【5-3】現状の整理
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【現状の整理】
本来であれば、別室で一人ずつ個別にアリバイを聞いていくのがセオリーだ。
しかし、この緊迫した状況で彼らを一人ずつ自室に戻すことはかえって危険だと私は判断した。
だが、どうやってこの局面を乗り越えるべきか。
悩んでいる私に、
「まずは、遺体を冷蔵室に運んだ方が良いのではないですか?」
と医者が言った。
たしかに大富豪をこのままにしておくわけにもいかないが、
もし私がこの場から一瞬でも離れてしまえば、その隙に最悪の事態が起きる可能性だって十分にある。
「このままでは大富豪さんが見世物みたいで可哀そうです。まずは彼を冷蔵室まで運びましょう」
何故だか妙に焦っている医者も気になるが、彼の言う事も尤もだ。
今すぐに私がこの場を離れるのは危険だが、招待客達が各々の部屋に戻るのが確認できれば、
彼らを一人にしても大丈夫だろう。
「まずは皆さん自室に戻ってください。
部屋に入ったら鍵をしっかりとかけ、絶対に部屋から出ないように」
各々が自室に入っていくのを確認した私は、医者と共に大富豪の遺体を冷蔵室まで運んだ。
「今回のこの事件における私の役割は、この事件を解決することではないと思っているんです。
いや、当然解決はしなければいけないのですが。
・・・申し訳ない、何を言っているのか分からないですよね。ところで、あなたはどちら側ですか?」
二人きりになった冷蔵室で、私は医者にそう尋ねた。
「一体、何の話をしているんですか?
もしかして、私が大富豪さんのことを殺したと考えているんですか?」
医者は本当に何も知らないのか、それとも全てを知っているうえでの演技なのか。
彼の目を見ただけでは、彼がどちら側の人間なのかを判断することは私にはできなかった。
するとその時、大広間の方から、「待って!」という男性の声が聞こえた。
私と医者は声が聞こえた大広間へ急いで向かうと、
何かを追いかけるように慌てて別荘の正面入口の扉を開けようとしている俳優の姿が見えた。
「外は危険だ!」
私は俳優に向かってそう叫んだが、彼は私の言葉を無視して別荘の外へと出て行った。
仕方なく、私と医者は俳優の後を追う事にした。
嵐のせいで外は非常に危険な状態ではあったが、俳優を見殺しにするわけにもいかない。
加えて深夜という事もあり、私と医者は俳優の姿を見失ってしまったが、
それでも彼を見つけ出すために嵐の中の孤島を訳も分からず歩きまわった。
「名探偵さん、あそこ!」
医者は私にそう言いながら、何かを指さした。
医者が指さした先には、二つの人影があった。
一人は俳優だった。
「そこは危ないから!早くこっちに戻っておいで!」
俳優がもう一つの人影に向かってそう叫んでいる。
「こんな所にいたら私まで殺されてしまう。
警察もいないこんな場所で、誰が私を守ってくれるっていうの?
いつ助けが来るかも分からないこんな場所で、どうやって身を守ればいいのよ!
逃げなきゃ。じゃないと私達も殺されるわ」
もう一つの人影の正体は女優だった。
嵐のせいでよく見えないが、彼女が取り乱しているのは明らかだった。
「僕が守るから!だから、こっちにおいで!そこは危ないよ!」
俳優は何度も、「僕が守るから!」と女優に言った。
しかし彼女は、見えない何かから逃げるように断崖から身を投げた。
それはあまりにも一瞬の出来事で、私はその光景を黙って呆然と見ている事しかできなかった。
「ああ、なんてことだ。どうして、どうしてこんなことになってしまったんだ・・・」
その場に膝から崩れ落ちた俳優は、彼女が飛び降りた断崖の方を見つめながらそう口にした。
それからおもむろにズボンのバックポケットに手を入れると、
ポケットから取り出したそれを自分のこめかみに近づけた。
そして次の瞬間、〝パン!〟という大きな音が孤島中に響き渡った。
私と医者は急いでその場に倒れこんだ俳優のもとへ駆け寄ったが、既に遅かった。
俳優のこめかみからは血が大量に流れ出しており、
彼の右手には手のひらサイズの小型拳銃が握られていた。
一つの死は、新たな死を生む。
それを断ち切らない限り、死はいつまでも連鎖し続ける。
女優はいつ自分が犯人に殺されるか分からないという恐怖に、
俳優は目の前で彼女を死なせてしまったという事実に耐え切れず、二人は自ら死を選んだ。
私は何度もしつこく自分に言い聞かせていたのに、
よりにもよってなぜこの選択をしてしまったのだと後悔した。
被害者が殺された今、最も注意しなければならないのが『二次被害』だ。
大富豪が殺されたという事実だけで、お互いがお互いを疑心暗鬼しているこの状況において、
二次被害は最も起こりやすく恐ろしいものである。
だから、なんとしても二次被害だけは避けなければならない。
何度も自分にそう言い聞かせていたのに、私は最も恐れていた状況を自ら生み出してしまったのだ。
私は不安や恐怖を抱えたままの招待客達を、自室で一人きりにさせてしまった。
つまりそれは、彼らの心に隙を与えてしまったことになる。
その隙は、犯人にとっては身を潜めたりアリバイを偽装するための絶好の機会であり、
他の者たちにとっては自分も殺されるのではないかと余計なことを詮索してしまう機会になってしまった。
少しでも彼らの恐怖や不安を取り除くことが出来ていれば、状況は変わっていたかもしれない
単に事件を解決することだけが私の仕事ではない。
新たな被害者を生まないために、彼らの身の安全を考えながら事件を解決に導くことが、
名探偵としての私の仕事なのだ。
殺人事件が発生した直後に招待客達を一人きりにさせるという事は、
特にこの孤島という閉鎖された空間においては絶対に避けるべき選択であった。
果たして女優は大富豪を殺害した犯人だったのか。
それとも、犯人を恐れるあまり混乱状態に陥り、
断崖から身を投げるという最悪の選択肢を選んでしまったのか。
果たして俳優は大富豪を殺害した犯人だったのか。
仮に彼が犯人だったとして、
自分のせいで最愛の人を自殺に追い込んでしまったという事実に耐え切れなかったのか。
どちらにせよ、私が判断を誤ったせいで二人は亡くなった。
私は誤った選択肢を選んでしまったのだ。
新たな被害者を生まない事こそ、私がここにいる本当の意味なのだから。
残念ですが、この選択肢は不正解です。。。