蝶好き令息神聖帝国へ行く(中編)④
「スプリングエフェメラル?それって早春の林床に咲く花やそこに来る蝶の事では……?」
メラニーが口にした春精石という言葉にアルベルトは蝶好き令息らしい思い違いをした。その時向かいの牢にいるアレニエールが反応し声を上げメラニーとウルバンは驚いたように振り返った。
「聞いた事があるぞ!上流階級や裏社会の連中の間で噂されているあらゆる強運を呼び寄せる幻の魔法石だ!見た目は黄色、紫色、ピンク色の三色の宝石でそれぞれ金運、出世運、恋愛運を表しているそうだな!」
「あら、ガロワの警部さんご説明感謝致しますわ。フフフ♡」
「やかましい!パピヨン逮捕の協力を依頼しただけのワシまで地下牢に入れおって!」
アレニエールはほくそ笑んだメラニーに対し城内の仕掛けで牢屋に落とされた事についての怒りをぶつけた。
「その件についてはお詫び致します。ただ無理やり押し入ろうとしたあなたにも非はございますよ?まぁいずれそのパピヨンという泥棒もあなたと同じ牢にご案内しますがね」
「何ぃ!?」
ウルバンがアレニエールに対し挑発するような態度をとるとメラニーはまた馬鹿にしたように笑った。
「あら、ウルバンったら人が悪いわねぇ……その春精石はあらゆる権力者の手に渡りガロワ皇帝ナポリオンが三つ全て所有していたという話を最後に行方知れず。ですけど公爵様はある没落した伯爵家の蔵からそれらしき宝石手に入れたそうよ。しかも三つ全て揃っていたそうですわ!」
「もしそれらの石が本物であれば公爵様はとてつもない強運を手に入れた事になります。ルンゲンドルフ将軍らと合流し帝都を攻めれば間違いなく勝利し公爵様は望むもの全て手に入れられるでしょう。私は執事として平凡な貴族では無く確実に立身出世する方にお仕えしたいと思っているので公爵様を探していたのです」
「そして私も公爵様の公娼として権力を振るいつつ若い男の愛人を囲ってハーレムも作るつもりなの。最高の人生計画だと思わない?フフフ♡」
(何だかとんでもない事に巻き込まれちゃったなぁ……でもウルバンさんは王弟殿下の手下だった筈。どうしてヴィルクセンまで来て公爵様にお仕えしようなんて考えたんだろう?)
アルベルトは自身が置かれた状況に戸惑いながらもウルバンの発言に内心疑問を抱いた。
「私もその魔法石の事は知っているわ。でも所詮は伝説!その石だってどうせただの宝石ですし無謀な一揆が成功する筈が無いわよ!死罪になりたくなければ私と警部さんを早くここから解放しなさい!」
「可哀そうな皇太子妃様。まだ自分の置かれた立場が分からないみたいね」
「何ですって!」
「あなたには革命の間人質として役立ってもらうけれど第二皇子が皇帝になったらもう用済み、あの憎たらしい皇太子と一緒に刑場で露と消えてもらうわ。でもこっちの男の子は好みだから私のハーレムに加えようかしら♡まだ聞いていなかったけどあなたお名前は何ていうの?」
「ぼっ、僕はアルベルトです。アルベルト・フォン・ベルンシュタインです」
アルベルトが自身の姓を明かすとメラニーは目を見開き驚嘆の声を発した。
「まぁ!?ボナヴィア出身でベルンシュタインというと伯爵家の!?だとするとお姉様の婚約者じゃない!」
「そうですが……」
「お父様からは二十歳を過ぎてもまだ結婚していない不良令息と聞いていたからてっきりとんでもない不細工だと思っていたのにまさかこんな可愛らしい方だったなんて!あんな根暗で地味なお姉様には勿体なさ過ぎるわ。またお姉様から奪ってあげなくちゃ♡」
アルベルトは元婚約者ハイデマリーを貶す発言をしたメラニーを不快に思いムッとした表情を浮かべた。メラニーはアルベルトを義姉から奪おうと更に畳みかける。
「ねぇアルベルト様?お姉様との婚約は解消して私の愛人第一号にならない?そしたらあなただけは牢屋から出してあげるし私のテクニックでイイ想いをさせてあげる♡それに革命後も帝国で何不自由なく暮らせるようにもするわ。ボナヴィアなんて田舎臭い小国で可愛げのないお姉様と暮らすより良いでしょう?フフフ♡」
メラニーはやらしい視線を向けながらそう提案し露出させた豊満な胸を格子から見せつけアルベルトを誘惑した。だがアルベルトからの返事は否であった。
「……お断りします。僕はあなたのような恥知らずな女性は大嫌いです!」
「あら?」
「ハイデマリーさんとは訳あって離縁しましたが彼女からあなたがした酷い仕打ちについて聞かされています!そんな人の愛人になんかなりたくありませんし皇太子妃殿下や警部さんを見捨てて自分だけ助かろうなんて卑怯な事はしたくないです!今すぐ革命を止めさせてここにいる全員を開放してください!」
アルベルトは普段の温厚さからは想像できない程怒りを込めた表情でメラニーを睨み提案を拒絶した。そのアルベルトの言葉を聞き一番驚いたのはグートルーネであった。
