蝶好き令息神聖帝国へ行く(後編)③
「おぉアルベルト君!無事じゃったか!」
「ヨゼフさ、じゃなくて宰相閣下!助けに来て下さったのですか!」
地下牢と繋がる隠し扉がある書斎で保護されたアルベルト達は警官隊に誘導されエントランスまでやって来た。すると丁度城内へ入って来たヴェンツェルとバッタリ顔を合わせた。アルベルトはヴェンツェルが自ら助けに来た事に驚いた様子であった。
「魔力の強いワシが直接乗り込む方が手っ取り早いからのぅ。それに君が囚われたと知ってじっとしておれんかった……」
「閣下……ありがとうございます!」
アルベルトは危険を顧みず助けに来てくれたヴェンツェルに深く感謝した。他のメンバーもヴェンツェルが来たことに驚き声を掛けた。
「宰相様が直接お越しになるとは驚きましたわ。殿下の庭園以来ですわね」
「おぉ皇太子妃殿下!殿下もご無事で何よりですぞい」
「これはボナヴィアの宰相殿!まさかここで再開するとは!」
「アレニエール警部殿もおられたのか!ワシも驚いたぞい。そう言えばワシはパピヨンからの電報を頼りに来たのじゃったな。という事は……」
「勿論私もおりますよ宰相閣下、はっ!」
「「「「!?」」」」
パピヨンはヴェンツェルの前に出て名乗り出ると次の瞬間白煙を出し正装である黒いタキシードとマントの姿に一瞬にして着替え一同を驚かせる。
「ゴホッ、ゴホッ、急に煙幕を出すな馬鹿もん!!!」
「失礼致しましたムッシュ、ですがこれで私がパピヨンだとハッキリお分かりになったと思います」
「うぅむ、大した変装能力じゃな……それでお前さんはどうしてアルベルト君達が囚われていると分かったんじゃ?」
「閣下、パピヨンさんはお城の持ち主である公爵様が持つ春精石という魔法石を狙って来たのですが僕達が囚われていると知って助けに来て下さったんです」
「春精石じゃと?それは春に咲く花ではなく強運をもたらすという伝説の魔法石かの?」
「そうみたいです。僕はよく分かりませんが。とにかくパピヨンさんは僕達を助けてくれたんです」
アルベルトはヴェンツェルにパピヨンが城にいた経緯を説明した上で助けてくれた彼を擁護した。
「説明ありがとうアルベール。時に宝より可憐な花を助け出すのを優先する、それが私の美学ですから。まぁ厄介な蜘蛛も囚われていたのは想定外でしたが」
「誰が厄介な蜘蛛だ!盗賊が偉そうに美学なんぞ語るな!」
パピヨンが厄介な蜘蛛と自分を見ながら言った事にアレニエールは憤慨し声を荒げた。
「なるほど。ところでその公爵殿はどうしたんじゃ?まだこの古城におるのかね?それとも……」
ヴェンツェルがアルベルトの説明に出て来た城主である公爵が気になり尋ねた丁度その時、二人の隊員が階段を駆け下り隊長の元へ報告に来た。
「隊長!上階にいた護衛らも全員拘束致しました!それと本件の首謀者とみられる公爵様も発見しました!」
「そうか!公爵様も拘束したのか!」
「それが愛人の女と共に殺害されていまして……」
「殺害されただと!?」
「詳しくは第一発見者である彼がお話しすると」
予想外の報告にびっくりする隊長に隊員は第一発見者としてエルンストを連れて来た。アルベルトは兄まで来ていた事に更に驚き声を上げた。
「兄上!?兄上もいらしていたのですか!」
「ん?そこにいるのはアルベルト!?無事だったのか!!!」
エルンストはこの世で一番愛おしい弟の姿を確認すると曇り気味だった表情が徐々に明るくなり目に涙を滲ませた。そして周囲を憚る事無くアルベルトに素早く駆け寄り抱きしめた。
