蝶好き令息神聖帝国へ行く(中編)③
「妃殿下ご冷静に!その青年は国賓なのです!傷つけるような事は……!」
「国賓だから何ですか!殿下を誘惑する不届き者に優しくする筋合いはありません!さぁ白状なさい!殿下の愛人になり神聖帝国を裏から支配しようとしていると!」
アルベルトに魔法の杖を突き付けたグートルーネにローゼンハイムは青い顔で傷つけないよう説得するが感情的になったグートルーネは耳を貸そうとしなかった。アルベルトは恐ろしい状況にガタガタ震えながらも釈明する。
「誤解です皇太子妃様!僕はジーク様と愛人関係になろうとはしていません!確かに不自然な距離感だとは思いましたがあれはジーク様が……」
「まだしらを切ると言うのね!しかもジーク様だなんて馴れ馴れしく!この泥棒猫!」
「僕は皇太子妃様とジーク様の夫婦関係を壊すような事はしません!信じてください!」
「夫婦関係なんてもう破綻しているわ!初夜を共にしなかった時点で!」
「えっ!?」
アルベルトがグートルーネの言葉に驚くとグートルーネは魔法の杖を落とし急に泣き崩れた。
「うっ……うっ……そうよ!殿下は妻の私を愛して下さらない!私は幼い頃から殿下をお慕いしているというのに……」
「妃殿下……」
「殿下は野心あるご令嬢に襲われて以来女性を信用されておられない!妃として政策を提言しても聞いて下さらないわ!最近ではお茶や外遊にもお供させて頂けない!」
「そうでしたな……妃殿下のご提案なさった女性の選挙権拡大と貧民や植民地住民の権利保護や医療福祉の充実を定めた法案は私は画期的だと思いましたが……」
「ですけど殿下は(他に愛人を作る事はしない)と約束して下さいましたから皇太子妃として尽くそうと努力して参りましたのに……」
顔を両手で覆い号泣するグートルーネの語りにローゼンハイムは気の毒そうに同調する。アルベルトは言葉を失い呆然としていた。
「去年外遊から帰国して以来夫の口から出るのはこの青年の事ばかり!殿下のあの宣言は女の愛人は作らないという宣言だったのね……裏切られたわ!こんな下級貴族令息をお傍に侍らせて嬉しそうにする殿下なんて見たくなかった!」
「皇太子妃様、僕は殿下とは……」
「まだ認めないおつもり!?もう良いわ!白状させてから牢獄に入れようと考えていたけれどここで処刑するわ!」
アルベルトの言葉に逆上したグートルーネは落とした魔法の杖を握りアルベルトに向け直した。ローゼンハイムは慌てて止めようとする。
「お止めください妃殿下!私めが国に帰らせ二度と殿下に近寄らないよう説得致しますのでどうかお鎮まり下さい!」
「それが甘いというのです!ボナヴィアに帰したところで必ず殿下が連れ戻そうとします!そうすればこの青年はあなたと私に脅された事を殿下にお話しするでしょう!この青年を二度と殿下に会わせず私達も無事でいる為にはこの場で始末する他無いのよ!」
グートルーネはこの場で処刑する事を決め杖の先をアルベルトの額に向ける。
「最後にチャンスを与えてあげる。殿下を篭絡し愛人になろうとしたと白状なさい。そうすれば終身刑で済むようにしてあげる。拒否するなら私の光の魔力であなたの頭を粉々に粉砕するわ!」
「皇太子妃様お願いです!どうかお話を聞いて下さい!僕は本当に殿下とそんな如何わしい仲では無いんです!」
「どうあっても口を割らないと言うのね。なら地獄へ落ちなさい。さようなら」
グートルーネは最後までジークリードとの恋愛関係を否定し続けたアルベルトの処刑を決定し向けた杖の先から眩い金色の小さな魔法陣を出現させ攻撃準備を始めた。もはやこれまでとアルベルトは苦し気な顔で目を瞑る。その時突如部屋のドアが蹴破られグートルーネの護衛らとは別のサングラスをかけた黒服が続々と部屋に入って来た。
「なっ、何だ貴様ら……ぐあっ!!!」
「「「!?」」」
「皇太子妃殿下、大人しく我々について来て貰おう」
入って来た黒服は既にいたローゼンハイムの部下の黒服を拳銃で射殺すると皇太子妃に銃口を向けて共に来るように要求した。
「何者だお前達は!外で見張らせていた者はどうした!」
「とっくに始末したさ。我々はある方の依頼で妃殿下を捕縛するよう命じられここまで妃殿下を付けて来た。無駄な抵抗はよした方が良いぞ」
「ある方とは一体どなたですか!私を脅して連れて行こうとする無礼者は!」
「それはまだ言えん。だが一つだけ教えよう。妃殿下には今日限りでご退位頂く。第二皇子の新皇帝ご即位の邪魔となるのでね」
「ディートリッヒ様が……新皇帝!?」
「どう言う事だ!?第二皇子殿下が皇帝にご即位されるとは!」