(なぜなの!?この青年は殿下を誘惑し国を乗っ取ろうとした卑怯者!革命や春精石の話に恐れをなしてこの女の提案に乗り私や殿下を見捨てるとばかり思っていたのに!それに私や警部さんの解放まで訴えるなんて!どうして……)
グートルーネが内心で驚いているとメラニーは大笑いしアルベルトを罵った。
「フフフ……アハハハハ!!!バッカじゃないの!?折角牢屋から出るチャンスを与えてあげたのにそれを蹴るっていうの?しかも公爵様の愛人である私の悪口まで吐くなんて!やっぱりお姉様の婚約者になった事だけあって愚かね!もう良いわ!あなたも皇太子妃と一緒に処刑してあげる。行きましょうウルバン」
「御意。おいそこのお前、人質共をしっかり見張っておくんだぞ」
「はっ!」
メラニーはアルベルトも処刑すると決めるとウルバンを連れ地下牢から出て行く。その際ウルバンは傍に立っていた軍服の看守に人質の見張りを指示した。
「あの……貴方があの女のお姉さんと婚約していたというのは本当なの?」
「えっ?はい皇太子妃様!ハイデマリーさんはメラニーさんや家族に虐められて家から追い出され僕の婚約者になったんです。でも彼女は幼馴染の執事さんに想いを寄せていました。なので結婚後すぐ離婚して解放したんです。だってお互い好き合っている男女同士で幸せになる方が良いに決まっていますから」
「!?」
グートルーネは自身の質問に対するアルベルトの返事に何か思うところがあったらしく黙って俯き考え込んだ。するとアレニエールは困り顔でアルベルトに苦言した。
「しかしアルベール君、君のブリトニア紳士の如き高潔な志は大変立派だが一旦メラニー嬢の提案を受け入れ牢屋を出て隙を見計らってから帝都に電報を打ち助けを呼ぶというやり方もあったのでは無いかね?皇太子殿下は我々がここに囚われているのを知らんだろう?」
「あっ!?確かに言われてみれば!どうしよう……!」
アレニエールの言葉にアルベルトはハッとして判断の誤りに気づき頭を抱えた。アレニエールも呆れてため息をつき腕を組み考え込む。その時牢屋を一人見張っていた看守は帽子を人差し指で持ち上げアルベルトを横目に見ながら何故か微笑んでいた。
(フッ、君の純粋で優しい心はあの頃から変わらないね。すぐに助けるから待っていてねアルベール……)
★★★
「貴国の女王は上からの改革と称し全産業の近代化を掲げ農産物や工業製品の増産を進めていると聞く。我が国も同盟国として鉄道や工場などの資本投入で支援してきたが今だに我が国への穀物や魔法石の輸出量が期待より少ないのはどう言う事だ」
アルベルト達が囚われていた頃、帝都の宮殿ではヴィルクセンとボナヴィア両国の首脳会談が開かれ厳粛な雰囲気の中ジークリードとヴェンツェルが議論を重ねていた。ジークリードはアルベルトと接する時とはまるで別人のように表情を硬くし鋭い視線をヴェンツェルに向けていた。
「我が国は十一年前の内戦からの復興を達成したばかりでまだ国力が十分ある状態ではありません。それに陛下は急激な近代化促進による国民生活への影響や地方貴族の反発も気にされておられます。故に緩やかな形での変革を進めておるのです」
「人口が増大する我が国には同盟国からの資源供給が必須だ。多少の弊害があろうと投資した分だけ成果を上げてもらわなくては困る。それと……」
ジークリードが苦言を呈し更に何か言葉を続けようとした時突如会談が行われている会議室の扉を近衛兵らしき軍服の男が慌て気味に開けた。
「何だお前は!今はボナヴィア王国宰相殿との重要な会議の最中だ!」
「一大事でございます皇太子殿下!!!帝国南部バイヤルン王国にて革命勢力による騒乱が発生し王都に向かっておられる第二皇子殿下を出迎える為ビアホールにいた王国宰相並びに王族が人質に捕られているとの報せがありました!」
「何だと!?」
「更に革命勢力は第二皇子殿下の新皇帝即位を要求し王国軍や他の南部諸邦に革命への参加を呼びかけ帝都進軍も計画中との情報も!」
扉を開けた近衛兵から聞かされた知らせにジークリードを始め室内にいた全員が驚愕した。
「何という事じゃ……この首脳会談期間中に帝国内部で反乱とは」
「こんな事態になるまで私に何の報告も無いとは帝国情報院は何をしていたのだ!」
「それと殿下!実はもう一つ由々しき事が!」
「何だ!?内乱以上に由々しき事など……エルンスト!?」
近衛兵がもう一つ懸念事項があるとジークリードに伝えると何やら目配せして他の人物達を会議室の中に入れた。その人物はエルンストとアンナ、そして成り行きで同行したベドリッヒであった。
「なぜあなたがここに……まさかアルベルトの身に何かあったのか!」
