20 メイクの魔法
閲覧ありがとうございます。
至らない点があるかと思いますが楽しんでいただけますと幸いです。
「アツシくん、聞いてもらえませんか?長くなりますが、僕がフライになった理由を。そしてマリアとの関係性についてを」
ショウは俺が差し出したハンカチで涙を拭うと真剣な眼差しを向けてきた。フライはとても美人だけど、フライの格好をしていないショウも顔立ちが整っていてイケメンだと男ながらに思う。
「教えて欲しい」
俺達は近くのベンチに腰掛け、話をする事にした。
「何度も言いますが僕は本当に犯人ではありませんから」
「それは信じるよ」
「よかったです」
ショウはよほど不安なのか念を押して何度も言ってきた。
「僕は女の子の服装やメイクが好きなだけで女の子になりたい訳ではありません」
「そうなのか?」
「引いていませんか……?」
「別に、何も思わない。好きなものは人それぞれだし、誰かに迷惑をかけている訳ではないし。それに好きな事を一生懸命やっていてすごいと思う」
「……そう言ってもらえてすごく嬉しいです。……女の子の格好の方が、服の種類もいっぱいあって可愛いじゃないですか?」
「まあ、そうだな」
俺は空を見上げて考えた。空が赤く染まりかけている。ふわふわと浮いていた綿飴のような雲達もどこかへ帰ってしまったのか見かけない。
俺はあまり服に可愛らしさなどを求めた事がなかった。化粧をしようとも思った事がなかった。
「メイクが好きなんです。アイシャドウの色味がとても綺麗な時、リップの発色が想像以上だった時、とても嬉しい気持ちになります。そして、顔に影をつけ、色を重ね、なりたい自分にどんどん近づいていく瞬間が何よりも楽しいのです。自分らしくいられるのです。メイクは僕にとって魔法のようです」
ショウの瞳はキラキラと、とても輝いていた。俺は服装や化粧など深く考えた事がなかったけど、楽しそうに話すショウからとても熱意が伝わってきた。
なりたい自分になる為に、ショウは俺よりもずっとずっと広い世界を見ているのかもしれない。
「僕が最初にメイクに興味を持ち始めたのは、小学生の時です。
年の離れた姉がいるんですけど、姉が持っているアイシャドウパレットを見た時、絵の具でもクレヨンでもない、なんてカラフルで綺麗なものなんだろうって、どんなおもちゃよりも胸がときめいたのを覚えています。姉に頼んで初めてメイクをしてもらった時、嬉しくて嬉しくてしょうがなかったです。姉は美容師を目指していて当時、メイクの練習をしたかったらしく、ノリノリでやってくれました」
「ショウってお姉さんいたんだ」
「はい。僕がフライだと言う事も姉だけが知っています。姉は今は美容師として無事就職し、離れて暮らしています。……お母さんには言っていません。
男が女の子の服を着るなんて普通は嫌がるでしょうけど、僕は喜んで姉のおさがりをよく着ていました。学校に着ていけば同級生に馬鹿にされました。流石に。そんな子僕以外にはいませんでしたし。小学生だったので純粋ゆえに残酷な言葉を沢山ぶつけられました。
僕は変なのか。僕はおかしいのだろうか。僕は僕らしくいてはいけないのだろうか。
そう自分の中で葛藤していました。そこから僕はずっと感情を隠してきました。ずっと自分の好きなものを隠してきました。からかわれるのが怖くて。皆に好きなものをけなされるのが嫌で。自分に自信がなくて」
「……辛かったな……」
ショウにそんな過去があったなんて。初めて聞いた事ばかりだ。俺は自分だけが虐められて、自分だけが可哀想なように今まで話してしまっていたかもしれない。何も考えられていなかった。
「そして僕は皆が好きなような、かっこいい男の子らしいものを持ち始めました。皆と同じようにカードゲームを始めました。でも本当はメイクの練習の方が何倍も楽しかった。そして僕は中学生になりました。そこでも皆に偏見を持たれないように必死でした。
必死で皆と同じ事をしようとしました。同じような男らしい服装、男らしい歩き方、男らしい口調。当時の僕をアツシくんが見たらきっと別人過ぎてびっくりしますよ?
