突然の縁談
ヨーコに再会したのは、倒れてから1週間後。
海沿いにジョギングをして家に戻ると、ダットサンが止まっていた。
リビングにヨーコがいた。
「おお、メアリー。ヨーコ・スズキが来てくれたよ」
パパもママも上機嫌だ。初めて会ったはずなのに、まるで古くからの知り合いのようだ。
シャワーを浴び、着替えてリビングに戻る。
「これを見てごらん」
パパがハードカバーの書類を差し出した。
そこには、男性の写真があった。
「H大学ロースクール卒。弁護士。38歳」
黒いフレームの眼鏡。ネクタイと背広のセンスはゼロ。どうみてもやり手には見えない。
「日本ってステキね。これは、縁談っていうらしいの。気に入ったら結婚を前提に、お見合いというセレモニーがあって、2人とその両親が会うのよ」
ママはすっかり舞い上がっている。
「家族のことも書いてあるぞ。彼のお父さんは食品会社の経営者だ」
パパも乗り気だ。
どういうことなの?
「これは“釣書”」
ヨーコは、おごそかな声で言った。
「はあ?」
「本人や家族のプロフィール。お見合いの前に、お互いが結婚相手としてどうか、検討するものなの。釣書は、フィッシング・データかしら?」
「フィッシング・データ?」
パパは笑い出した。
結婚を前提に?
私は魚?
獲物?
なんて失礼なの?
「メアリー、写真を撮りましょう」
ヨーコは、大きな布のバッグから、スマホを取り出した。断りもなくシャッターを押し続けている。
「どうだ?」
パパが自慢げに差し出した。
私のプロフィールだけでなく、家族全員の年齢。学歴、職歴が書かれている。
ママは、私の釣書を覗き込むと、眉をひそめた。
「まあ、32歳で証券会社勤務ってどうなのかしら」
ママは、私の証券会社勤務など、口にするのも嫌だと言い続けている。
ニューヨークタイムズを隅々まで見るパパは、私が会社を首になったことくらい、お見通しだろう。今回の滞在は遅めの夏休暇をとったから、と話してある。ママに首になったことが知れたら最後、
「ほら、ごらんなさい。男の人と張り合って仕事をするなんて、ばかげたことよ」
勝ち誇ったように言われるだろう。
ヨーコが、パパの持っているプロフィールを覗き込んだ。
「OK!ダイジョウブ」
満足そうに言うと、彼女はパパが作ったプロフィールを抱えて帰って行った。