「恐れながらそのまさかでございます!我が弟が今日の昼頃に行方不明になりました!」
「なっ……!」
「何じゃと!?」
アルベルトが行方不明と知らされジークリードは勿論ヴェンツェルも内乱の知らせを聞いた時以上に目を丸くして驚く。エルンスト達は行方不明になった詳しい状況を話し始めた。
「我々は王立図書館付近のレストランで食事をしていたのですが弟は手洗いに行くと言って外にある公衆トイレに向かいました。ですがそれっきり戻らなかったのです」
「ぐすっ、ごべんなざい皇太子ざま……わだじだじが目を放じだぜいでアルベルトざまは……うっ、ううぅ」
「アンナちゃんは悪くないから泣かないで!皇太子殿下、宰相閣下、店からトイレまでは大して離れておりませんし複雑な道でもありません。俺とエルンストは誘拐されたと考えています!」
「誘拐じゃと!?だとして一体誰が!」
「それは分かりません。ですがトイレ付近にいた新聞売りの少年から聞いた話ですと我が弟とよく似た青年が黒い服装の男達と馬車に乗るのを見たそうです!誘拐以外には考えられませんよ!」
エルンストとベドリッヒはアルベルトが誘拐されたと根拠を交え主張したがアンナはショックから冷静さを失いひたすら泣いて謝っていた。ジークリードは眉間に皺を寄せ苛立って頭を掻いた。
「何なのだ一体!バイヤルンで反乱が起きたかと思えばアルベルトも行方不明とは!何がどうなっている!」
「皇太子殿ご冷静に!ワシとてどちらも心配ですがとにかく慎重に対処せねばなりませんぞい!」
「そんな事は分かっている!!!だが……!」
ヴェンツェルは自身も友人の安否を不安視しつつも苛立つジークリードを宥める。するとこの場にいない筈の男の声が聞こえて来た。
「全て……全て私のせいでございます殿下……」
「なっ!?お前はローゼンベルク!」
「ローゼンハイム殿ですぞい殿下。しかし全て私のせいとは一体どう言う意味じゃ?」
「うっ、うっ、アルベルト殿失踪も内乱を悪化させたのも私の責任なのです!」
男の声の正体はいつの間にか部屋に入って来たローゼンハイムであった。後悔ですすり泣くローゼンハイムは自身がアルベルトを誘拐した事から革命勢力らしき者達に皇太子妃ごと連れ去られた事まで全て白状した。
「まさかお前さんがアルベルト君誘拐の犯人だとは……」
「誠に申し訳ございません!このような事態になるとは予想出来ず……ヒィッ!?」
「この野郎!!!よくも俺の愛する弟を危険な目に合わせたな!」
大切な弟に危害を加えたローゼンハイムに激怒したエルンストはローゼンハイムの襟を掴み恐ろしい形相で攻め立てた。
「許してくれ!私は本当に危害を加えるつもりは無かったんだ!ただ殿下からの提案を断らせてボナヴィアに帰らせようとしただけなんだ!」
「おい落ち着け!そいつを攻めても弟君は戻ってこないだろ!」
「止めるなベドリッヒ!一発ぶん殴ってやらなきゃ俺の気が収まらねぇ!」
「もう良いエルンスト、そいつを放せ」
「殿下まで何故私を止めっ……!?」
「放せと言っている。その男は元々私の秘書官だ。私が始末する」
今にも殴りそうな勢いのエルンストをベドリッヒは落ち着かせようと必死になったがその時ジークリードもエルンストに近づきローゼンハイムを放すように命じた。エルンストはジークリードにも食って掛かったが静かな怒りを滲ませた絶対零度の眼差しを向けられて恐怖を覚えローゼンハイムの襟を放した。
「でっ、殿下!どどどうかお許しを……!」
「こんな大失態をしでかして許されると思っているのか。お前のような人間の屑を一時でも秘書官に取り立てたのが間違いだった。死んで詫びろ」
襟を放されたローゼンハイムは恐怖で立ち上がれず床にへたり込んだまま必死に謝罪をするがジークリードは許す気は毛頭無く肉にされる直前の家畜を見るような眼で見下しながら魔法の杖を向け魔法陣を出し粛清しようとした。しかしジークリードが金色に輝く光の魔力弾を放つ直前ヴェンツェルがジークリードの肩に手を置いてそれを阻止した。
「お待ちくだされ皇太子殿!ローゼンハイム殿の処罰は今でなくても良い筈ですぞい」
「何?」
「それより内乱鎮圧と捕らえられたアルベルト君や皇太子妃殿下を一分一秒でも早く救出する為に行動なさる方が先だと思いますぞい。ワシらも協力致しますので一旦ローゼンハイム殿の事は保留に致しましょう」
「……」
ヴェンツェルは何を優先すべきかを話しジークリードを宥めた。ジークリードは納得いかないながらもヴェンツェルの真剣な眼差しと説得に結局応じてローゼンハイムを一旦牢に入れる事を決め近衛兵に連れて行くよう命じたのであった。
・私的な事情で予定より更新遅くなりました。申し訳ありません。
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