黒服達の発した言葉にグートルーネとローゼンハイムは訳が分からず困惑する。黒服達は拳銃を向けたまま更にグートルーネ達に近づいて来た。
「グダグダと詳細を話す暇は無い!さぁ妃殿下、我々と来て頂こう」
「お断りです!私は皇太子妃!あなた方のような怪しい輩の命令など……きゃあっ!!!」
グートルーネが要求を拒否してアルベルトに向けていた魔法の杖を黒服達に向けて攻撃しようとした時黒服の一人がグートルーネの顔に向けビー玉ほどの小さな球体を投げつけた。球体はグートルーネの眼前で破裂して紫の煙を放出し途端にグートルーネは意識を失った。
「妃殿下!?おのれ妃殿下に睡眠ガスを使いおったな!この無礼者が!」
「無礼者はお互い様だろう?あなたもそこにいる国賓の青年を皇太子殿下の許可無く誘拐しているでは無いかね?」
「……っ!」
意識を失ったグートルーネを支えながらローゼンハイムが黒服を非難するが正論を言い返され言葉に詰まってしまった。
「この状況では多勢に無勢、大人しく妃殿下の身柄を渡せ。それからその青年も連行する。人質は多い方が良いからな。秘書官殿には宮殿へお戻り頂き我々の伝言を皇帝陛下と皇太子殿下に伝えてもらうぞ。皇太子妃と国賓の青年を返して欲しければ両名とも退位し第二皇子の皇帝即位を容認せよ、とな」
ローゼンハイムは屈辱的な気持ちになりながらも相手の要求通り二人の身柄を黒服達に譲る他無かった。黒服らは人質を屋敷外へ運び出すとローゼンハイムを部屋に残し出て行った。ローゼンハイムは激しく後悔し膝から崩れ項垂れた。
★★★
「これを飲め!目的地まで妃殿下と共に眠ってもらうからな」
アルベルトは眠っているグートルーネと共に四輪馬車に乗せられると黒服の一人から白い錠剤と水を手渡された。黒服の言い方だとそれは睡眠薬のようであった。
「また睡眠薬ですか。僕ここに連れてこさせられる時も薬で眠らされたのに……」
「うるせぇ!ゴタゴタ言わねぇで飲みやがれ!」
「わっ、分かりましたよ!こんなに睡眠薬多用して大丈夫かな」
男に銃を突き付けられアルベルトは渋々錠剤を飲んだ。そしてアルベルトの意識が薄れて来たタイミングで馬車は目的地へと動き出した。アルベルトが目を覚ましたのはそれから五時間も経った頃であった。
「んん……もう目的地に着いたのかな……!?」
アルベルトは周囲を見渡し仰天した。そこはローゼンハイムに連れて来られた廃屋敷以上に殺風景で蠟燭の僅かな明かりだけしかない薄暗い石壁の牢屋の中であった。錆びた格子の向こうには廊下を挟んで別の牢も見えネズミがうろついていた。
「うぅ、何だか暗いしかび臭くて嫌な場所だなぁ……どうしてこんな目に」
「本当に。あなたと相部屋になって私は余計に最悪だわ」
「皇太子妃様!?起きていらしたのですか!」
アルベルトは背後から聞こえた声に驚き振り返ると粗末なベッドに座りそこからアルベルトを睨むグートルーネの姿があった。
「どうして皇太子妃である私がこのような辱めを受けなくてはなりませんの……」
「皇太子妃様……大丈夫ですか?」
「近寄らないでっ!!!」
自身が置かれた状況にグートルーネは怒りに震え心配して近づくアルベルトを激しく拒絶した。
「夫を誘惑するような不届き者に心配される程落ちぶれていないわ!あなたなんてそこで床を這いまわるネズミのようなものよ!」
「そんな……皇太子妃様……」
「おい誰だ?ワシの牢屋の隣で騒がしくするのは……」
「「!?」」
ふいにネズミのいた向かいの牢から聞こえた声にアルベルトとグートルーネは驚き反応した。アルベルトが格子から向かいの牢を覗くとそこにいたのは何とガロワの警察官であるアレニエール警部であった。長く牢にいたと見えて口周りや顎に無精ひげが生えている。
「あっ、あなたは確かアレニエールさん!?」
「なっ!?きっ、君は確かアルベール君!」
「アレニエール警部!?どうしてこちらに!?」
「ややっ!皇太子妃殿下も!?一体どうなっとるんだ!?」
知り合いが二人も向かいの牢に閉じ込められている状況にアレニエールも混乱した。
「警部はガロワにお帰りになられたとばかり思っておりましたのに……」
「パピヨンを捕えずして本国に戻れるものですか!帝都から西にある古城にパピヨンが予告状を出したと聞いてやって来たのですが断られたので公爵様に直談判しようとしたら護衛らに殴られた上に閉じ込められたのです……!?誰か来ますぞ!」
自身が捕まった訳を話している最中に階段を降りる音が聞こえアレニエールは話を中断した。やがて古ぼけた扉を開けるきしんだ音が聞こえると紫の髪の執事のような男を引き連れた女が入って来てアルベルト達がいる牢の前まで来た。女は横二つに纏めた濃いローズピンクの髪に紫の瞳の女で胸元を大きく魅せる水色のドレスを着ている。
