に集まる小さな虫なのですがスズメバチの群れに襲われたんです。そうしたら大きなフソウオオムラサキが助けに入ってくれて助かったんですよ」
「アルベルト様ったら夢の中でまで蝶の事ばかりなんですから……」
アンナは夢の中でまで蝶の事ばかりの主人に思わず呆れてしまった。
「夢というのは所謂深層心理の現れじゃと聞いた事がある。多分その夢も君の早く強くなりたいという願望が蝶の夢という形で現れたのじゃろうな」
「あはは、確かにそうかもしれません。小さな虫が今の僕でフソウオオムラサキが強くなった理想の姿、なのでしょうね」
その後アルベルトは数日体を休めた後再びトレーニングを再開した。今度はヴェンツェルに指摘された通り余り過度にスケジュールを詰め過ぎずかつストレッチや鍛錬の復習の回数も以前の半分程度に控えた。その後過労で倒れる事はなかった。しかし……
「アルベルト様ー、そろそろお着替えなさいませんと旦那様に……きゃあ!何で上半身半裸で鏡の前にいるんですか!アルベルト様のエッチ!」
「ごっ、ごめんアンナ……僕鍛え始めてもうすぐ三ヶ月なんだけどあまり体に成果が表れている気がしないんだ。こうして鏡で確認しても最初の頃と変わらないぐらい体がほっそりしているし……」
クラール男爵家の次女とのお見合いの日である三月の第二月曜日の早朝、アルベルトは屋敷の浴場にある大きな鏡に立ち上半身裸で自身の身体を確認したのだが思うような成果が表れておらず強い不安に襲われていた。アンナは主人の姿を見て咄嗟に目を覆い恥ずかしがる。
「そうは言ってもまだ三ヵ月ですよ?ちゃんとトレーニングは継続されておりますしお体を大きくする為にお肉とかお魚とかたんぱく質豊富なメニューを食べていらっしゃるでしょう?きっとこれからですよ!ほら言うじゃないですか筋肉は裏切らないって!」
「そっ、そうかな……だけどヨゼフさんの剣や護身術のトレーニングも中々身につかなくてこの間の四回目の稽古でも動きが遅いって指摘されちゃったし本当に強くなれるのかな僕……」
「継続は力なりとも言いますから大丈夫ですって!それより早くお着替えなさって下さい!そのお姿のままですと私が目を当てられません!」
「ごっ、ごめんアンナ……」
酷く恥ずかしがったアンナに促されアルベルトはお見合い用に着るタキシードの白シャツを着た。そしていよいよお見合いの為汽車が走る王都フラウ駅まで家の馬車で向かう事になった。
(お知らせ)
・約一ヵ月程ぶりの新話投稿になります。今年もよろしくお願いいたします。
・休載中(宰相との出会い)から(狙われた皇太子)までの過去作を大改稿致しました。よろしければご覧ください。
・次回投稿予定:1月17日




