【19-1】孤島での事件を終えて
【孤島での事件を終えて】
共犯者達により、大富豪の死は何事も無く処理された。
大富豪の死因は心臓発作によるものであった。
首筋の出血は、意識を失った際にテーブルの上に置いてあった食用ナイフで
誤って切ってしまったものであり、致命傷になるほどの深い傷では無かった。
そして彼の服に付着していた大量の赤い液体は、
血液ではなくテーブルに置かれていた赤ワインがこぼれたものだという事が分かった。
医者は偽の診断書を作成し、大富豪の死を心臓発作によるものとして処理した。
孤島という密室で起きた殺人事件。
誰もが関心を寄せるその事件の結末は、思わぬ形で解決した。
当時の様子を赤裸々に綴った記者の記事は、
彼の狙い通り多くの人の目に留まることとなった。
記者の記事を読んだ者の中には、大富豪が愛した味を是非食べてみたいという者も多く、
パティシエの店には連日多くの客が押し寄せた。
大富豪の生涯を描いた小説はベストセラーとなり、小説家が書いたその物語は後に映画化もされた。
その映画で、若い頃の大富豪を俳優が演じることになった。
俳優としての地位を確立した彼は、
女優との交際を正式に世間に公表することにした。
メイドは弁護士と共に、大富豪が遺した財産や資産の処理に追われていた。
事件以降、二人は同じ時間を過ごすことが多くなった。
二人は結婚こそしなかったが、大富豪がメイドのために遺した家で、
二人は生涯を共に過ごすことに決めた。
二人は生涯を共に過ごしたが、メイドが弁護士に事件の真相を話すことは無かった。
事件の後、大富豪が何処で何をしているのかは私にも分からない。
孤島の別荘で一人優雅に過ごしているかもしれないし、
密かに国外へ移住している可能性もある。
彼が今どこで何をしているのかを知っているのは、この世でただ一人、医者だけであった。
名探偵の私はというと、相も変わらず探偵業を続けている。
私に気を使ってくれた記者が、
事件当時の私の行動は素晴らしいものだったと記事に綴ってくれたこともあり、
あの事件以降私のもとには今まで以上に多くの依頼が来るようになった。
数多の事件を解決してきた私だが、死者のいない殺人事件というのは、
今回の事件が最初で最後であった。
さて、あなたは最後まで名探偵である私になりきることが出来ただろうか。
一度も誤った選択肢を選ぶことなく、ここまで辿り着けることが出来ただろうか。
何度も誤った選択肢を選んだ末にここに辿り着いたのだとしても、べつに気に病むことはない。
なぜならこれは、ただの推理小説なのだから。
『夕殺人の這う範囲』 完




