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我儘女王マルガレーテ②

 ヴェンツェルが謁見室に呼び出された同じ日、王都の北西にある森の中ではアルベルトが白い布を広げその端に付いた紐を木と木の間の縄にくくりつけカーテンのように張っていた。更に大きなバッグからランプを取り出し、白い布の手前の木箱に置いた。一人黙々作業を続けていたアルベルトはふぅーっと一息ついた。


「これでトラップは完成。後は暗くなるのを待つだけだ。今回も公爵様から採集の許可を貰えて良かった」


 アルベルトは出来上がったトラップを見て満足げに呟いた。実はアルベルトは夜に蛾を採集する為この森を所有する領主に許可を得てライトトラップを設置していたのだ。


「この間はシャクガの仲間が沢山観察出来たから今日はクジャクヤママユの仲間を見てみたいなぁ。けど夜まで時間はたっぷりあるし今日は誰も狩猟に来ないみたいだから持ってきた朝食を食べながら新聞を読んだ後森で蝶探しでもしようかなぁ」


 アルベルトは早速バッグを探り新聞と共に朝食のパンとチーズを取り出し近くの切り株に座る。そして新聞を広げながら水筒の紅茶と共に朝食を楽しんだ。丁度その時女王マルガレーテが家来とアデリーナを連れて白馬に跨りこの北西の森へ狩猟に向かっていた事などアルベルトは知る由もなかった。


「はっ!!!」


 その頃マルガレーテは赤色に金のボタンや襟がついた軍服を着て威勢の良い掛け声を上げ黒く艶やかな黒髪をなびかせながら白馬に跨り走っていた。後ろからカーキ色の軍服を着た兵士数人と馬車、そして同じく軍服に着替えたアデリーナが乗った栗毛の馬と垂れ耳で白に黒の斑模様の犬と同じ垂れ耳で全身焦茶色の猟犬二頭が続くが先頭を行く女王から遅れをとっている。


「陛下!もう少し速度を落として下さい!」

「ついて来れぬというならば引き返すが良い!おっ、見えてきたぞ余の猟場が」


 兵士の苦情も意に介さずマルガレーテは目的地へ急ぐ。目的地の森の入り口に着き馬を降りると後から到着したヘトヘトの兵士達とアデリーナに預けた猟銃を渡すように命じた。


「陛下、この森は確かツェルニッツ公爵家の領地ですが許可を得てから入った方が宜しいのでは」


 アデリーナが猟銃を渡す前に狩猟の許可を領主から得るよう勧めるがマルガレーテは面倒くさそうな顔をして


「ふん。そんなものは事後報告で良かろう。余は女王じゃ。女王が自国内で自由に振る舞って何が悪い。それより早く銃を寄越せ」


 と拒否した。尊大で身勝手な女王の態度に辟易としながらもアデリーナは猟銃を手渡した。


「ではこれよりウサギやヤマシギを狩る為森に入る。そなたらは森の入り口で待機しておれ」

「陛下、護衛の為私はお供致します」

「そなたもここで待っておれアデリーナ。小言を言われるとうるさくてかなわぬからな。それに今日は一人で狩りをしたい気分じゃ」

「はぁー全く……もう一度言いますが夕方までですからね」

「しつこいな!わかっておると言っておろうが!余はもう行くからな!ロムルス!レムス!ついてまいれ!」


 マルガレーテはアデリーナにしつこく釘を刺され苛立ちながら森の中へ歩いていく。白に黒斑のロムルスと焦茶色のレムス二頭の猟犬はその後を吠えながら尻尾を振ってついて行った。


「さて、余の獲物はどこじゃ」


 森の奥まで獣道を歩き進んだマルガレーテは犬達を先頭にし獲物の匂いを探らせながら森を見渡す。小鳥の声やキツツキの木を突く音が響き渡る中、マルガレーテが目を凝らして獲物を探していると急にロムルスとレムスが何かの気配を感じ取ってピタリと立ち止まった。


「どうしたお前達。ウサギでも見つけたか?」


 マルガレーテが犬達に目線を移し話しかけたその時、犬達は急に森の更に奥へと吠えながら走り出した。驚いたマルガレーテは犬達を駆け足で追いかける。


「おっ、おい待てロムルス!レムス!余を置いて何処へ行くつもりじゃ!!!待たぬか!!!」


 主人を置いてきぼりにしロムルスとレムスが森の藪を抜けて走って行った先にはあのアルベルトが仕掛けたライトトラップが見えた。その近くの切り株の上では、アルベルトが食事を終え新聞を広げナナイロマダラの情報収集をしていた。


