『夕殺人の這う範囲』の全ての読者たちへ①
あの刑事たちは今頃、僕の部屋ですべての真相を知り、
さぞ驚いている頃だろう。
児子原島殺人事件も勇太の誘拐も、全ては僕が仕組んだものだ。
僕は財前信一郎と霧島遥に復讐をするために、この二つの事件を計画した。
児子原島殺人事件について僕が警察に供述した内容の大半は嘘であり、
当然その嘘に沿って書いたあの小説も事実とは大いに異なる。
そもそもあのパーティーは、僕が財前にお願いして開いてもらったものだ。
僕と妻の霧島遥は勇太が生まれた年、つまり今から八年前に結婚した。
僕たちが結婚しているという事は既に世間にも公表していたが、
遥が勇太を出産したことについては、財前を含めた一部の人間しか知らない事実であった。
勇太が小学校に上がるにあたり、僕と遥は勇太の存在を世間に公表することに決めた。
だが、勇太の存在を世間に公表する前に、
まずはお世話になった財前や彼の友人にその事を直接伝え感謝を述べたい。
そういった名目で、僕は財前にあのパーティーを開いてもらうようお願いしたのだ。
もちろん僕はずっと前から、勇太が自分の息子では無いことを知っていた。
勇太が財前と遥の間にできた子供でありながら、
勇太を僕と遥の子供に仕立て上げたことを僕は知っていた。
財前は遥以外にも多くの女性と関係を持っており、子供ができる度に彼は金で解決してきた。
ほとんどの女性は金に目がくらんだのか、
財前との間にできた子供をおろすことに渋々納得した。
たが、遥は違った。
彼女は何があっても子供をおろすような事はしないと言い、
自分一人でもお腹の中の赤ちゃんを育てると言い張った。
しかし、財前はそれに納得しなかった。
遥はこの国では名の知れた女優だ。
いつかは勇太の存在が明るみになり、
そうなればおのずと父親は誰なのかという話になるだろう。
そこで財前は、ある条件を遥に提示した。
もし本当にお腹の子供を産むのであれば、私の代りになる父親を見つけろ。
そうでなければ、お腹の子供を産むことは許さない。
遥は仕方なく財前が提示した条件に承諾した。
そして僕は、財前の代りに勇太の父親になった。
僕は財前から、
「遥が君のことを気になっているみたいだから、是非会ってくれないか」
と相談されたとき、とても驚いたことを今でも覚えている。
遥の事は当然前から知っていたが、
まさか彼女が僕に気があるなんて考えもしなかった。
彼女のことはテレビの画面越しでしか見たことがなかったけれど、
実物の彼女は本当に綺麗だった。
遥と初めて会ったあの日、僕は彼女に恋をした。
遥も僕に会えて嬉しいと、僕のことをずっと気になっていたと言ってくれた。
だが、彼女のあの言葉は嘘だった。
勇太を育てることが出来るのなら、誰でもよかったのだ。
僕が遥と初めて会ったあの日、彼女のお腹の中には既に勇太がいた。
そして、そんなことを知らない僕は、財前の代りとして勇太の父親になった。
勇太が自分の息子では無いと知ったのは、勇太が三歳になる頃だった。
財前の主治医であり、例のパーティーに参加していた医者であり、
勇太の出産に立ち会った医者であり、
全てを知っていながら勇太を僕と遥の子供に仕立て上げたあの医者から聞いたのだ。
あの日、僕の前に現れた医者は、
「財前から脅されて仕方なくやった事なんだ。
だが、やはり本当のことを伝えるべきだと思った。今まで黙っていて本当に悪かった」
何度も頭を下げながらそう言った。




