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3 ホテルで

 久しぶりに不思議体験したわ~

 ということで、この話を書こうと思ったきっかけになった体験です。

 皆さまはどう感じられますか?

 葵は自分のことを至って普通の人間だと思っている。

 子供の時に不思議な言動をしたという話は聞いたことがないし、オバケや幽霊と言われる存在とも無縁だ。小さな頃から近視が強いため、大抵のモノは見間違いだろうし、今までの人生で2回ほどあった金縛りも、単なる脳の誤作動で、単に寝惚けていただけだと思っている。

 大人になってから妙に不思議な体験をしたことがあるが、たぶん全部気のせい、偶然の産物だろう。

 そう考えている、ごく普通の人間だ。


 この4月に久しぶりの出張が入った。たかだか隣の県までの、ちょっと頑張れば日帰りできそうなスケジュールだったが、このコロナ禍でどこにも行けてなかった葵は、大手を振って出かけられることが嬉しかった。


「そういえば桃百(もも)はどうしてるかな」


 出張先の街に引っ越していった女の子のことを思った。彼女とは生まれた時からの付き合いで、どんぐりのような黒目がちの瞳をした可愛い赤ちゃんだったのを覚えている。年は離れているが、自分のことをよく理解してくれている大切な存在である。

 まさか引っ越すことになると思ってなかったので、彼女と気軽に会えなくなることに、当初は寂しさを覚えたものだ。


 早朝に出て日帰りしようと思っていたが、彼女の都合が良ければ前日から行って宿で泊まっても良いと思い、急きょ連絡をとることにした。


 彼女からは快く返事を貰えた。となるとホテルも押さえなくてはならない。研修のあるホテルは一杯だったと他部署の先輩が言っていたが、キャンセルが入っているかもと、一応かけてみることにした。


 今日の宿泊でとホテルに電話をしたところ、立て込んでいたのか折り返し連絡すると言われてしばし待つ。先ほど話した人とは別の女性から携帯に着信が入った。


 シングルルームは喫煙の部屋が空いてると言われて悩む。やはり匂いが気になって途中で部屋のチェンジを言われることがあるそうだ。

「ちょっと別にもかけてみて、ダメだったらまた電話して良いですか」

「もちろん大丈夫ですよ」

と、快く言ってくれたが、それもまた面倒だ。うーんと悩んでいると、「あ、」と女性が思いついたように声を上げた。

「ツインルームなら、禁煙のお部屋がございます」

 一人での利用として宿泊費が1万5千円足らず。朝食もついている。

「禁煙のお部屋で空いているのは、あとこの一室のみですがいかがでございますか」と念の入れようだ。

 今から他の客が入ることはまず無いだろうから、空いたままにするよりは一人ででも入れたいのだろう。

 3つ星ホテルに泊まることは滅多に無いのでたまには良いかと思い、それでお願いした。


 雨が降るなか高速道路を2時間走った。トンネルばかりのこちらと違って、隣県に入った途端道が開けて走りやすくなる。これで晴れてたら良かったのにと思いながらも、久しぶりのドライブに浮き立つ。

 仕事の為の遠出の筈だが、葵にとっては既に仕事の方がおまけになっていたのは内緒の話だ。


 街に入る頃には雨が激しくなっていた。桃百を拾ってホテルに向かう。先にチェックインを済ませてから繁華街へ出るつもりだった。


 桃百は相変わらずのマイペース具合で車に乗り込んできた。

 若くて十分可愛いのにはしゃいだ感じが全くない。漫画でよくある、眼鏡を外すと実は、といった優等生タイプだ。多分舞台で踊る彼女の姿を見たら同級生達は驚くことだろう。

 普段からもっとキラキラオーラを出していれば良いのにと、葵は不満に思っていた。


「お二人様でご利用ですか」

「いえ、一人でお願いしています。彼女には待ってもらってるだけで」

 ホテルのフロントで訊かれて、ロビーの壁際で立っている桃百を振り返り、もごもごと説明をする。後は特に訊かれることもなく、ルームカードを貰って部屋へ荷物を置きに向かった。


 ツインルームを一人で使うことがあまり無いのか、急だったためか、上手く話が通って無かったらしく、アメニティも全部二人分ずつ置いてくれていて葵は恐縮した。

 テンションが上がったのが、「当ホテルは安眠のお手伝いに力を尽くします」と書かれて枕元のサイドテーブルに置かれたグッズだ。ティーセットとは別に、入浴剤とホットアイマスク、ほうじ茶のティーバッグのセットがこれまた二人分置かれていた。

