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蝶好き令息神聖帝国へ行く(後編)②

「ヒャハハハ!!!俺を丸焼きに出来るもんならしてみやがれぇ!」

「いやはや困ったぞい。油断すれば雷が降って来る上に魔力で焼き焦がそうとしても雷魔力保持者特有の素早さで目標が定められん!うおっ!」


 古城の中庭では警官隊が護衛達と乱闘を繰り広げる中ヴェンツェルもトルステンという護衛の男と戦っていたが少々苦戦していた。トルステンはヴェンツェルが飛ばした火の魔力による火球を大きな体格と重いハンマーを手にしているハンデがあるにも関わらず軽々と避け追跡型の火球攻撃もハンマーで振り払い防いだ。その上敵の足元に作った魔法陣から出した火柱で敵を焼く火炎柱フォイアゾイレという得意技もトルステンの素早い動きと連続した落雷攻撃による妨害で上手く決められずにいた。


(まるでアデリーナ殿と戦っておるみたいじゃ。ここは警官隊を巻き込まぬように奴を外の森に誘き出して元王弟殿下を倒した時同様に爆熱穹窿(ヒッツェコーペル)で仕留めるのが得策か)

「おっと!城外へ逃げさせやしねぇぞ爺!電光爆雨(レーゲンブリッツ)!!!」

「!?」


 ヴェンツェルはレオポルド戦同様の戦法を取ろうとしたがヴェンツェルに何か策略があると睨んだトルステンはハンマーを天に掲げ暗雲漂う城の上空に黄色い魔法陣を複数出現させた。その魔法陣からは円盤型の青白く光る電気の塊が現れそこから無数の太い雷が中庭にいる者達を無差別に襲い始めた。


「ひぎゃああぁぁぁ!!!」

「トルステン様ぁ!うひゃあぁ!!!」

「クソッ!おい全員城内へ避難しろぉ!ひえぇ!!!」

「なっ!?無差別攻撃とは凶悪な……くっ!」


 ヴェンツェルは警官隊にも護衛達にも関係無く降りかかる雷の雨に驚愕し自身も身を守る為咄嗟にバリアを張り落雷を防いだ。暫くして雷が止むと周囲は静まり返り逃げ遅れた敵や味方が転がっていた。


「何と無慈悲な事を……しかしこれだけの威力の雷魔力を放つとはS級魔力保持者でないにせよ相当の実力者のようじゃな」

「お褒めにあずかり光栄だぜ。軍に居た頃はB級の判定を受けたがな」

「入隊後に魔力ランクが上がったか。お前さん確かトルステンと呼ばれておったな」

「自己紹介をまだしてねぇな。元帝国陸軍大佐のトルステンだ!爺は誰だ」

「ヴェンツェル・ヨーゼフ・フォン・シュメルテンベルクじゃ。お前さんのような男と戦う事になろうとは運が無いのぅ」

「俺は久々に命懸けの戦いが出来て人生最高の日だがな。さて周囲に邪魔な奴らが消えてやりやすくなった。後はお前を狩るだけだ!雷撃矢ダナープファイル!!!」


 トルステンはハンマーの先をヴェンツェルに向けると自身の周囲に小さな魔法陣を複数作り出し電気エネルギーが凝縮された電の矢をそこから発射した。高速で向かって来る沢山の矢をヴェンツェルは後退しかわすと城壁を蹴り飛び上がり赤く灼けた魔剣を力強く斜めに振り炎を纏った斬撃波をお返しとばかりに放った。


斬波炎(ヴェレフランメ)!」


 しかしその攻撃もハンマーの一振りで弾かれトルステンは真正面からヴェンツェルに挑みかかった。トルステンのハンマーをヴェンツェルは魔剣で防ごうとしたがあまりに強い打撃に耐えられなかったか魔剣が鈍い金属音と共に粉々に折れてしまった。


「なっ!?魔剣が!」

「隙ありだぜ爺ぃ!!!」


 トルステンは間髪入れずハンマーを大きく振り下ろしヴェンツェルの頭を狙う。ヴェンツェルは避けたが雷魔力を帯びたハンマーが地面に接触し石畳を破壊した瞬間発生した衝撃波と放電し発生した青い閃光に目が眩み着地に失敗、腰を強く打ってしまった。


