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蝶好き令息神聖帝国へ行く(後編)④

「逮捕された直後ルンゲンドルフ元陸軍大将は怒り狂い被っていた棘鉄兜ピッケルハウベを床に激しく叩きつけたという……どうやらバイヤルンでの暴動も鎮圧されたようじゃな」

「本当にお疲れ様でございました閣下。腰のお加減は如何です?」

「もう大丈夫じゃヨハン君。ナナイロマダラと湿布のお陰ですっかり楽になったぞい。君には世話をかけるのぅ。ワシに代わって本国へ連絡をつないでくれただけでなく昨夜の内に城下町へ移動して宿まで取っておいてくれるなんてのぅ」

「閣下の秘書官としてすべき事をしたまでですよ」


 人質救出作戦から一夜明けた翌日の正午、古城の麓にある宿場で一夜を明かしたヴェンツェルは部屋のソファで新聞の号外を読み帝国南部の内乱が収束したと知り安堵する。それからヴェンツェルらの為に宿を手配してくれた有能な秘書官ヨハンに感謝を伝えた。


「それでアルベルト君とエルンスト殿はまだ寝ておるのか?」

「えぇ。正午より前に出発とお伝えしたのですがまだ起きてこないご様子で」

「まぁ二人共疲れた様子じゃったからもう少し寝かせてあげようではないか。しかし昨日は大変じゃった。人質を救出した後も……」


 ヴェンツェルは号外を脇のテーブルに置くと愛用のビリヤードパイプをふかしながら昨晩の事を思い起こした……人質救出後、ヴェンツェル達は人質と共に古城で警察隊の事情聴取を受けた。その際メラニーが元モーア伯爵令嬢であるという話が出た。


「モーア伯爵家と言えば君と結婚したハイデマリー殿の実家じゃな」

「えぇ。メラニーさんは彼女の義妹で……」

「ちょっと待て弟よ!結婚とはどういう事だ!お兄ちゃん聞いてないぞ!!!」

「あっ!?いやその、知らせなかったのには訳が……」

「どうしてそんな大事な事をお兄ちゃんに知らせてくれなかったんだ!知っていたらお兄ちゃん帰国して式に出席したのに!!!」


 アルベルトは結婚した話を兄には知らせていなかったらしくエルンストは仰天した様子でアルベルトの両肩を掴み激しく揺さぶりながら問い詰めた。


「落ち着くんじゃエルンスト殿!アルベルト君の首がエライ事になっとるぞい!」

「アルベルトさんはご結婚後すぐに離婚されましたの!相手のご令嬢には別に好きな殿方がいらしたみたいでアルベルトさんは不憫に思ってご令嬢を解放されたそうです!直ぐに離婚になると分かっておられたから呼ばなかったのでは?」


 取り乱すエルンストに横からグートルーネが代わりに説明をした。するとエルンストは鬼の形相でグートルーネをキッと睨んだ。


「何故あんたが弟の結婚の事を知っている!ローゼン何とかから聞いたぞ!あんたも俺の弟を誘拐した一人だってなぁ!」

「ひっ!お許しくださいませ!あれは私の勘違いで……」

「勘違いもクソもあるかぁっ!よくもピュアで繊細な弟の心に傷をつけたなあぁ!!!」

「いい加減にせいエルンスト君!皇太子妃殿に手を出したら不敬罪では済まんぞい!」

「止めないで下さい閣下!よくも俺の弟をおぉぉぉ!!!」

「もう良いんです兄上!皇太子妃様とは和解したんですから!」


 グートルーネに飛び掛からんとする半狂乱のエルンストをヴェンツェルと警官達とアルベルトは全力で抑え阻止する。一方同じく事情聴取中だったアレニエールはある異変に気がついた。