「あら、計画より人数が多いみたいだけどどなたかしら?」
「皇太子妃と共にいたボナヴィアからの国賓の青年です。皇太子の寵愛を受ける青年なので連れて来たと」
女の質問に紫髪の執事は丁寧に答えた。アルベルトはその執事の顔を見た瞬間仰天しその名前を叫んだ。
「ウルバンさん!?一体どうしてここに!?あの時捕まったんじゃ……!」
「ククク……覚えていてくれたとは光栄だな小僧」
「あら、知っているのあなた?それに捕まったって何よ」
「この小僧とは以前色々ありましてね。まぁそれはどうでもいいでしょう。用があるのは皇太子妃の方ですし」
執事の正体は王弟派の幹部であるウルバンであった。何故彼がここにいるのかと困惑するアルベルトをよそにウルバンと女は皇太子妃の方に視線を向ける。
「ごきげんよう皇太子妃殿下。ご気分は如何かしら?」
「あなたは一体誰ですか!私を攫ってどうなさるつもりですか!答えなさい!」
「そう急かさずとも答えるわよ。私はメラニー、バーデンベルク王国宰相令息の元婚約者であなたの夫によって女子修道院に閉じ込められた女だと言えば思い出すかしら?」
「メラニー……何処かで聞いたような……はっ!?」
アルベルトは女の自己紹介を聞いてハッと思い出した。メラニーと名乗る女の正体は元婚約者のハイデマリーが言っていた悪辣な妹だったのだ。グートルーネも面識があるようでアルベルトと同じタイミングで思い出した。
「思い出したわ!あなたは国中の王族や上位貴族が集まる場で殿下に無礼を働いたあの令嬢ね!男爵家の女と偽りモーア伯爵と結婚した娼婦の娘だと聞いているわ!何て汚らわしい!」
「その汚らわしい女に檻の向こうから覗かれる気分はどう?フフフ」
「お黙りなさい!!!あなたは殿下からの罰で娼館に閉じ込められた筈!何故この場にいるの!」
「えぇ、あなたの夫のおかげでモーア伯爵家はお取り潰し、お父様とお母様は山奥の炭鉱に送られた。私はまだ若い事を考慮されて更生の為にと厳しい女子修道院に入れられたわ。でも隙を見て逃げ出した際にこの古城の城下町でたまたまウルバンに出会って一夜を共にしたの。ウルバンはその際とある魔法石を持つ公爵様に取り入る手伝いをしないかと持ちかけてきたわ。それで協力関係を結ぶ事にした。私は色ボケ爺の公爵様に色仕掛けをして上手く取り入る役目を請け負ったの。そして今や私は公爵様の愛人♡そしてここはその古城の地下牢って訳よ」
メラニーは自身が娼館から脱出しこの古城に来るまでの経緯を得意げにペラペラ話すとアルベルトが更に質問を投げかけた。
「僕達をここに連れて来た人達は第二皇子殿下が新皇帝にご即位すると言っていました!詳しく説明して下さい!」
「あら、よく見たら可愛い顔しているわね!あなた結構好みよ?フフフ、気に入ったから教えてあげる♡公爵様は今の皇太子のやり方に不満を抱いていらっしゃるの。ヴィルクセンは古来より陸軍の国なのに海軍ばかりを優遇するのは何事かとね。そんな時皇太子と対立し陸軍を解任されたルンゲンドルフ将軍から秘密裏に計画した反乱の誘いを受けて支援する事に決めたそうよ」
「反乱ですって!?何て事……」
「公爵様は皇太子に関わる人物を人質に取ると決めたの。それであなたが選ばれた訳。そして五時間前いよいよ将軍は動いたわ。南ドルツのバイヤルン王国の王都で革命勢力と共に宰相達を人質にして間もなく王都にお越しになる第二皇子殿下の新皇帝即位を宣言したの。更に南ドルツ諸国に革命への連帯を呼びかけた上で帝都への進軍も準備しているそうよ」
「眠らされている間にそんな事が……!」
アルベルトは古城の地下牢に連れて来させられるまでの間に外で起きた大事件を聞きグートルーネと共に戦慄した。
「もし第二皇子殿下が皇帝に即位する意思を示されて南ドルツ諸国が手を貸せば如何に皇太子と言えどもお手上げでしょうね。フフフ♡」
「何て愚かなのかしら!ディートリッヒ様が反乱を起こす不埒な輩に呼応なさる筈がございませんわ!皮算用も大概になさい!」
「それはどうかしら?第二皇子殿下は皇太子と対立なさっているそうですし南ドルツでは気取らない性格の第二皇子殿下の方が人気あるのよ。そして何より私達には公爵様が保有する魔法石があるのだから……」
「先程から言っているその魔法石とは一体何ですか!?」
「フフフ、噂に聞いた事無いかしら?春精石……あらゆる幸運を呼び込む伝説の魔法石よ」
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