「兄上!?」
「ああぁぁぁ弟よぉぉぉ!!!無事でよがっだよぉぉ!!!」
「嬉しいのは分かりますが離れて下さい!皆の前で恥ずかしいですし苦しいです!」
「絶対に離さないぞ!!!お兄ちゃんはお前が攫われたと知って心配で胸が張り裂けそうな思いだったんだ!お前が無事でまたこの温もりと匂いを感じられるのがどれだけ嬉しい事か!もっと早く駆けつけられなくてごめんな!」
エルンストは弟の無事が嬉しい余りに冷静さを失い抱きしめ続けた。その様子を周囲の者達は皆唖然として見ていた。アルベルトの苦し気な様子を見かねたヴェンツェルがエルンストの肩に手を置き冷静になるよう促す
「これエルンスト殿、感動の再開を邪魔して悪いが君からは公爵殿の事を聞きたいんじゃ。一旦冷静になってくれんかね」
エルンストはヴェンツェルの言葉にハッと我に返り顔を赤らめた。
「こっ、これは失礼致しました閣下、皆さん、それで公爵様を発見した状況についてなのですが……」
エルンストは老公爵発見時の状況とメラニーが言っていた事などを説明する。ウルバンが犯人だと聞いたヴェンツェルは大変驚いた様子だった。
「何じゃと!?確かにメラニーという少女はウルバンと言ったのか!」
「えぇ、彼女の話によれば何か石を盗んで窓から縄梯子で逃げたようです」
「うーむ春精石を狙って帝国へ不法入国した訳か。恐らくレオポルト殿の命令じゃな」
ヴェンツェルはこれまでの話からウルバンの狙いを把握し厄介だとばかりに眉を顰める。
「隊長、確かに部屋には第三者の足跡があり拘束した護衛らもウルバンという男が公爵様と行動を共にしていたと証言しております。更に部屋の扉付近に倒れていた重傷の護衛が辛うじて意識を取り戻し(ウルバンに公爵様と愛人がやられた、自分も現場を見たので襲われた)と証言したので間違いないかと」
「もっとも我々は最初彼が感情的になり重要な被疑者を殺害してしまったのだと思いましたが」
警官二名は証言の信ぴょう性の高さと証拠を隊長に報告する。警官の一人は当初エルンストが公爵殺しの犯人だと疑った事を明かすとエルンストは苦々しい表情で不満を吐いた。
「全くあらぬ疑いをかけられて心外ですよ!同じ氷魔力保持者というだけで私が公爵殺しの容疑者扱いですから!確かに世界一尊くて可愛い自慢の弟に恐怖を与えた連中は絶っっっ対に許せませんが……あっ!そう言えば!」
エルンストは窓横の外壁に刺さっていた謎のクナイを思い出しポケットから取り出し皆に見せた。
「どうしたんじゃエルンスト殿?」
「実は部屋の外壁にこんな奇妙な物が。柄の部分に手紙が括りつけてあったのですが異国の文字のようで内容は分からず……」
「おや、これは私の執事のクナイだ。すまないがその手紙を見せてくれないか?」
「えっ、えぇ……(誰だこの人は?)」
クナイに反応し手紙を見せるように要求したパピヨンにエルンストはやや戸惑い気味になりながら手紙を手渡した。手紙に目を通したパピヨンはやがて笑みを浮かべ皆にその内容を説明した。
「皆さん、この手紙に書かれた文字は墨で書いたフソウ語で私の執事アントワーヌが書いたものです。手紙にはこう書かれています(公爵を殺害し春精石を奪った執事の男を追跡中)……この執事の男と言うのがウルバンでしょう。もしアントワーヌが無事に春精石を取り返す事が出来ればきっと私の元へ届けてくれる筈です」
★★★
