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画面の中の美少女へ  作者: 紅井さかな
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33 マリアの後悔




「うっ……」


身体が痛い。俺はうつ伏せで倒れていた。頬がタイルの床に当たって冷たい。筋肉痛のような身体の痛みと、かき氷を頬張った直後のようなキーンとした痛みが頭を走る。何かの香りが鼻にツーンと来た。



何が起こったのか、状況が読み込めない。公園でショウとアヤカと話をしていた。そこまでははっきりと覚えている。……その後は。黒服の男に、多分スタンガンでやられたんだ。ショウとアヤカは無事だろうか?



電気がついているようで部屋の中は明るかった。



起き上がろうと試みたが身体が思うように動かない。どうやら手は背中の方にロープのような物で縛られているらしい。足もきつくロープで縛られ、思うように動かせない。口もガムテープでふさがれている。上手く上半身を使って前後左右にもがきながら、どうにか起き上がることが出来た。手は後ろに縛られたままだが体育座りのような態勢だ。




ここはどこだろう。家のような、倉庫のような部屋だ。床はやはり灰色のくすんだタイルが張られていた。部屋の広さは十畳程だろうか。



俺は部屋の中央にいるようだ。


部屋の中を見渡すと壁際全体に沢山の花が飾られていた。白いスミレ、スカビオサ、バラ……。花瓶に生けられていたり、鉢植えだったり、花束だったり、飾り方は様々だ。マリアのSNSに投稿された花達はきっとこれらを使ったのだろう。見た事のない花も沢山ある。香りの正体はこの花達のようだ。一つ一つならきっと良い香りなのに、様々な香りが入り混ざって俺には息苦しかった。


部屋の中に窓はあるがカーテンがきっちりと閉められ、光は入ってこない。そして壁にはいくつか蝶の標本が飾られていた。




蝶と言えば……やはり、ここはヤマダ先生の家なのか……?


ショウとアヤカの姿も見えない。二人は違う場所に捉えられているのだろうか?




「……こんにちは」

「っ……」


いきなり声を掛けられ背筋が凍る。後ろの方から声がした。目覚めてから背後の様子は確認していなかった。人の気配を全く感じなかったから。最悪だ。見落としていた。今度こそ殺される。ガムテープで口をふさがれているせいで声が出せない。俺は恐る恐る振り返る。



「……驚かせてごめんなさい。面と向かって会うのは、はじめましてよね?私はマリア」


目を疑った。そこにはずっと会いたかった、ずっと探していた、天使のような少女が居た。





マリアは生きていたのだ。



生きていてよかった。信じてよかった。ずっと頑張ってきてよかった。無事でよかった。


マリアは口はふさがれていないものの、手と足は俺と同じように縛られている。ボロボロになった制服を着ていた。サラサラだったロングヘアーは絡まり、パサパサになっていた。



「本当に本物のマリア?」そう聞きたかったけど声を出せない。


俺は身体をアザラシのように動かしてマリアの隣まで移動した。顔色が悪く、スカートから延びるスラっとした長い脚にはいくつかのアザがある。こんな状況の中でさえも儚さが増して美しいと思ってしまった。



感動のあまり、じわっと涙が出てくる。



沢山の人の話を聞いてマリアのイメージが思っていた感じと違って、会うのが少しだけ怖かったけど、そんなものを吹き飛ばすくらい嬉しかった。


誰が何と言おうとマリアはマリアで、俺の中で特別だった。



しかし感動している暇もない。喜ぶのはまだ早い。早くここを脱出しなければ。



「あなたがアッくんだよね?……先生が良く話しているの。ファンアカウントのアッくんの事。アヤカから聞いたのよね?ヤマダ先生が犯人だって。先生、アヤカが裏切ったってすごく怒りながらアッくんをここに連れてきたのよ」



マリアが優しく、穏やかな口調で話しかけてくる。マリアはもう脱出しようと言う希望さえ失ってしまったのか怖い程に冷静だった。



「ねぇ、アッくん。蝶は好き?私は苦手なの。だって私たちみたいじゃない?遠くから見れば、キラキラして羽ばたいて美しい。でも近くで見れば見えたくないものさえも見えてしまう。そこが好きだって人もいるかもしれないけどね。……私は嫌い。大嫌い」



