疲れたOLにめっちゃ尽くしてくれるショタ
山井詩織(やまいしおり)二十五歳、会社員
上野悠馬(うえのゆうま)■■歳、小学四年生
上野尊(うえのたける)■■歳、神職、悠馬の父
上野美紀(うえのみき)■■歳、巫女、悠馬の母
今日はお昼に連絡した通り、それほど残業せずに帰れそうだ。
追加で領収書を出しそうな営業たちは、飲み会があっていない。
帰ればご褒美が待っているかと思うと、日々の業務にも身が入る。集中して残りの処理を終わらせて、席を立った。
「お先に失礼します!」
面倒ごとに捕まらないうちにさっさと帰宅の途についた。
「なんだか最近、山井のやつ生き生きしてないか?」
「先輩もそう思いますか?」
「ああ。前はもっとこう、淡々と仕事してた気がするんだよな」
「そうですね。今は、早く帰りたくて仕方ないって感じですね。さっきなんかスキップしそうでしたよ」
「となると理由は……、男か」
「男ですね」
「……今度赤飯おごってやるか」
「セクハラですよ、それ」
「うぐっ。冗談だよ冗談」
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寄り道せずにマンションに帰ってきた。
少し前なら一人暮らしの部屋に急いで帰ることもなかったが今は違う。
「ただいま〜」
「あっ! おかえり、しーちゃん!」
出迎えてくれたのは、小学生の男の子。
お隣に引越してきた上野家の一人息子の上野悠馬くん、あだ名はゆーくんだ。
初対面から異様に好かれていて、ゆーくん、しーちゃんとあだ名で呼び合っている。友達はあだ名で呼び合うきまりらしい。
「ゆーくん、ただいま」
「しーちゃん今日もおつかれさま。ご飯にする? おふろにする? それとも、おつかれさまのなでなでにする?」
何故か、家の家事をやってもらう関係なんかになっちゃってる。
お母さんの美紀さんが、まったく料理ができないということで、上野家での料理はゆーくんが担当している。
他の家事も人並み以上に熟せるゆーくんが我が家に遊びにきたときに、「しーちゃんを放っておいたら不健康になる」と使命感に目覚めてしまった。
それ以降、家事を手伝ってもらっている。
端的に言えば、通い妻みたいなものだ。
「ご飯食べてお風呂入った後になでなでしてほしいな〜。だめ?」
「しょうがないなぁ、しーちゃんは。いいよ。ご飯のじゅんびするから、手をあらってきてね」
「ありがと、ゆーくん」
このやり取りもいつものだ。
最初は遠慮していたが、それだと露骨にゆーくんがガッカリするのだ。ここは全部をやってもらうのが正しいのだ。決して自分の欲望のためではない。
ダイニングには私一人分の食事が用意されている。美紀さんの仕事は朝が早いので、私とは夕食の時間が合わないのだ。
流石に美紀さん一人で夕食をとらせるのは、私の良心が耐えられなかったので、今の形に落ち着いた。
休日やたまに都合の合うときは、上野家にお邪魔して一緒に夕食をとったりもする。
「今日はね、クリームシチューだよ」
「おいしそ〜。いただきます」
「めしあがれー」
私がご飯を食べている間、ゆーくんは向かいに座ってこっちを見ている。
「しーちゃん、おいしい?」
「うん、おいしいよ」
「えへへ。いーっぱい、あいじょうこめたからね」
ゆーくんはたまに、“お父さん直伝の良い男シリーズ”と私が呼んでいる、良い男がする言動をぶっこんでくる。
自分は初心ではないと思っているが、ゆーくんの良い男言動は何故か私にクリーンヒットしてしまう。
ちなみに、恥ずかしがる女性に対して恥ずかしがってると指摘する行為は、良い男がする行動ではないらしい。だからこういうときは、笑顔で見つめてくるだけだ。ただ、それすらも恥ずかしいので、顔を真っ赤にしながら耐えるしかない。
「ぼくのあいじょう、いっぱい食べてね」
「う、うん、食べる」
「おかわりもあるからね」
愛情のおかわりが溢れてきそうです。主に鼻から。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
ゆーくんとご飯を食べるようになってから、食事の満足感が段違いに高い。今までの食事は単なる栄養補給だった。
洗い物はふたりで並んでする。新婚さんっぽいとのことで、共同作業はゆーくんのお気に入りだ。私も楽しいので、まさにWin-Win。
食事が終われば次はお風呂だ。
冬以外は長風呂するタイプではないので、ささっと入ってしまう。
最初の頃、家事をそつなく熟すゆーくんに年上としてのマウントを取りたくて、「一緒にお風呂に入る?」なんて聞いたことがある。
恥ずかしがるゆーくんを見られれば満足だったんだけれど、ゆーくんの反応は「今はお友だちだからダーメ。こいびとになってからいっぱい入ろ?」という甘い言葉を耳元でささやくという超イケメン対応だった。
これもお父さん直伝なのか!? 正直、ありがとうございます!?
