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画面の中の美少女へ  作者: 紅井さかな
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36 変わる日常

閲覧ありがとうございます。



事件解決から半年が経ち、俺は高校三年生になった。マリアとアヤカは無事に卒業していった。今はマリアともアヤカとも連絡をとっていない。


俺はショウと同じクラスになり、前より少しだけ学校に行くのが好きになった。それなりに楽しい日常生活を送っている。


いつもと変わらない通学路をいつもと変わらない景色を見ながらとぼとぼと歩いている。太陽の光が眩しい。


事件の事は今でも鮮明に昨日の事のように覚えているーー。






あの事件の後、俺は軽い打撲など自分としては思ったよりも軽症と言える怪我をおっていた。動くたびに鈍い痛みが走り、痛みの一つ一つが事件のこれまでの出来事を思い出させてくる。マリアは骨折もしており重症で、しばらくの間入院する事となった。命に別状はなく、後遺症が残る事もないと人伝いで聞いたので安心はした。


テレビのニュースやSNSではマリアが監禁されていた事が瞬く間に広まっていた。俺のSNSのアカウントにも何も知らないマリアのファン仲間から沢山メッセージが来ていた。「これからもマリアを私達ファンが守って行こう」「マリアが無事で良かった」「マリアに勇気をもらった」などと。マリアが捕まっていた事を信じていなかった人達も開き直ったように口々にそのような事を言っていた。



ヤマダ先生はあの後、すぐに警察に捕まったそうだ。これでもう危険に晒される事はないと安心した。ヤマダ先生のような教師の皮を被ったとんでもない人もいるものだ。ただ恐ろしいだけではすまない。元々人の心の形と言うものは、不思議で歪で皆同じではない事はわかっている。でもヤマダ先生のような心の在り方を初めてみた。母さんからすれば子どもの俺が大切だったように、自分の一番大切なものは簡単に人の目に触れさせてはいけないのだと思う。


どこで誰が見ているかわからないのだから。




誰も俺達がマリアを助けに行った事を知らない。ショウがフライだと言う事を知らない。アヤカが裏垢女子だと言う事を知らない。


でもそれでいいんだ。それで充分だ。マリアだけが知っていてくれればそれでよかった。



真実を語る事はない。知らない方が良い事だってあるのだから。





俺の母さんは警察の人達に取り調べをされ注意されていた。事件時の写真もSNSにのせ、母さんのアカウントは何万もの「いいね」がつき、バズっていたのだ。勝手に事件の写真を載せた事、これまでのSNSの使い方について厳重に注意されていた。その事があり、母さんはSNSのアカウントを削除した。何度も俺に「ごめんね」と喉の奥から搾り出すような細い声で謝っていた。元気だった母さんの姿はもうどこにもなかった。





マスコミの目に触れないようにとマリアのお見舞いに行く事はなかった。マリアが退院したら皆で集まろうとショウとアヤカと話していた。




事件の後、俺は勇気をだして、学校にまた通う事を決意した。前に進まなければならないと思ったからだ。教室に入るとやはり皆の視線は冷たかった。犯人が逮捕された事により、俺の無実は証明されだがどこか気まずい空気があった。俺より後に登校してきたサトウに「おはよう」と挨拶をした。サトウは一瞬驚いた顔をしたが、やはり気まずいのが軽く頷くと目も合わせずに自分の席へ向かっていった。進級までこの状態でが続くのかと思うとしんどくて、体調にまで影響が出てきそうだと思った。


無理のないように少しずつ頑張ろう。学校に行けただけで偉い。生きているだけで偉い。当たり前の日常を当たり前に送れるだけで偉い。事件を経てそう考えられるようになった。









マリアが退院し、落ち着いた頃にやっと皆で集まる事ができた。マリアが元気になってよかった。精神状態も以前より良くなっているようで、表情も明るくなっている気がする。


しかし、これから何か恐ろしい事が始まるのかと言うくらい、俺とアヤカとショウは顔が強張っていた。重たい空気の中、最初に口を開いたのはアヤカだった。



「マリアに謝らないとってずっと思ってた。ごめんなさい。許してもらえないのはわかってる、私いっぱい酷い事した……アツシくんとショウくんもごめんなさい」


「頭、あげてよ」


マリアはアヤカの謝罪にとても驚いていた。頭を下げるアヤカの肩に軽く手を当てて焦った様子で言葉をかけている。



「あげられない。虐めだけじゃないの。警察の人に聞いたかもしれないけど、私、先生に協力もしてた。全部私のせいなの……ごめん……なさい……」


「僕もマリアの力になれなかった。ごめんなさい。僕は本当はフライなのです。マリアの事全部知っていたはずなのに、何も出来なかった」


「皆は悪くないよ。俺が事の発端だった訳だし。俺のせいで皆を巻き込んで本当にごめんなさい」



そうだよ。俺が原因だった。アヤカもショウもマリアを巻き込んでこんな大事件になってしまった。謝っても謝りきれない。



「いいよ。もう、大丈夫だから。皆ありがとう。皆のおかげで私は今ここにいられるんだよ」



マリアの優しい声に皆が顔をあげる。優しさに甘えてはいけないとわかっているけど、元気になったその優しい声に、近くにいると感じられるその声に、喉が詰まって言葉が出てこない。目頭が熱くなっていく。