声を出せない俺はマリアを見つめる事しかできない。



「アッくん、いつも私の事を応援してくれていたんだよね?ありがとう。私の事を好きになってくれてありがとう。ここに来てくれてありがとう。きっと私を探してくれていたんだよね?私もう、皆に忘れられたと思ってた。嬉しい。嬉しいけど、でも私、後悔しているの。あの時アッくんに生きて欲しいなんて言わなければよかったって。あの時の子がアッくんなんでしょ?先生が言ってた……違う。ここに来たのだって本当は私がっ……違う、違うっ!こんなの私じゃない。意地悪な事を言いたい訳じゃない。違うの。アッくんは悪くない。教えて欲しい。どうすればよかった?!何が正しかった?!」


頭を左右に振りながら話している。マリアはひどく混乱しているようだった。話している間に感情が高ぶってしまったのか、さっきまでの冷静さを失っていた。情緒が不安定だ。


今までマリアの言葉に助けられて俺は生きてきたのに、マリアにとっては後悔している出来事だったと言うならば、俺は何を想って生きていけば良いのだろう。蝶の話のように近づき過ぎたのが間違いだったのかもしれない。マリアを助けたいと言う気持ちさえも迷惑だと考えるべきか。



マリアはいきなり、俺の顔を見つめてきた。そして身体も寄せてくる。マリアに何を言われても、マリアが近くにいて生きていると言う事実に安心してしまう。


マリアの顔が近い気がする。


これが吊り橋効果と言うものか。俺はマリアに言われた言葉のショックと、早く脱出しなければと言う焦りと、マリアが身体を寄せて来たと言う事に最高潮にドキドキしていた。それはもう、口から心臓が飛び出そうと言う表現がぴったりだ。


こんな美少女に近づかれたらどんな酷い事を言われてもさらに好きになってしまう。


アヤカが言っていたように俺は案外女性をすぐ好きになってしまう性格なのかもしれない。



気のせいではなかった。マリアの顔がゆっくりと近づいてくる。長いまつげ、白い肌、透き通るような瞳。その瞳に中に慌てる俺が映っていた。顔が近すぎて身動きも出来ず、俺はギュッと目をつむる。


マリアの柔らかい唇が俺の頬に優しく触れた。そして歯が当たる。ドキドキが止まらなかった。心臓が壊れそうだ。そしてまたゆっくりと離れていく。


そっと目を開くとマリアはガムテープをくわえていた。……俺の口のガムテープをはがしてくれただけだった。それもそうか。マリアも手足を縛られているからこのやり方しかなかったのだ。少しだけ残念な気持ちになる。


それでも頬に少しだけ触れた唇の柔らかな感触が残っている。顔が熱い。


「教えて?」

マリアはガムテープを吐き捨て、首を傾げながら俺はを見つめるとそう言った。


「え?何を?」

俺は今の出来事で頭の中がいっぱいになり前の会話が飛んでしまった。



「私の話聞いてた?」

「えーっと、マリアが生きていてくれてよかった。本当にそれだけでもう充分。何もいらない。本当に良かった……早く脱出しよう。ここから」



「だからそうじゃない。嬉しいけど違う。脱出しようとしてもきっと無理よ。私は何度もやった。……私はただの道具なの。先生に利用された道具なの。……アッくんがきっと殺されるの。私があの時、アッくんのお悩みを読まなければこうはならなかったかもしれない。……先生の本当の狙いはアッくんなんだよ」


「え?それって、どういう……」



マリアの言っている意味がわからなかった。

どうして俺を狙う必要がある?俺とマリアの仲が良いと先生が勘違いして、嫉妬したとか?それで俺がいなくなれば良いと考えたのだろうか。


詳しく話を聞こうとした。




その時、キーっと錆びたような重そうな音を響かせて部屋のドアが開いた。





この時の俺はまだ何もわかっていなかった。マリアがなぜあれ程後悔していたのかを。何故、俺が狙われたのかを。









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