【7-1】小説家のアリバイ
【小説家のアリバイ】
「それでは、パーティーが終わってから大富豪さんの遺体が見つかるまでの約一時間、
何処で何をしていたか教えていただけますか?」
小説家のアリバイを確認するため、私と医者は彼の部屋を訪れた。
「この部屋で、ずっと原稿の執筆をしていました。
来月までに書き上げなければならない原稿がありまして」
そう言うと、小説家は私に原稿の束を手渡した。
「これが先程まで執筆されていた原稿ですね。少しだけ拝読してもよろしいですか?」
私は小説家から受け取った原稿に目を落とした。
一枚、二枚と黙って原稿を読み進めている私に、医者が小声で「何か気になる点でも?」と声を掛けた。
「申し訳ない。つい読み入ってしまっただけです。実は私も小説家さんのファンなんですよ」
私にそう言われた小説家は、少しだけ照れた表情をしながら、
「そうだったんですね。ありがとうございます」
と私に軽く頭を下げた。
「あなたの描く推理小説は、なぜかどれも親近感を覚えるんですよ。
それに加えて、どの作品も細かいところまで非常にリアルに作りこまれている。
まるで実際の事件現場にいるような感覚に陥ることが出来るんです」
「ありがとうございます。
まさか名探偵さんにそんなに褒めてもらえるとは思ってもいなかったので、とても嬉しいです。
実を言うと、実際に起きた事件からヒントを得て書いている作品も多いんです。
もちろん、名探偵さんが関わった事件を参考にした作品もあります。
だから、親近感を抱いていただいているのかもしれません」
私に作品を絶賛された小説家は、嬉しそうに言った。
「そういう事でしたか。それなら納得です。ところで話が逸れてしまいましたが、
あなたがずっとこの部屋にいたことを証明できる人はいますか?」
私がそう尋ねると、少しだけ緩んでいた空気がまたしてもピンと張りつめた。
「・・・この部屋には僕一人だけだったので」
「では逆に、小説家さんが何か気になった点はありますか?どんな細かな事でも構いません」
「・・・すいませんが、特に気になった点は何もありません」
小説家は俯きながら言った。
これ以上の有益な情報を得ることが出来ないと判断した私は、
「それでは、私達はひとまずこれで失礼することにします」
と言い椅子から立ち上がった。
するとその時、
「あの!気になった点ではないのですが、ご相談したいことがあるんです。
僕は大富豪さんからずっと、
『もし私が死んだら、私の小説を書いてくれないか?私の生涯を、私の物語を君に書いて欲しいんだ』
と言われていたんです。
でも、まさかこんなことになるなんて。それでも、僕は彼のことを書くべきでしょうか?」
小説家は恐る恐る私にそう尋ねた。
「これは私個人としての意見ですが、大富豪さんがそう望んでいたのなら、
彼のためにも書いてあげるべきではないでしょうか。
実際に殺された人間を描くという事は、とても恐ろしいことだと思います。
それでも、きっとその小説は大富豪さんのため、そしてあなたのためにもなるはずです」
私は笑顔でそう言いながら、ドアノブに手をかけた。
そして思い出したかのように、
「大事なことを言い忘れるところでした。
私たちが部屋を出たら、必ず鍵を閉めてください。
そして私が良いと言うまで、決して部屋から出ないように。いいですね?」
と言うと、医者と共に小説家の部屋を出た。
「彼が犯人だと思いますか?」
私と共に小説家のアリバイを聞いていた医者は、部屋を出るなりそう尋ねてきた。
「彼を犯人と呼ぶには、証拠が何一つありませんからね。今はまだなんとも」
「たしかにそうですね。ところで、ずっと気になっていたのですが、どうして私も聴取の場に?」
「先程も言ったじゃないですか。あなたが一番冷静に見えるからですよ」
「そうではなくて、聴取なら名探偵さん一人でもできるじゃないですか」
「ああ、その事ですか。
それは、もし私が無意識のうちに相手の不利になるような証言を強要してしまった時に、
私を止める人が必要だからです」
私自身が意識していなくとも、捉え方によっては相手に不利な証言を強要してしまう場合がある。
そういった事態を引き起こさないためにも、
そして聴取をする側とされる側の会話を冷静に聞くためにも、
第三者の存在は必要だった。
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