【10-1】俳優のアリバイ
【俳優のアリバイ】
「それでは、パーティーが終わってから大富豪さんの遺体が見つかるまでの約一時間、
何処で何をしていたか教えていただけますか?」
俳優のアリバイを確認するため、私と医者は彼の部屋を訪れた。
「パーティーが終わってからは、ずっとこの部屋で女優さんと飲んでいました」
「それでそこにワインボトルがあるわけですね」
私は部屋の机の上に置かれている空になったワインボトルを指さしながら言った。
「ええ、そうです」
「その間、お二人はずっとこの部屋にいたのですね?部屋から出たりはしていませんか?」
「僕と女優さんは、ずっとこの部屋にいました」
俳優が嘘をついているようには見えなかった。
「パーティーが終わってからずっとというのは、具体的にはいつからいつまでになりますか?」
「パーティーが終わると、彼女は自分の部屋へ行かずにそのまま僕の部屋に来ました。
それから二人で一時間近く飲んでいたのですが、ワインが無くなったので一階まで二人で取りに行こうとしていたんです。
そうしたら、階段を降りている最中に突然悲鳴が聞こえて。
慌てて一階まで降りると、大富豪さんが椅子に座った状態のまま首から血を流していました。
その時、大富豪さんのそばには医者さんとメイドさんもいました」
「なるほど。今おっしゃったことを証明できる人はいますか?」
「女優さんは何と言っていましたか?きっと彼女も僕と同じことを言ったはずです」
女優への聴取はこの後だったが、たしかに彼女も同じことを言えば、
俳優の証言は嘘ではないという事になる。
もしくは、俳優と女優の二人が大富豪を殺害した犯人で、
彼らが口裏を合わせているという事も十分にあり得るが。
「ひとまず私達はこれにて失礼します。私達が部屋を出たら、必ず鍵を閉めてください。
そして私が良いと言うまで、決して部屋から出ないようにしてください」
私と医者が俳優の部屋を出ようとしたその時、
「待ってください!」
そう言って彼は私達を引き留めた。
「この部屋にいて本当に大丈夫なんでしょうか?
もし犯人が強引に部屋の中に押し入ってきたらと思うと怖くて。
やっぱり、皆で一緒にいたほうが安全なんじゃないですか?」
「安心してください。犯人の目的は既に達成されているはずですから。
犯人もこれ以上、余計なことをしようとは思わないはずです。
それに、いざとなればあなたにはそれがあるじゃないですか」
私はそう言いながら、俳優のズボンを指さした。
「・・・どうしてそれを。いつから気付いていたんですか?」
「パーティーの時からです。
あなたは椅子に座るたび、毎回バックポケットに手を入れて何かを触るような仕草をしていましたから」
べつにそれを持っていたからと言って、今回の事件とは関係が無いだろうと私は考えていた。
「黙っていてすいません。でも、わざと黙っていたわけじゃないんです。
これは、あくまで護身用と思って持っていただけで」
俳優は私に怒られるとでも思ったのか、ひどく怯えていた。
「大丈夫ですよ。そんなことであなたを疑ったりしませんから。
それに、この国ではそれを所有していること自体は何の罪にもなりません。
それでは、私達はこれで失礼します」
「さすが名探偵さんですね。全然気が付かなかったですよ」
俳優の部屋を出ると、医者が私にそう言った。
「何のことですか?」
「銃ですよ。彼が銃を隠し持っていたなんて、全く気が付きませんでした。
でも、いいのですか?私達の安全のためにも、銃は預かっておいた方が良かったのでは?」
「それについては五分五分と言ったところですかね。
私やあなたが彼のことを犯人かもしれないと疑っているように、
彼もまた私やあなたのことを犯人かもしれないと疑っているはずです。
こんな所にまで護身用に拳銃を持ってくる用心深い人ですから、
当然そう簡単には拳銃を私達に預けてはくれないでしょう。
それでも無理矢理彼から拳銃を奪うような真似をすれば、
下手をすれば最悪のケースになることもあり得るでしょう。
なので、五分五分と言ったところですね」
「たしかに名探偵さんが仰る事も一理あります。
それでも、私は彼から銃を預かっておいた方が良かったと思うのですが」
医者がこれほどまでにしつこく言ってくる気持ちもわかる。
銃というものは、いとも容易く人を殺めることが出来る道具だからだ。
「彼にも言いましたが、犯人は既に『大富豪さんを殺害する』という目的を達成しています。
ですから、犯人もこれ以上は余計な事はしてこないはずです。
それに、彼が持っていた小型拳銃には弾を八発込めることが出来ますが、
確認したところ八発全ての弾が残っていました。
つまり、彼が持っていた拳銃は大富豪さんを殺害した凶器ではない。
彼の言う通り、あくまで護身用ですよ」
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