丁度同じ頃、一人の男が古城の裏から外に出て斜面の森を駆け下り先に流れる川まで急いでいた。川べりに立った男は水に指先をつけ川面の一部を凍らせ氷の橋を作り上げると向こう岸の河原まで渡った。その男はニヤリと不気味な笑みを浮かべて振り向き丘の上の古城を見上げる。
「ククク……まさかこうも上手くいくとはな」
紫色の後ろで纏めた長髪に燕尾服を着た男は手に持った革袋から美しい黄と紫とピンクの宝石を取り出した。この男こそ公爵を殺し春精石を奪ったウルバンだった。
「しかしあのメラニーって女最高に都合の良い雌豚だったな。わざわざ催淫眼を使わずとも俺の顔の良さにあっさり陥落した上に皇太子への復讐を煽れば計画に素直に従ってくれた。適当な娼婦を特殊魔力で操り協力させるつもりだったがおかげで楽に老いぼれ公爵に取り入れたぜ。公爵共々俺に殺されそうになった時の絶望した顔は滑稽だったな」
ウルバンは自分の計画の為にメラニーを利用した事を明かしほくそ笑むと懐に持っていた澄んだ水の入った瓶を取り出しその中に春精石と思しき石達を入れる。
「伝承によれば春精石は清らかな雪解け水に浸す事で本物であるかどうか判別出来るらしいな。本物なら光を放つというが……おぉ!?」
石は全て瓶の中で輝き出した。まるで蛍のように淡く妖艶に輝く石にウルバンは魅了された。
「間違いねぇ本物の春精石だ!早速我らが国王陛下に献上しなくてはな……!?」
ウルバンが手に入れた春精石の瓶をしまおうとしたその時正面に怪しい男が月明かりに照らされながら静かに立っている事に気づいた。男はカラスの如き漆黒の上着に袴を着用し黒足袋を履いた長身の男であった。
「だっ、誰だ貴様!いつから俺の前に立っていやがった!」
男は質問に答えず無言でゆっくり忍び寄る。ウルバンは魔法の杖を取り出し攻撃をした。
「こっちに来るな!氷塊豪雨!」
ところが不思議な事に発射した複数の氷柱は男の体をすり抜けた。驚くウルバンの前で男はニヤリと笑いながらフッと煙のように姿を消したと思えば分身するかのように消えては現れまた消えては現れを繰り返しウルバンを翻弄した。
「何なんだこいつは!?俺を挑発しやがって……ひっ!」
男は急に正面から突っ込んだかと思うと男の体は半透明になり咄嗟に腕を顔前で交差し防御姿勢をとったウルバンの体をすり抜けた。
「すり抜けた!?まさか野郎霊魔力持ちか!おい!てめぇも男ならいつまでも挑発しねぇで本体で俺に挑みやがれ!!!」
ウルバンは男が霊魔力保持者であると理解し本体で勝負しろと怒鳴った。男の霊体はその直後川の真上でスッと消え去り周囲に一瞬静寂に包まれる。次の瞬間川の中から男の本体が水しぶきを上げながら飛び出してきた。
「なっ!?」
川から飛び出すとは想定していなかったウルバンは男を見上げたまま動けなくなる。その隙を逃さなかった男は背中の鞘から刀を抜きウルバンに切りかかった。
「斬魂!」
「ひっ!!!……ん?何だ?斬られた筈なのに痛くねぇ」
バッサリ斬られる事を覚悟したウルバンだったが不思議な事に痛みを感じずしかも立ったままであった。一方男の方は振り下ろした刀を鞘に戻しウルバンに背を向け沈黙している。
(脅かしやがって!何のつもりか知らねぇがよくも俺を散々馬鹿にしやがったな!今度はこっちの番……なっ!?)
男に馬鹿にされたと感じたウルバンはやり返そうとしたが杖を取り出す事が出来ないばかりか思うように動けない事に気がつく。更に足元をみると何と意識を失った自分の体が横たわっているではないか。ウルバンは幽体離脱していた。
(何故俺の体が倒れてやがる!これは一体!)
