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Survival

作者: 安岡 憙弘

Survival

                                      安岡 憙弘

 リュックサックに固いパンと水を持って私は標高ひょうこう4000m以上する高山へと電車に乗り、バスに乗ってようやく目的とする山のふもとへとたどり着いた。麓には2,3,の登山客の他、人は誰も見当たらなかった。朝の光を浴び、麓の草むらを手でかき分けながら、私は道なき道を奥へ奥へと分け入り、道に迷いそうになると、地図を手に悪戦苦闘をしてひたすら頂上を目指して草の息吹いぶきに少しめまいを感じながら、はあはあと肩で息をして必死でこの草深い麓の道を上へ上へと向かった。ようやく草むらを抜けて、道らしき道が見えてきたので私は少しほっとして、腰にげていた緑色の水筒の水を少し飲んでそこから頂上までどのくらいあるかと樹々のすき間から頂上を見上げた。すると灰色の雲が空には薄黒くかかって、今にも雨でも降り出しそうな様子だ。私は空の天候と相談した上で進むか退しりぞくか判断しなければなるまいと覚悟を決めた。ここまで来てあとに引き返すのは少し惜しいなと思いつつもう後少しで2合目はきっと1合目に較べて取って付けたような急な登り坂はあまりないであろうと判断して、私は2合目を目標に細いウサギでも出そうな急な山道を先へ先へと急いで歩いていった。2合目へとたどり着く前に、雨は次第に強さを増していった。私は雨で道に迷うことを避ける為により一層足を早めて山道を登った。幸いに2合目には小さな山小屋が設けられていた。私は中へと入って雨の止むのを山小屋の小さな窓から心細げにながめていた。すると雨の合間に今度は雷も鳴り出した。私は進むと判断したことを後悔しながらここで一夜を過ごす事も視野に入れなくてはならない情況へと変化していった。しかし私の持ち物の中には何一つとして火を起こしたり明かりを灯すものが入っていなかった。山小屋の中にはたきぎさえ用意されてはいない。木を集めるなら今しかなかった。私は雨の中を飛び出して木陰でまだれていなさそうな小枝を出来る限りたくさん抱えて小屋へと戻ってきた。それを2、3度繰り返した後、私は生まれて初めてライターなしで気に火をつけるということに挑戦した。木の枝の先をナイフで鋭く削り、一番太そうな木を選んで穴を開け、木の皮を周りに敷いてキリキリと手が痛く手が痛くなるまでこすり続けた。4度も5度も失敗してようやくコツをつかんだ私はそのまま強引に小枝のチップを燃え立たせてあわてて紙切れに燃えうつらせて木を組んだ下にそっと差し入れた。チリチリと火が燃え移って赤いメラメラとした炎に変わってゆくのを私はボケッと眺めていた。山小屋の中で一番安心するのはやはり火のあることであった。私はそれから袋の中の固い皮つきフランスパンを取り出して半分に折り一つは明日に一つは今日にと想って半分をちびりちびりとちぎって味わいながら水筒の水をまるでワインか何かのようにパンと一緒によく噛み、味わって食事した。ようやく安堵感を覚えた私は隅においてあったじんまりした毛布をそっと体の上にのせて明日の為に眠りについた。翌朝7時頃、腕時計を確かめて目を覚ますと外は昨夜とは打って変わった快晴であった。私はこれならば頂上へでも行けるのではないかと考え、山小屋の外へ出て、再びこの山を極める決意をした。2合目からは又再び険しい今度は岩混じりの山道が待っていた。しかしここまで来てはもう登るしかなかった。私はここまで来るともうなにも考えずにただひたすら無心に、額の汗も拭わず、髪の乱れるのも気にせず、3合目、4合目と登っていった。途中、岩のカドで手の平を切ってしまうというアクシデントがあった。私はハンカチを昨夜の雨で湿った草の葉にそっとすりつけて、水分で炎症を押さえて今度は気をつけながら再び上をめざした。幸い、5合目からは登るごとに山はゆるやかになっていった。6合目からは、高山らしく、なだらかな斜面もひろがり始め高山植物もちらほらと楽しめるようになって来た。ただ、空気だけは徐々に薄らぎ始め、私は幾度いくども休憩をはさんで高山病になるのを注意深く防ぎながら、8合目までなんとか登ってくることができた。しかしながら、後少しのところで、なんとも気力が続かない。昨夜嵐の音であまり眠れなかったせいでもあるだろう。私は8合目の大きな岩にもたれて、帰りの体力を考えると、このままひき返した方が良かろうかと考えた。私は独り旅のことを想い、あまり無理をしない方がいいなと考えて、しばらくそこに休み、帰りの体力の回復を待つことにした。バッグの中に昨晩のパンの半分があったことを思い出して私は水と共にパンをかじった。考えてみれば、高山にパンのみというのも不用意であった。今度は甘い物も少し持ってくるべきであった。しかし、今回はこれで良かったのだ。今回の登山の目的は、人生という様な大きな山というものが一体どの様な物であるのがただ知りたかっただけだ。私は山を征服することを目的とはしていない。ただ山に触れ、山に敬意けいいを払い、山という大きな自然が一体私にとって何を意味するのか、私は山をを征服することを目的とはしていない。ただ山に触れ、山に敬意を払い、山という大きな自然が一体私にとって何を意味するのか、私はなぜ真剣に山に登りたいと思うのか、それを知りたかっただけなのだから。

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