「生きててよかった……本当に、よかった」



俺はらしくないとわかっていたけどこの時はやっと全てが解決したのだと思えた事と、皆の元気な姿を改めて目にした事で安心して涙を抑えきれなかった。


「アッくん大丈夫?」


「アツシくん、泣かないでくださいよー」


「もう、格好がつかないじゃない!」


そう言いながらショウも泣いている。アヤカもつられて微笑みながら泣いていた。





「ありがとう。皆、私をずっと探してくれたんでしょう?皆に忘れられるんじゃないかって私ずっと怖かった。ずっと暗闇にいたの。本当に、いなかった事になって消えてなくなってしまうんじゃないかって……。アッくんありがとう。私の方こそ酷い事言ってごめんね。私はこんなに想われて幸せだったよ」


マリアは一呼吸置いてまた話始めた。


「アッくん、生きていてくれてありがとう」


その一言で全てが救われた気がした。俺が頑張った事は独りよがりだったかもしれない。それでもそう言われて嬉しかった。マリアにそう言われた事で俺の心が温かくなった。少し前、消えてしまいたいだとか思っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じてしまうくらいに。やっぱりマリアは俺にとって特別な存在だ。



「私、SNSのインフルエンサーをやめる事にしたの」


「「「え?」」」


皆が一斉に驚きの声をあげる。


「タナベさんが新しい事務所を立ち上げるって言っててね。そこで女優として、頑張ってみようかなって。そりゃお芝居は未経験だし、勉強しなきゃいけない事沢山あるけど。自分が本当は何がしたいのか、このままインフルエンサーとして生きていくのかなって考えた時、小さい頃になりたかった女優の夢を思い出したんだ」



マリアはもう前に進んでいた。前しか見ていなかった。


「素敵ですね。……実は僕も今後について話があります。僕はこのままフライを続けます。でも性別を男だって公開しようかなって思っています。自分のように男でもメイクが好きだって人と仲良くなりたいですし。リアルでは言えなくても、ネットだから思い切ってやれる、言えるって事もあると思うんですよね!!より良い方にSNSを活用出来たらなって。将来、僕はやっぱりメイクに関わる仕事がしたいですから」




ショウも前を向いていた。



「私は……モデルになりたい!!身長低いけど、私、可愛いもん!!マリアには絶対負けない!……そしていつかショウくんにメイクしてもらいたいの……」



「あら……アヤカとショウくんって……」


「アヤカがモデルとして活躍する日を楽しみにしていますね」


「当たり前じゃない!絶対に有名雑誌の表紙を飾るし、ショウくんに私の事を好きにさせて見せるんだから」



アヤカも前に進もうとしている。



「アツシくんは?」


「俺もSNSをやめようと思ってる」


「私のせい?」



心配している表情でマリアはこちらを見てくる。



「違うよ。誰のせいでもない。俺が自分で決めた事だよ。前に進む為の一歩として、アカウントを削除するだけ。皆の話を聞いていたら俺も頑張らなくちゃって思ったんだ。まだ皆みたいに、夢ややりたい事がある訳じゃないけど、視野を広げていろんな事に挑戦してみたいって思えるようになった。俺も前に進みたい。いつまでも下を見てはいられない。恥ずかしくない自分になりたいんだ。マリアの事はこれからも応援する。マリアがあの日俺にくれた言葉が間違いだったと誰かが言ったとしても、俺の中で大切だと言う想いは誰が何と言おうと変わらない。今日くれた言葉もずっと宝物だよ。ずっとマリアを推し続けるし、大好きだ」


「アツシくん、大胆な告白ですね」


「あ、いや、そう言うのじゃなくて……」


「ふふっ。ありがとう。私もアッくんと出会えてよかった」



「俺も、マリアに、ショウにアヤカに出会えてよかった」



それから四人で集まる事はなかった。


最初で最後だった。アヤカもマリアも学校ですれ違うと手を振ってくれた。しかしマリアの周りは、綺麗なレースの布で包まれているようなオーラがあり、俺は近づく事を躊躇ってしまった。俺にはそのレースの布を破ってまでマリアに近づこうという気持ちはもうなかった。


キラキラした皆の憧れる画面の中の美少女ではなく、夢を見つけ、強い意志を持って前に進もうとするマリアの姿が俺の目にはうつっていた。






読んでいただきありがとうございました。

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