「ん?パピヨンの奴がいつの間にかおらんが……」

「そう言えば!おい君、パピヨン殿はどこへ行ったか知らないか」

「はっ、先ほど煙草を吸いたいと言って城外へ出ましたが」

「何ぃ!?奴は煙草など吸わん筈だ……まさか!」


 アレニエールはパピヨンが逃亡を企てていると直感し城外へ駆けだした。丁度その時パピヨンは古城を囲む城壁の裏で合流した執事のクロヤマや大白鷲ボナパルトと接触していた。


「成る程。この石は春精石スプリングエフェメラルでは無かったのだね。でもよく働いてくれた。ご苦労クロヤマ、それとボナパルトもね」


 パピヨンは盗む予定だった石が目的の春精石では無いと知るも特にガッカリする事無く微笑みながら素晴らしい働きをしたクロヤマとボナパルトに労いの言葉を掛けた。ボナパルトは主人に頭を撫でて貰い満足そうであった。


「本物の春精石を入手出来ず申し訳ございません。次こそは必ずや本物をパピヨン様の元に」

「そう簡単に見つかる代物ではないから仕方無いさ。さっ、あの厄介な警部に気づかれる前に古城から……」

「見つけたぞパピヨン!!!やはり貴様ワシの目を盗んで手下と逃げるつもりだったんだな!」


 報告を聞き終え急ぎ古城からずらかろうとしたパピヨンだが直後に一番のお邪魔虫に発見されてしまい大きくため息をつく。


「はぁーやれやれ、こんなにも早く発見されてしまうとは」

「何年貴様を追いかけていると思っとる!お前の考えなどお見通しだ!さぁ地下牢での約束通り地上に出た時点でお前とワシは敵同士!神妙にお縄を頂戴しろ!」

「生憎ですが捕まるのはご勘弁願いたいですね……それっ!」


 逮捕する気満々のアレニエールに対しパピヨンは懐から赤い棒状の物を出しその先端から伸びる紐に火をつけアレニエールに投げつけた。


「おわっ!これはまさかダイナマ……うぎゃあぁ!!!」

「ご心配無く、それは特性の鱗粉弾ですよ。飛び散る火花と舞う粉で鼻や目の粘膜が痛くなりますが命に別状はございません♪それではさようなら、ムッシュ・アレニエール!」


 パピヨンの渡した鱗粉弾という爆弾は忽ち爆発し火花と共に刺激性のある物質の粉がアレニエールの鼻や目に著しい苦痛を与える。その隙にパピヨンは飛ぶ準備を始めたボナパルトの背に乗った。クロヤマはパピヨンとは別に傍の林の中へ素早く消えて行った。


「ゲホッ!ゲホッ!おのれ逃がすかぁーーー!!!」


 鱗粉弾に苦しみながらアレニエールは懐から手錠を出そうとするも捕らえられた際に奪われた事を思い出しハエトリグモの様に得意のジャンプで飛びかかろうとしたが……


「おわわっ!グゲッ!!!」


 両腕での捕獲に見事失敗し地面に体を打ちつけ間抜けな声を上げた。パピヨンはそれを見ながら高笑いして飛び去り満天の星空の向こうへ消えて行った。


「だーまたしても奴に逃げられたぁ!!!チクショーーーッ!!!」


 またもパピヨンを取り逃がしたアレニエールは地面を激しい叩き悔しがったのであった。そして時は戻り……


「妃殿下はエルンスト殿を怖がって先に帝都へお帰りになった。全く外交の為に来訪しただけの筈がこんな大騒動になるとは思いもせんかったぞい」

「まぁ無事に解決した訳ですし両国間の話し合いも一応まとまった訳ですから良しと致しましょう閣下」


 くたびれた表情のヴェンツェルを励ますようにヨハンは言ったがヴェンツェルは首を横に振りまだ残る懸念事項を口にした。


「まだ心配事が一つ残っておる……アルベルト君の移住と進学の件じゃ」

「あっ、そう言えば皇太子殿下からそのようなお話がございましたね」

「誘拐に巻き込まれて悩む暇も無かったであろうが本来なら今日アルベルト君は皇太子殿に返事をしなくてはならん。友人であるワシとしてはやはりボナヴィアに残っていて欲しいのじゃが……こればかりは本人次第じゃからのぅ」


