勇太くん誘拐失踪事件②
児子原島で起きた事件から一年が経ち、
唯一の生き残りである霧島は一冊の推理小説を書き上げた。
『夕殺人の這う範囲』というタイトルがつけられた彼の小説は、
一般的な小説とは少し異なる仕様で書かれており、
読者が正解と思う選択肢を選びながら読み進めていくという手法が用いられていた。
彼は自分が執筆したその作品を『選択型小説』と名付け、
小説における新しいジャンルを確立した。
とはいっても、それはいわゆるゲームブックを模したものに過ぎないことは、
彼も十分に理解していた。
だが、彼が確立した新たなジャンルの小説は好評を博し、
加えてその内容も児子原島殺人事件に類似している箇所が多々あったことから、
唯一の生き残りである彼が書いた物語に関心を寄せる者が非常に多かった。
「ここ数年で、あそこまで大きな事件は珍しいからな」
藤堂は小説の裏表紙に書かれているあらすじに目を通しながら言った
「そうですね。でも、あんな事件に巻き込まれて、今度は息子さんが誘拐されるなんて、
あまりにも災難すぎますよね」
「たしかに、こんな俺でもさすがに霧島さんには同情するよ。
勇太君の件は世間には公表しない方向で進める予定だからな。
霧島さんには今まで通り仕事に行ってもらい、
人前では何も無かったように振舞うようお願いはしたが、
心中穏やかってわけには当然いかないだろう」
犯人から何の連絡も無い今、勇太の失踪を世間に公表することは控えようという警察の提案に、
勇太の父である誠も同意した。
「勇太君、無事だと良いんですけど」
「俺たちも今日はもう休もう。
明日は朝から霧島さんの家で今後の対策を相談しなきゃならないからな」