「……今の技は斬魂、霊魔力を纏わせた刀で相手の肉体から魂を分離する技です。最も峰打ちですので肉体は斬られていませんよ」
(何!?クソッ声が出ねぇ!)
「単なる峰打ちでも良かったのですが敵にもご挨拶するのが礼儀と思い斬魂で斬らせて頂きました。私パピヨン様に執事として仕えておりますアントワーヌ・クロヤマと申します。以後お見知りおきを」
霊体にさせられ喋る事が出来ないウルバンに男は胸に右手をあて丁寧にお辞儀をして自己紹介した。この男こそパピヨンの執事でありフソウ国のニンジャの末裔アントワーヌ・クロヤマであった。クロヤマは倒れたウルバン本体が落とした春精石の瓶を拾い上げた。
(おい!それは俺の春精石だぞ!)
「これが公爵様を殺害し盗んだ石ですか。確かに美しいですが残念ながらこれは春精石ではありませんね」
(何!?)
小瓶の中の石が春精石では無いと断言したクロヤマをウルバンは忌々しそうに睨むとクロヤマはどこからか赤銅色に輝く杯を取り出しそこに瓶の中の石と雪解け水を全て注ぎ入れた。
「本物の春精石はこの大地の聖杯と呼ばれる器に雪解け水と共に入れ初めて光を放つものなのです。その光はまるで太陽光の如く眩しく輝くと言います。こんな弱弱しい光ではありません。これは水に反応して光る無色透明の魔法石である水月石を着色したものでしょう」
(何!?偽物を掴まされたというのか!クソッ!!!)
ウルバンは石を奪われた上偽物だと知らされギリリと奥歯を噛み悔しがる。クロヤマは聖杯から石を全て出し雪解け水を捨てるとウルバンに改めて顔を向けた。
「ではこれは我が主パピヨン様へお届けさせて頂きますね」
(おっ、おい待ちやがれ!)
「あぁ魂が分離した状態は二十分程度で元に戻りますのでご心配無く。ピューッ!!!」
ウルバンを放置しクロヤマは指笛を拭くと川に沿って低空飛行して来た白き大鷲ボナパルトの背に乗り満月輝く夜空へ去って行った。ただ見ているしか出来なかったウルバンは憎悪と怒りを滲ませた表情をクロヤマの背に向けたのであった。
「なっ!?即位なさらないと仰るのですか!」
「やはり俺は兄上を裏切る事は出来ない!人質に捕られた者には……済まないとは思っている」
バイヤルンでの反乱から一夜明けた翌朝、汽車の客車内で決断を迫られていたディートリッヒは長い葛藤の末即位する事を固辞した。ルンゲンドルフ将軍は思惑に反する決断をした第二皇子に対し激しい怒りを表す。
「何という事だっ!!!貴方が味方して下さる事が私の最大の望みだったと言うのに!もはやこれまでだ!こうなれば帝都進軍を強行し……」
「閣下大変です!駅に警官隊が大挙して押し寄せてきます!」
「!?」
将軍が作戦の変更を決めようとしたその時兵士の一人が客車のドアを開け警官隊が押し寄せて来た事を伝えた。慌てて将軍が外に出向くと客車を王国警官隊が取り囲んでいた。
「警官隊諸君!将軍閣下の御前なるぞ!無駄な悪あがきを止め革命に連帯の意思を示したまえ!」
兵士はこの期に及んで将軍側に着くよう促すが警官隊は一切従わなかった。
「貴方方が捕らえた王族及び宰相閣下は監禁されたビアホールから自力で脱出し現在我々の保護下にあります」
「何!?」
「他の南ドルツ諸国も革命には連帯しないと声明を出しました。電報によれば貴方方に協力した公爵様の古城にも先程警官隊が突入したようです。将軍閣下、我々は貴方を逮捕します」
(お知らせ)
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