 ヴェンツェルは自分の唯一無二の友人が果たしてどのような決断をし皇太子にどう返事をするのかが気がかりであった。


「果たしてどうなるであろうか……」



★★★



 その後正午ちょっと過ぎにベルンシュタイン家の兄弟は起きてきた。二人はサンドイッチとコーヒーだけの簡単な食事を取るとてそそくさと着替えをしてヨハンが予め呼んでいた馬車に乗り込んだ。そして鉄道の駅へと向かい午後二時発の帝都行き汽車に飛び乗った。


「なるほど、皇太子殿からの提案について答えは決まったのじゃな」

「えぇ。実は睡眠薬を使われすぎたからかあまり眠れず横になったまま考えていたんです。帝都に着いたらジーク様にお伝えするつもりです」

「それで弟よ、どうするつもりなんだ?」

「この後一緒にジーク様にお会いした時兄上にも話しますよ」


 帝都に向かう労働者などで混みあう客車内でアルベルトはヴェンツェル達に皇太子からの提案についてどうするか既に決めた事を話していた。


「アルベルト様、お断りなさるにしても言葉には気をつけなくてはなりませんよ。同意する場合も感謝の言葉を忘れないようにして下さい」

「勿論ですヨハンさん」


 アルベルトに忠告するヨハンは冷静であったが他の二人は果たしてどんな答えを出すのか気になり落ち着かない様子であった。汽車は二時間かけ帝都のあの立派な駅のホームへ停車し四人が駅の外に出るとそこには迎えの自動車が来ていた。どうやらヨハンが先んじて電報を打ってくれたらしい。四人はそれで帝国宮殿へ向かい控室で皇太子が来るのを待った。


「アルベルト!あぁ良かった無事だったのだな!」

「ジーク様!」


 入って来たジークリードはアルベルトの無事な姿を見るやそれまでの固い表情から一転明るく柔和な微笑みに変わり傍へ駆け寄った。


「怖い思いをしたな。大丈夫か?どこにも傷は無いか?」

「ご心配をお掛け致しましたジーク様。怪我はしていないので大丈夫です」

「そうか安心したぞ。お前に何かあったら冷静ではいられないからな」


 アルベルトが怪我一つ無く元気に戻って来た事でジークリードは安堵しホッと胸を撫でおろす。


「本当なら私も直接助けに行きたかったが内乱の対応もあり行けなかった。済まない。しかし敵国人であるガロワの盗賊に助けられた事が屈辱的だ」

「ジーク様……」


 ジークは自身が救出作戦に参加出来なかった事を詫びつつ眉を顰めパピヨンを嫌悪する発言を漏らす。そして傍に居たヴェンツェルらにも声を掛けた。


「ところでアルベルトの救出では宰相殿や兄君も活躍したと聞いています。危険を顧みず真っ先に突入されたとか」

「愛する弟を助けるのは兄の義務ですので!」

「我が国の国民である以上助けるのが当然ですからな。ところで皇太子殿、アルベルト君が例のご提案についてどうするか決めたようですぞい」

「そうか決めたのか!では早速聞かせてくれないか?」


 自分の提案を受け入れてくれるものと信じているジークリードは早速返事を聞き出そうとした。しかしアルベルトは待ったをかけた。


「ジーク様、その前にお願いしたい事があります。皇太子妃様とローゼンベル……では無くハイムさんをお呼び頂きたいのです」

「何!?」


 アルベルトからの思わぬお願いにジークリードは驚き戸惑いの表情を見せる。


「何故だアルベルト!あの連中は罪の無いお前を誘拐して恐怖を与えたのだぞ!もう二度とお前に危害を加えられないよう厳罰に処すつもりだ。それなのに何故……」

「それでもお呼び頂きたいです。返事はその後に致します。どうかお聞き入れ頂けませんかジーク様」


 懸命にお願いするアルベルトにジークリードは渋々ながら承諾し衛兵に命じて留置所に入れられていたローゼンハイムと宮殿内で軟禁されていたグートルーネが部屋に通された。二人共何故突然連れて来られたか分からず困惑と不安の混じった表情で俯いている。