「うぐぐ……腰が痛い!しかも魔剣が折れるとは……ミスリル合金の魔剣ではワシの火力とハンマーの打撃に耐えられんかったか……ん?」

「魔剣が折れた上に立ち上がれねぇみてぇだな爺。もう降参か?」

「……どうやらそのようじゃな。お前さんの強さは大したものじゃ。武人として敬意を表するぞい」

「それは光栄だな。お前こそ敵ながら中々の強さだったぜ」


 ヴェンツェルは諦め顔で降参を口にしてトルステンの強さを称えた。トルステンは光栄に思いつつトドメを刺そうとする。


「俺もお前に敬意を表しハンマーの打撃では無く雷魔力で仕留めてやろう。覚悟は良いか?」

「……一分だけ人生を思い返す時間をくれんか?」

「ふん、良いだろう」


 トルステンはヴェンツェルの最後の頼みを聞き入れ一分間目を閉じ人生を思い返す事を許した。やがて一分経ちトルステンはヴェンツェルの上に黄色い魔法陣を出現させた。


「一分経ったぞ。さらばだ爺」


 トルステンがそう言い放った次の瞬間ヴェンツェルは突如握りしめた左手から赤く灼けた高熱の液体をトルステンめがけて飛ばした。液体は火花を散らしトルステンの両目に直撃する。


「グギャアアア!!!」


 トルステンは断末魔を上げハンマーを落とし目を塞いだ。ヴェンツェルはゆっくり立ち上がり懐から魔法の杖を出して杖先を向ける。


「今お前さんの目を焼いたのは左掌を千二百度にして溶かした魔剣の破片じゃ。軍人は勝ったと思った瞬間こそ油断してはならんのじゃぞ」

「ぐっ、この卑怯者がぁ!軍人の風上にもおけやしねぇ!」

「生憎ワシは今軍人では無く政治家でな。目的達成の為なら批判も覚悟の上じゃ。火炎柱フォイアゾイレ!!!」


 そう言いながらヴェンツェルは得意技を放った。間も無く苦しむトルステンの足元に出現した赤い魔法陣から天の雲を突き抜けるように高く渦巻く高温の火柱が噴き出した。


「ぎゃあああぁぁぁ!!!」

「魔剣を折ったお返しじゃ!骨の髄まで焼き焦がしてやるぞい!」


 燃え盛る炎の中でトルステンは体をよじらせもがき苦しむ。ヴェンツェルは自身の強大で大量の魔力を送り込み火柱を維持させ続けた。火柱が出ていた三十秒は短いながらもトルステンの肉体を黒焦げに焼き焦がしには十分な威力であった。技を解除後、熱さでで気絶したトルステンと高温で溶けたハンマーを見下ろしながらヴェンツェルは大きくため息をついた。


「ふぅ……どうにか早めに終わらせられた。あまり戦闘描写が続くと尺が足りなくなるからのぅ。……うっ!」


 ヴェンツェルは何とか勝った事に安堵しながらめ打った腰の痛みが再燃し苦しそうにする。


「痛たた、この後はあまり激しく動かないようにせねば。さて、ワシらの戦いに巻き込まれてしまったこの者達が心配じゃがまずはアルベルト君達を迎えに行かねば……」


 ヴェンツェルは雷に打たれて倒れたままの警官隊や護衛達を心配しつつ痛む腰を摩りながら城内へ入ろうとした。その時空を見上げるとキラキラと光る小さな生き物の群れが中庭に近づいてくるのが見えた。


「なっ!?あれはナナイロマダラじゃ!また見る事になろうとは……」


 生き物の正体は沢山のナナイロマダラであった。蝶達は中庭に舞い降りると去年の時と同様に倒れた警官隊や護衛達、そしてヴェンツェルの体に止まり細く長い口をつけて傷を癒し始めた。


「あの戦いの時と同じく傷ついた者達を癒しておるぞい!おぉワシの所にも!じゃが腰にばかり来るから何だか年寄り扱いされておるようで複雑じゃ……」


 ヴェンツェルは痛む腰にばかり止まるナナイロマダラを有難く感じる一方複雑な気持ちにもなる。同時に心の中に疑問が浮かんだ。


(それにしても何故この蝶達は戦場で傷ついた者を癒しに来るのじゃろうか……しかも気のせいか飛来するのは毎回アルベルト君絡みの事件の時……うーむ、この蝶達が現れる目的は一体何じゃ?)