 大したものでは無いが他ではあまり見られない心配りが嬉しい。帰ったら使ってみようと思いつつ、夕食のため部屋を後にした。


 その夜は久しぶりの会食を楽しみ、コンビニで少し買い物をした後、桃百はタクシーに乗って帰っていった。


 葵は所謂いける口だ。

 食事中も飲んでいたのだが、コンビニであと一本、と、ビールを買っている所を桃百に見られて「相変わらずだね」と笑われた。外見は美人だけど中身はおじさんだ、とはよく言われる。

 でもお風呂上がりに飲みたいでしょ、と、部屋の冷蔵庫に大事な一本を入れてから、お湯を張り入浴剤を使ってみた。


 お風呂にビール、ほうじ茶、ときてホットアイマスクまで一通り楽しんでから寝ることにした。

 一人で泊まることに抵抗は無いのだが、勝手が違うと寝惚けて方向が分からなくなる。だから葵は、泊まる時はいつも少しだけ灯りをつけたままにしていた。


 その夜は妙に暑くて寝苦しく、葵は掛布団を蹴りながらごろごろしていた。普段入浴剤は使わないし、何ならお湯に浸かることもあまり無い。温もり過ぎたかなと思ったが、そんなに長風呂はしてないし、出てから冷めるまで十分な時間は経っていた。


 葵は耐えきれなくなり、温度を高めに設定して冷房をつけた。この部屋はツインルームなのでベッドは二つある。葵は右手が壁際のベッドを使うことにしたのだが、今度は冷房の風が壁を伝って下りてくる。失敗だったかと若干後悔しながら布団を被って丸まった。


 やっと寝入ってどれ位か、突然ガタガタと身体が揺れるのに驚いて目を覚ました。覚ましたつもりだった。

 てっきり地震かと思って携帯を取ろうとするが、今度は身体が動かない。


 あ、いま私は寝惚けてる?


 声を出してみようとしても足を動かそうとしても、思うようにならなかった。

 そのうちに背中右側から脇を通り胸元までぞわぁっと何かに這われているような感触があった。


 葵は何だか無性に腹が立ち、全力で怒鳴ってみた。


 うるさいっあっちへ行けっ!


 声に出せたのかどうかは分からない。だが何となく身体が軽くなっていたと思う。


 しばらくぼおっとしていたが、段々と目が覚めてきたので起き上がってみた。


 身体が冷えていたのでまずは冷房を消し、今度こそ携帯を取って地震関連の情報が入ってないか調べてみることにした。


 一寸の間だけれど凄く揺れたので、てっきり地震だと思ったのだか、特に何も情報は無かった。どこか遠い所で震度1の揺れ、位のものだ。それであれほどは揺れないだろう。


 では原因は?

 冷房で身体が冷えて、ガタガタ震えていたのたろうか。


 うーんと唸りつつ、ついでに金縛りで検索をかけてみた。


 状態

 からだが動かない ・声が出ない ・触られるような感覚


 原因

 睡眠不足 ・睡眠分断 ・睡眠の質の低下 ・疲労の蓄積 ・ストレス


 葵はうんうんと納得をしつつ、幾つかある中からあてはまる項目を拾い上げた。レム睡眠がなんたらということで、やっぱり脳の誤作動だよねと呟く。


 ひと騒動したお陰で、そこからは目が冴えてなかなか寝られず、ようやっとで朝を迎えた葵は、シャワーを浴びて朝食を美味しくいただき、部屋に届けられていた新聞をゆったりと読んで、十分にホテルを満喫してから研修会場に向かった。


 ただ、その日の研修で睡魔と盛大な戦いを繰り広げたのは言うまでもないだろう。

 読んでくださってありがとうございます。


 後日談ですが…

 いろんな方にこの話を聞いてもらいました。

 反応は様々。

 桃百は「見事にからかわれたねー」と、けらけら笑っていました。


「寝惚けただけだろ」と切り捨てる人、

「怖いから言うな」と逃げる人、

「深掘りしないでそっとして」と濁す人、

「その安眠グッズ、その部屋にしか置いてないんじゃない?」という人も居ましたが、真偽のほどは不明です。

 誰かに確認してきて欲しいと思い、今度泊まってみてと勧めているのですが、今のところ誰も頷いてくれません。


 でもホテル自体はフロントもレストランもサービスが行き届いていてとても良かったですよ。

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