謎の日本人女性
バラ屋敷の前を通りかかったその時……
苦しい!! 息ができない……。
発作だ!
胸を押えて、その場にしゃがみ込む。
バラ屋敷のドライブウエイに止まっていた中古のダットサンから、女性が降りて駆け寄ってきた。私の顔を覗き込んだ女性は、髪の毛も瞳も黒。東洋人だろうか。年齢は、私の母と同じ、60歳すぎくらいかもしれない。
「大丈夫?」
彼女は、私の首すじに両手を当て、脈を確かめた。
「あ…な…た…は…誰?」
あえぎながら言う私には答えず、彼女は、ダットサンに戻り、紙袋を手に走りよってきた。
彼女は袋を私の口に当てた。
「ゆっくり、息を吐いて……」
思い切り息を吐く。
「そう、ゆっくり」
ゆっくり、吸って、吐いて、吸って、吐いて……。
名前も知らない女性に、身体をゆだね、私はいつの間にか彼女の声に息を合わせていた。彼女の声が、子守唄のように聞こえる。
どれくらいの時間がたったのだろう。胸の苦しさは、いつの間にか遠のいていった。
「OK、ダイジョウブ」
きっぱりした声とともに、彼女は袋をはずした。
「過換気症候群(Hyperventilation)?」
彼女はそういって立ち上がった。
私はうなずいた。
私の目を見つめ、「OK、ダイジョウブ」と再び言った。
私はあっけにとられ、言葉をなくしていた。
「私は、ヨーコ」
彼女は、ぶっきらぼうに言って右手を差し出した。
「私はメアリー、助けてくれてありがとう」
彼女の手は思いの他小さく、柔らかかった。
「あなたのうちまで、送っていくわ」
彼女は、両親の家を指差し、両手を重ねて右のほほに当て、頭を傾けた。
家に戻って、休んだほうがいいってこと?
どうして私の家を知っているんだろう?
「さあ、乗って」
彼女は古びたダットサンのドアを開けた。