「うーんやっぱり載ってないなぁ……ヴィルクセンやブリトニアの新しい新聞まで取り寄せたけど何も手掛かり無しかぁ。まぁ幻の蝶だし仕方な……ん?何だろう?後ろから犬の吠える声が……」


 アルベルトがそう言って後ろを振り返った直後、ロムルスとレムスが藪から勢いよく出てきてアルベルト目掛けて飛びかかった。


「わぁ!!!」


 アルベルトは驚いた拍子に紅茶のカップを落とし地面に背中から倒れ込んだ。二頭のうちロムルスが倒れたアルベルトの上に乗り鼻先を喉元に近づけた。そして……


「あははっ、やめてよ、嘗めたらくすぐったいじゃないか」


 アルベルトは笑いながら顎と頬を嘗めるロムルスの顔を押さえた。アルベルトが起き上がると犬達は尻尾を千切れんばかりに振って嬉しそうに遊びの催促をする。


「君達猟犬なのかなぁ?首輪もついているし。でも今日はこの森は誰も狩猟に来ていない筈なのにどうしているんだろう?」


 そう犬達の頭を撫でながらアルベルトは疑問を感じていた。アルベルトは昔から何故か動物には無条件に好かれる為凶暴な猟犬もすぐ懐いてしまうのだ。その時二頭が飛び出して来た藪がまたガサガサと動いた。アルベルトが藪の方向を見て身構えると今度は犬を追ってきたマルガレーテが銃を構えながら飛び出して来た。


「!?」


 再び驚いた顔になり尻餅をつくアルベルト。マルガレーテは一瞬獲物だと思ったのか銃口をアルベルトの額に突きつけた。


「なんじゃ犬ども!ウサギか!」

「ひぃ!?やめてください人間です!!!」


 アルベルトは顔を青くして手を前に出し撃たないよう涙目で訴える。マルガレーテはアルベルトの姿を見てキョトンとした顔になり銃を下ろして尋ねた。


「そなたは……一体誰じゃ?」



★★★



「そなたがあのアルベルト・ベルンシュタインか。蝶好き令息として噂の……それでこの森には蝶や蛾の採集に来たと」

「僕の事知っていらっしゃるんですか!」


 アルベルトは自分の名前と森にいた理由を明かした。そしてマルガレーテが自分の名前を知っている事に驚いた。


「まあな。そなたの噂は余の耳にも入っておる。蝶や蛾が好きな変わり者令息故気味悪がられ社交界から孤立している上元外務大臣で汚職でクビになったフランクの次男だとな」


 アルベルトを信用していないマルガレーテは嫌悪を含んだ視線を向け嫌味ったらしく言った。だがアルベルトは怒るどころか恥ずかしそうに苦笑いして肯定した。


「いやぁその通りですから反論しようが無いです。好きな趣味もやめられませんし父親の経歴も変えられませんから仕方ありません。貴族に向いていませんね僕、ははは」

「そっ、そうか……」


 アルベルトが不愉快そうにすると思っていたマルガレーテは予想外の反応に呆気にとられた。ふとアルベルトはマルガレーテに対して名前を尋ねた。


「あの、失礼ですが貴女のお名前を聞いていなかったのですがどなたでしょう?」

「なっ!?そっ、そなた余を知らぬと申すか!そなた伯爵令息であろう!?社交の場にも散々出席して一度は顔を見ておる筈じゃぞ!!!」

「実は僕あんまり社交の場に出席しないんです。城の大規模な舞踏会にも幼い頃デビュタントに連れて行かれたくらいですし特に父上が失脚して以降は学園時代の知り合いとも疎遠になってしまいました。ですから最近の社交界事情は尚更……どうもすみません」

「なるほど……(思えばフランク含め伯爵家の連中を暫く王宮に招いておらんかったな。女王になってからこやつと直接顔も合わせておらぬ。知らぬのも無理ないか)」


 マルガレーテは自分の顔を見ても女王だと気づかないアルベルトに驚き大声を上げたが分からない理由を聞いて理解を示した。


「まぁ知らぬなら仕方あるまい。余はマルガ……マルゴットじゃ。この森を所有するツェルニッツ公爵家の親戚の長女じゃ」

「そうだったんですね!よろしくお願いしますねマルゴットさん!」


マルガレーテは名前と肩書きを敢えて偽りアルベルトに伝える。そして内心でアルベルトの人となりを調べる事を決意した。


(全く余が女王だとも気付かず……だが寧ろ好都合じゃ。このまま身分を隠しこの男の本性を余の目で見定めてやる……!)

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