【11-1】女優のアリバイ
【女優のアリバイ】
「それでは、パーティーが終わってから大富豪さんの遺体が見つかるまでの約一時間、
何処で何をしていたか教えていただけますか?」
女優のアリバイを確認するため、私と医者は彼女の部屋を訪れた。
「パーティーが終わってからは、ずっと俳優さんの部屋で彼と二人で飲んでいました」
彼女の証言は、先程聞いた俳優の証言と一致していた。
「なるほど、俳優さんも同じことをおっしゃっていましたよ。
ところで、私に話したいことがあるんですよね?」
私がそう尋ねると、彼女は驚いた表情で、「・・・どうしてそれを?」と言った。
「どうしてって、私は名探偵ですよ。
あなたが私に何か伝えようとしている事くらい、あなたの顔を見れば容易にわかりますよ」
得意顔で答える私に、
「名探偵さんには全てお見通しなのですね。あなたと添い遂げる女性はさぞ大変でしょう。
どんな些細な嘘も、すぐに見破られてしまいそうです」
彼女はそう言いながらクスっと笑った。
「ずっと誰かに話したかったんです。
これは私と大富豪さんと、そして俳優さんの三人についての話です」
女優が俳優との交際を噂される少し前、彼女と大富豪は親密な関係にあった。
大富豪は彼女のことを好いており、彼女もまた大富豪のことを愛していた。
大富豪に妻子はなく、女優も当時は大富豪以外に親密な関係の男性はいなかったので、
二人の関係についてやましい点は一つも無かった。
大富豪は女優のことをとても好いていたが、
それでも心から彼女のことを愛することが出来ないでいた。
大富豪と女優は、三十歳近く年が離れていた。
いくら彼女のことを好いていても、その度にどうしても年齢のことを考えてしまい、
心から彼女のことを愛することが出来ないでいた。
だが、そのことを正直に伝えたところで、彼女は自分とは別れてはくれないだろうと大富豪は思った。
そこで大富豪は、以前から親交のあった俳優に全てを話したうえで、彼に女優を紹介した。
自分よりも素敵な男性が現れれば、彼女もきっと自分のことを諦めてくれるだろうと思ったからだ。
大富豪の思惑通り、二人は徐々に距離を縮めていった。
それから数ヶ月が経ったある日、
「二人きりで話がしたい」
という俳優からの連絡を受けた大富豪は、俳優が待ち合わせ場所に指定したホテルの一室へと向かった。
ホテルの一室に入ると、そこには俳優だけでなく女優の姿もあった。
彼女も大富豪がこの部屋に来ることを知らなかったようで、
部屋に入ってきた大富豪を見てとても驚いていた。
大富豪と女優の顔を交互に見た俳優は、何かを決心した表情で重い口を開いた。
「実は僕があなたに近づいたのは、大富豪さんからお願いされたからなんだ」
俳優はそう言うと、大富豪が抱えていた悩みや想いの全てを女優に伝えた。
そして俳優は女優の目を真っ直ぐ見つめながら、
「あなたに近づいたのは、初めは大富豪さんからお願いされたのがきっかけでした。
でも、今はあなたの事を本当に愛している。
あなたのことを本当に大切だと思っているからこそ、こうして三人で会う機会が必要だと思ったんだ。
だから、僕と正式にお付き合いしてください」
自分の本心を彼女に伝えた。
その時、やはり俳優に相談して正解だったと大富豪は思った。
胸の中にずっとしまい込んでいた彼女への想いを伝えてくれた俳優に、心から感謝した。
と同時に、彼女と会えるのもこれで最後だと思った。
こんな私を女優は許してくれるはずがないと、大富豪はそう思ったのだ。
俳優から突然プロポーズをされた女優は、
その場では彼の告白に対して〝はい〟とも〝いいえ〟とも答えることはしなかった。
だが、それからほどなくして二人は交際が噂される仲になった。
俳優は無事に女優と付き合う事が出来たが、彼は大富豪のことも忘れてはいなかった。
『僕らが出会えたのは、大富豪さんのおかげだ』
俳優が何度も女優を説得したことで、当然以前のような親密な関係に戻ることは無かったが、
それでも大富豪と女優の二人は良き友人という関係にまで戻ることが出来た。
「そんな事があったとは。俳優さんはとても素敵な方なんですね」
三人の関係を知った私はそう言った。
「ええ、彼は本当に素敵な人です」
「でも、どうしてそのことを私に話したかったのですか?」
「当然、今の話は大富豪さんが殺されたのとは全く関係のない話です。
私も彼も、大富豪さんを殺してなんかいないですから。
この件が後々知れ渡るようなことになり、
私と彼がそのせいで疑われるようなことになるのが嫌だったんです。
だから、どうしても今のうちに話しておきたかったんです」
「なるほど、そういう理由なら納得です。
そういう事なら心配しなくても大丈夫ですよ。
その件のせいで私があなたや俳優さんを疑うようなことはしません。
なぜなら、そんな大切な話をあなたは自分から私に話してくれたのですから」
それを聞いた女優は、とても安心した様子だった。
「それでは、私達は次の方の聴取へ向かう事にします。
私達が部屋を出たら、必ず部屋の鍵を閉めてください。
一人は怖いと思いますが、それでも俳優さんの部屋に行くようなことは決してしないでください。
この部屋にいれば、あなたは安全ですから。
鍵をかけたら、私が良いと言うまでは絶対に部屋から出ないように」
「小説などでは、お金や恋愛が原因で事件が起こるという事が多いじゃないですか。
やはり現実もそうなんですか?」
女優の部屋を出ると、医者が私にそう尋ねてきた。
「さすが医者さん、鋭いですね。
おっしゃる通り、金か愛のどちらかが原因で事件が起きることは非常に多いです。
ですが、彼女が話してくれたように、彼女と俳優さんと大富豪さんの三人の間には、
今はやましい点は一つも無いはずです。
三人の愛は今回の事件とは関係が無いと、私はそう思います」
【12-1:記者のアリバイ】へと進んでください!




