花の船
船を出す。
色とりどりの花を詰めるだけ詰み、船にこんもりと積み上げた。
花の中、乗り込んだ三人で、花を束ねて武器をつくる。
「これで、あいつらぶん殴ってやろう」
瑠璃は、相変わらずぷりぷりと怒っている。
「あんまり乱暴なのは好きじゃないな。話をしようよ」
美子が、それを静かにたしなめた。
「いいんだよ、殴られてはじめてわかるやつなんてごまんといるんだ。
殴られたってわからないやつはそれよりもっと多いよ」
「それを言うなら、殴らなくても話をしたらわかってくれる人は、もっともっと多いよ」
くだらない話とともに、船は空を進んでいく。
やがて、街に出た。
たくさんの人がいる。
それに混じって、心の抜け落ちた人形が、かたかたと心のない歌を歌い続けている。
から、くり、きる、けれ、こーろ
から、くり、きる、けれ、こーろ
時々、すれちがう人の肩をつかんで、心のない歌を押し付ける。
から、くり、きる、けれ、こーろーし!
人を傷つけ、時にはころしてしまいながら、平然と歩いていく。
「「「そおれ!」」」
大きな団扇を手に取り、三人で、船から花を巻きちらす。
近く、遠く、そこいらにいる心をなくした人形たちに、心のかけらが届くように。
どれが効くのかわからないから、できるだけ色とりどりの花を用意した。
美子が言う。
「ひとりひとり、手渡してあげた方がいいんじゃないかな?」
瑠璃が返す。
「いいんだよ。そんなことやっていたら手がいくらあっても足りない。
欲しけりゃ自分で拾いに行けっての。そこらじゅうに落ちているんだからさ」
花が舞う。
目が覚めたように人間に戻るもの、花をじっと見つめて立ち尽くすもの、反応は様々だ。
止まることもなく、かたかたと歩き続けるものもある。
「止まらない子たちは、花束でぶん殴りに行くよー!」
瑠璃が、気合を入れるように腕をぐるぐるとまわしている。
「あんまり気は進まないけど……」
美子がぎゅっと花束を握りしめる。
船の花を全て撒き終えて、船を飛び降りる。
花束を手に取って。
殴る。
殴る。
殴り倒す。
反応は様々だが、直にぶつかり合うことは、やはり効果が大きいようだ。
そうしてしばらく戦い続けると、気づけば、人形はもう見当たらなくなっていた。
ならば、残るは。
全ての元凶である、腐った家を見据える。
扉をぶち破り、慣れた廊下を駆け抜けて。
一番大きな広間へ飛び出る。
兄が、汰一がいた。
変わらず、泥のように濁った目で、今も人形をつくり続けている。
「目を覚ませ!」
花束を振り上げ、殴りかかる。
しかし、それはあの赤い目の男に阻まれた。
「芸がないなあ。誰彼かまわず殴りまわってさ」
嘲笑のともなう、いやしく曲げられた口で、呪いの言葉を吐きかける。
「既にこんなにぼろぼろで、とってもかわいそうな彼を、その上殴ろうというのかい?」
そう言いながら、背を丸め、いまだ黙々と手を動かし続ける彼の背中を撫であげた。
「どいて」
別の角度から、美子が躍りかかる。
「おやおや? いつぞやはどうも。
随分元気になったみたいだね、また遊んであげようか?」
「黙りなさい」
手を休めずに、花束を振りかぶり続ける。
当たってしまうとまずいのだろう、赤い目の男は防ぐことをせず、余裕を繕いながらかわしつづけている。
「私は、おまえのようなものには屈しない」
男は苦虫を噛みつぶし、忌々しいものをみるように、その赤い目を歪めた。
美子が奴を受け持ってくれている内に、汰一と向き合う。
「なあ、なんでそんな風になっちまったんだよ」
優しく、賢く、いつも他人を励ましながら生きてきたあんたが。
一体、どうして。
押し付けた花束は、うるさいとばかりに弾かれた。
「お前に何がわかる」
わかりたくもねえよ、と口に出す前に、汰一が立ち上がった。
遅れて、瑠璃が来たのだ。
「瑠璃! ああ、瑠璃!」
ふらふらと、縋りつくように歩いていく。
瑠璃は、そんな汰一を容赦なくぶん殴った。
「一体、どれだけの人を傷つけたの」
「だって、瑠璃、きみが目覚めないから。きみが目覚めてくれさえすれば、僕は……!」
「わたしのせいにしないで」
花束が強く頬を打ち、汰一が後ろに倒れ込む。
「心の傷を、他者を傷つける言い訳に使わないで」
瑠璃は勢いを緩めず、そのままずかずかと歩み寄っていく。
「自分の心だろ」
花束を胸に押しあて。
「自分で正せ」
そのまま、盛大に蹴り倒した。
倒れ込んだ後、汰一の手から力が抜け、横たわったまま動かなくなった。
一人、赤い目の男が残る。
争い続けていた美子が距離を取り、三人で逃さないよう取り囲んだ。
「ああ、いやだいやだ、寄ってたかってさ。卑怯なんじゃないの?」
「どっちがよ。人の心の隙間に入り込むような真似ばかりしているくせに」
瑠璃が、前に出る。
赤い目の男は手を上げて、降参するかのようなポーズをとった。
「はいはい、反省した、謝るよ。もうしないさ。
悔い改めさえすれば、きみは、全てをゆるしてくれるんだろう?」
嘲笑を絶やさないまま、男はのたまった。
瑠璃は、その青い目で見据えながら、言った。
「絶対に、ゆるしてはいけないものもある」
花束を構えながら、静かに言葉をつづける。
「自分を愛するのはかまわないが、それが行き過ぎたおまえは、とても醜い。
わたしは、おまえをゆるさない」
そのまま、刺すように花束を放った。
男は変わらず忌々しそうに嗤いながら、消えた。
いなくなったわけではない。
きっと、心の隙をみせれば、どこからともなく現れる。
あれは、そういうものなのだろう。
張りつめていた空気が、久しぶりにおだやかなものに変わっていく。
すべて、終わったのだ。
みんなで外に出る。日が差し込んでいて、とてもあたたかい。
抜けるような青空の下、背伸びをしながら、瑠璃が言った。
「さあ、そろそろ帰ろうか!」
さあ、そろそろ帰ろうか。
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