普通に友達も出来ましたが、誰にも本当の事は言えませんでした。心を開いていませんでした。やっぱり言ったら嫌われると思ったからです。気持ち悪いと言われると思ったからです。……でも自分を偽るのは、自分に嘘をつくのは凄く辛かった」
少しだけ気持ちがわかる気がした。俺もショウやアヤカに出会うまでマリアが好きだと人に言えなかったから。馬鹿にされたり、からかわれるのが怖くて隠していたから。
皆一人が怖いから、寂しいから同調を求めるだけで、誰一人として同じような人はいない。本当は、言えない何かを隠して生きている。
「好きな物に興味のないふりをし、おしゃれを始めた同級生の女の子達を他の男子と一緒になってからかっていました。凄く辛かったです。その女の子達はからかわれて泣いていました。僕も本当は女の子達に混ざってメイクの話をしたかった。
僕の心はどんどんやさぐれていきました。そして、僕は感情を悟られないようにと前髪を伸ばし始めました」
自分の心を殺して、殺して。いつか本当の自分が消えてなくなってしまったら、ここに残っている自分は何者なのだろう。誰の為に何の為に生きているのだろう。
そう、やさぐれてしまうのだろうか。
そしてショウにとって伸ばした重たい前髪はバリアのようなものだったのだろう。自分の心を守る為の。世界からシャットアウトする為の。
「そんな僕の世界を広げるきっかけになったのがSNSでした。中学生になってスマホを買って貰えたのです。ネットの世界には様々な人がいました。僕のように男でも可愛い物やメイクが好きな人が沢山いました。僕だけがおかしい訳じゃなかったんだって安心しましたし、嬉しかった。
……そして、マリアにも出会いました。
当時、マリアは魔法少女♡ミーちゃんにとてもハマっていました。そして、コスプレ写真を沢山載せていました。アニメのキャラクターのコスプレなんてしようものなら、アニメオタクだの、気持ち悪いだのと叩かれる可能性があるのに、マリアは堂々としていました。ネットで皆に何を言われようと、大好きな魔法少女♡ミーちゃんへの愛を語っていました。
僕はそんなマリアの姿を見て一瞬でファンになりました。そしてマリアを応援していくうちに、自分もマリアのようにカッコ良くなりたいと思うようになったのです。マリアのように、自分に正直に生きていきたいと思ったのです」
「そう……だったのか」
俺もマリアに救われたようにショウもマリアに救われていた。
「そして僕はSNSで自分自身をプロデュースし、発信していく事を決めました。僕の名前は漢字で書くと「翔」です。「飛翔」の「翔」。だからどこまでも自由に羽ばたいて行けるように英語でフライングから、フライにしたんです。よく揚げ物好きなのかって勘違いされますけど、そっちではありませんからね。
僕のフライとしての日々がそこから始まりました。性別と年齢は非公開で。当時、姉は快く協力してくれて、ウイッグなんかを買いそろえてくれました。メイクとウィッグと写真の加工で皆、僕の事を女の子だと思っているみたいですが。
楽しくて楽しくて仕方なかった。僕が思う可愛いを受け入れてくれる人が沢山いました。学校の皆には絶対に言えなかったけれど、自分を解放できる場所が、自分を受け入れてくれる場所が出来た事が嬉しかった……」
ショウは俺とはまた違った苦しみを持っているのに、それを原動力に自分自身をどんどん変えていく。どんどん進んで行ける人だ。
自分に自信がないと言っていたけど本当は誰よりも努力家なのだと俺は思った。
ショウはまた、穏やかな口調で話し始めた。
そしてどこか、切ない表情をしているように見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。