★★★



「はぁ、はぁ、城中を探し回ったが一向に見つからない!何処にいるんだ弟よ!」


 同じ頃、先に城内へ入っていたエルンストは侵入者を排除せんと動いた護衛達を氷魔力で倒しつつ城内を探索し人質と愛する弟を探していた。エルンストの傍の床や壁には氷漬けにされ苦しそうに呻く護衛達が倒れている。その中にはあの禿頭の護衛のリーダーもいた。


「塔に幽閉されているんじゃないかと思って確認しに行ったがいたのは敵ばかりだ!無事なら姿を見せてくれ!」


 エルンストは探しても見つからない弟達が心配でたまらず叫んだ。そして必死に捜索し続けているとある部屋の傍に差し掛かったがそこで異変に気が付く。


(何だ……あの部屋だけ何故か扉が開いているぞ?傍には護衛が倒れているが俺が戦った覚えの無い奴だ。一体何があったんだ?)


 エルンストは廊下の向こうに不自然に扉が開いた部屋を発見した。その傍には護衛の男が倒れており胸には太い氷柱が刺さっている。しかし彼は倒した覚えがない男であった。気になったエルンストが部屋を覗くとそこには凄惨な光景が広がっていた。


「なっ!?これは……!」


 部屋の中は豪華絢爛な家具や天蓋付きのベッドがある広々とした部屋で壁にはこの城の所有者である老公爵の肖像画であろう油絵が黄金の額縁で飾られている。その真下で老公爵本人が壁に寄りかかるように倒れていたのだ。体は冷気で白い霜に覆われ胸と腹は何か所か鋭利な刃物で刺されたように赤く濡れていた。更に部屋のソファの床では薄いナイトドレスを着たピンクの髪の女が背中に刺さった氷柱から血を流して横向けに倒れている。エルンストは状況に絶句しながらもまずは老公爵に近づき生死を確認する。


「駄目だ息が無い。どう言う事だ?俺以外に強力な氷魔力を持った誰かが城内に居るのか?」

「ハァ、ハァ、う……ウル……バンよ……あの男に……やられたの」

「君はまだ生きていたのか……っ!?」


 エルンストは聞こえた声に驚き振り向くとナイトドレスの女が口から血を流しながら恨めしそうに自分達を害した者の名前を明かした。エルンストは女の顔を見て更に驚く。以前自身が皇太子から庇ったメラニー嬢だったからだ。


「待て、貴方はまさかメラニー嬢か!」

「またお会いする……なんてね……フフ」

「何故貴方がここに?この状況はどう言う事だ?」

「私は……公爵様の愛人……として……人質を……とって皇太子……に復讐するつもりだった……けどウルバン……が……裏切って……公爵……様の石……持って逃げ……ゲホッゲホッ!」