「要求通り連れて来たぞ。さぁ返事を聞かせてくれないか。私の提案を受け入れてくれるのだろう?」


 ジークリードはいよいよ期待する答えが聞けると思い目を輝かせ期待に満ちた笑みを浮かべている。一方ヴェンツェルとエルンストはアルベルトの答えが気になり緊張し唾を飲んだ。そしてアルベルトは話し始めたが最初に口から出たのは意外な問いかけであった。


「ジーク様、一日目にバラ園へ行った時ユーロッパシモフリエダシャクのお話をしたのを覚えていらっしゃいますか?」

「勿論覚えている。それが一体どうした?」

「あの蛾は環境の変化と敵の存在により姿が変わるのだとお話しましたね。周りからの影響で変化が起こる……それは蛾の話だけでは無く人の顔つきや心も同じだと思います」

「何が言いたいんだアルベルト」

「ジーク様は僕を駅で出迎えて下さった時僕の顔や性格を亡き王妃様の面影を重ねて(これからも変わらないお前でいてくれ)と仰いました。僕はボナヴィアの小さな田舎伯爵領で暮らしています。競争を強いられるでも無く敵に狙われる訳でも無い、自然と共に生き優しい領民と愛する人々に囲まれているからこそ僕はジーク様がお好きな顔と性格でいられるのです。ですがジーク様は僕を帝都に永住させ大学へ入学させようとなさっています」

「……」

「帝都は混雑や喧騒の多くて田舎育ちの僕は落ち着きません。それにジギスムント大学は大変な名門だと聞きます。そこに入るだけでもプレッシャーですが大学には苦労して入学した学生さんや教授の方々が大勢おられる筈です。そんな中にジーク様の友人というだけで苦も無く入学したらどう思われるでしょう。きっと皆の反感を買う事になります。帝都の合わない空気、名門大学で成果を出さなくてはという焦燥感、ギクシャクした人間関係、そんな環境で僕は今のままの僕でいられるでしょうか」

「待て!誘いを断るのか!?別に大学を首席で卒業しろなどと無茶は言わない!お前を反発する者は徹底的に排除する!そうだ!自然の多い郊外に屋敷をもう一つやろう!だから……」


 ジークリードはアルベルトが自分の誘いを断ろうとしていると察し引き留めようとするがアルベルトの意思は変わらなかった。


「なりません。そうやって優遇なさろうとするほど周りの反感は強まりますしジーク様ご自身の評判も傷つきます。それにジーク様が大学での大きな成果を求めなくても僕は真面目なので気にするのです。ストレスの多い環境と敵だらけの中で過ごし続けていれば顔つきや性格も必然的に変わってきます。顔は疲れてやつれ性格は塞ぎこみイライラしやすく人間不信、そんな共にいて居心地の悪い人間に変化する事もあり得ます」

「アルベルト……」

「そもそも僕は特別扱いされるという事が好きではありません。何より僕はボナヴィア人です。例え他所へ留学しようとも最終的には住み慣れた祖国で暮らしたいのです。ジーク様、もしこれからも変わらない僕とお付き合いし続けたいのであればどうか慣れない帝都に移さず母国の伯爵領で過ごさせて下さい。それが僕にとってもジーク様にとっても一番良い選択だと思います」


 アルベルトはそう述べてから優しく微笑んだ。ジークリードは納得いかなそうに唸っていたがやがて諦め気味に承諾した。


「……そうか。納得いかないが言いたい事は理解した。私の為も思っての判断なら仕方無い。お前の意思を尊重して永住と推薦入学の件は撤回する」

(お知らせ)




次回投稿予定:11月4日

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