それ以来、無駄にマウントを取ろうとするのは止めた。
「しーちゃん、お湯かげんはどうですかー?」
「うーん、ちょうどいいよ~」
「よかったー。着がえはここに置いておくねー」
「は~い」
はい。洗濯をまかせているので、着替えの管理もゆーくんまかせです。
私も最初は抵抗した。下着を小学生に準備させる二十代というのは客観的に見てもやばい。
けれど、元がワイシャツ一枚で寝てしまうのを良しとするようなズボラだったので……。
ひとつ言い訳をさせてもらうなら、ここでいう下着は寝るとき用の下着であって、普段使いの下着ではない。
お風呂から上がってパジャマに着替える。
髪はミディアムショートなのですぐ乾くが、これもゆーくんにやってもらっている。
もう全部やってもらってるんじゃないかって? そうだよ。
ゆーくんみたいに全部やってもらうのは無理だとしても、髪を乾かすのはぜひ一度やってもらってみて欲しい。
手櫛で大まかに乾かすときの動きも、乾いた後でブラシを掛けるときの動きも、大変気持ちがいい。
「はい、しーちゃんかわいたよ」
「うーん、ありがとう、ゆーくん」
気持ち良さが飽和して、この時には頭がぽわぽわする。
「このままなでなでする?」
「うん、する~」
「しーちゃんなでなで好きだもんね。じゃあベッドに行こっか」
「うん」
ゆーくんに手を引かれてベッドへ向かう。字面だけ見るとひどい。
「はい。しーちゃん、おいで」
ベッドに座ったゆーくんが膝をぽんぽん叩いている。誘われるままにゆーくんの膝に頭を乗せた。
「しーちゃん今日もいーっぱいがんばったね」
「うん」
「えらいね。いい子、いい子」
「うん、もっとぉ」
「いいよ。もっとなでなでしてあげるね」
ああ、あぁ〜、癒やされる〜。
恥も外聞も投げ捨てて、ゆーくんに身を任せる。なんと甘美ななでなでであろうか。ずっとこうしていたい。
ゆーくんが子守唄を歌ってくれている。
ねんねころりよ おころりよ
しーちゃんは良い子だ ねんねしな
しーちゃんのお守りは どこへ行た
あの空こえて 天へ行た
天のみやげになにもろた
好いた人との刻もろた
いっしょに老いる刻もろた――
「おやすみ、しーちゃん」
眠ってしまったしーちゃんの頭を、そっと枕の上に下ろした。お腹が冷えないようにタオルケットをかけてあげる。
起きているときは綺麗な印象が強いが、眠っているときは可愛さが勝る。
健康的な生活でぷにぷに感の増してきたほっぺたにキスをした。
「しーちゃんかわいい」
今は友達だけど、いつかは恋人になる。その時まで唇はお預け。
「早くしーちゃんのこいびとになりたいな」
お母さんとお父さんのように同じ刻を生きたい。
だからもっと甘やかしてあげる。僕に落ちて来てくれるように。
「また明日ね、しーちゃん」
最後に頭をなでて、電気を消して部屋を出た。
洗濯は明日の朝にするから、まとめるだけまとめておく。ガス栓と戸締まりを確認して、合い鍵で鍵をかけた。
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「――きて」
うぅん、なんだろう。
「――きて、――ちゃん」
だれのこえ?
「おきて、しーちゃん」
ゆーくん?
「ふふ。おはよう、しーちゃん」
ゆーくんが笑っている。
「えへ。おはよう、ゆーくん」
幸せって、きっとゆーくんみたいな形なんだろうな。
「ゆーくん好き」
「ぼくもしーちゃんが大好きだよ」
「えへ」
よし、元気ももらったし、今日も一日頑張りましょう。
「朝ごはんできてるから、いっしょに食べよ?」
「うん!」
これがゆーくんとの日常。いつも私に尽くしてくれるゆーくん。きっともう私はゆーくんに落とされている。
明日も明後日も、ずーっと先でもゆーくんと一緒にいるだろう。色んなことがあったとしても、それだけは確かだ。
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ゆーくんが神様の子供だったことが発覚したり、ゆーくん専属の巫女になったり、ゆーくんを受け入れたことで寿命が伸びたり、イケメン度が増したゆーくんにたじたじになったりする未来は、神のみぞ知る。
私もこんなショタに尽くしてもらいたい。
悠馬くんの実年齢は詩織と同じくらいです。
巫女となる女性に出会うと成長が始まります。