「おいしっかりしろ!」


 力を振り絞り話そうとするメラニーだったが途中で喀血して激しく咳き込んだ為エルンストは心配し体を支えた。


「ケホッ……貴方こそどうしてここに?」

「弟のアルベルトが囚われている筈なんだ!どこに居るか知らないか?」

「!?そう……あの可愛い男は……弟……なのね」


 アルベルトがエルンストの弟だと知ったメラニーは驚いたようだが自分を舞踏会で助けたエルンストへの恩からか笑みを浮かべ場所を正直に教えた。


「貴方の弟は……地下牢よ……皇太子……妃と……一緒にね」

「何だと!地下牢へはどこから行けば良い!?」

「一階……の小さな書斎が……秘密の入り……口……ゲホッゲホッ!」


 メラニーは地下牢へ繋がる隠し扉の存在を教えた直後更に沢山の赤黒い血を吐き出す。どうやら肺まで貫通する深手であったようだ。


「メラニー嬢!」

「ぐっ……もう駄目……どうして上手く行かないのかしら……私の人生」


 メラニーは薄れゆく意識の中で過去を走馬灯のように思い起こす。幼い頃街を歩く度に娼婦の娘と罵られ石を投げられた事、モーア伯爵家に引き取られた時自分より良いドレスを着て美形の婚約者がいる義理の姉に対し劣等感から黒い感情を抱いた事、姉の婚約者を奪っても許してくれた伯爵が皇太子を怒らせたと分かった途端掌を返して自分を罵った事、そして両親と引き離され修道院に閉じ込められ惨めな思いをした事など碌な人生を歩めなかった自身の運命を呪い怒りを露わにした。


「ハァ……私は……ハァ……満たされ……たかっ……た……なのにどうして……」

「……」

「嫌よ……どうして……まだ何……手に……入れて……ない……お姉様に……皇太子に……復讐……し……てや……うあぁぁ!!!」

「メラニー嬢!」


 とうとうメラニーに限界が訪れたようで苦しげに目を見開き見る見るうちに顔が青ざめ呼吸が止まる。そして遂にエルンストの腕の中で眠るように息絶えたのであった。エルンストはその亡骸をソファに寝かせ安置した。


「……悪い女には違いないが余りに哀れな末路だ。確かウルバンがどうとか言っていたな。ん?窓が開いている……?」


 エルンストはメラニーを憐みの籠った目で見降ろした後部屋を見渡すと部屋の窓が開いている事に気がつく。近づいてみると窓枠から縄梯子がぶら下がっていた。


「ここからそのウルバンという男は逃げたのか。あれ?何か刺さっているぞ」


 窓際の外壁に奇妙な物が刺さっているのを発見したエルンストはそれを引き抜いて確かめる。それは東洋でクナイと呼ばれる手裏剣の一種だが武器に詳しくないエルンストは首を傾げる。


「これは武器かな……柄の部分に紙が結びつけてあるな。手紙か?」


 エルンストは柄の部分に小さな紙が結びつけてあるのを見つけて外し開く。内容を見たエルンストはどこか困惑した様子であった。


「何だこれは……」


 同じ頃、一階ではトルステンの雷攻撃から城内へ避難した警官隊がエルンストにやられた護衛を捕縛しつつ人質保護の為散らばって捜索していた。


「おい!人質は見つかったか!」

「ハッ!現在二階まで捜索しておりますがまだ手掛かりは何も!」

「先に潜入したボナヴィア大使秘書官殿が倒したであろう護衛らが瀕死の状態で倒れているばかりであります!」

「うーむ困った。人質は一体城のどこに……」


 ダイニングルームで部下の報告を聞いた警官隊の隊長は特徴的な細いカイゼル髭を触りながら困り果てた様子で唸る。その時隣部屋から悲鳴が聞こえ隊員が慌てた様子で隊長の元にやって来た。


「隊長大変です!書斎の本棚が突然動き隠し扉から人が!」

「はぁ!?どういう事だ!」


 隊長は隊員の案内で現場へ急行した。書斎は狭いながらも豪華なシャンデリアと高級そうな絨毯が敷かれた綺麗な部屋でその壁に並べられた本棚の一つが確かに横にずれておりその背後にあった木の隠し扉が開いている。その扉から出て来たパピヨンとアルベルト達はくたびれた様子で床にへたり込んでいた。


「はぁ~やっと出られた。罠だらけで大変だったよ」

「本当に……私何度も死ぬかと思いましたわ」

「ワシなんかお気に入りの葉巻を失くしてしまったぞ!ただでさえ奴らに腕時計や拳銃を奪われたままだと言うのに!」

「おやおや、帝国警察のお出迎えか。今晩は(ボンソワール)、人質の皇太子妃プランセスとボナヴィア人の青年はこの快盗パピヨンめが無事に保護致しました」

(お知らせ)



次回投稿予定:13日

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