七番目の子ども
人の価値、とやらを決めるのは、一体何なのだろうか。
そもそも、人が人の価値を定めることなどできるのか。そんな風に思うが、俺のまわりの人間たちにとっては、明確な基準があるらしい。
少なくとも、俺は二番煎じ、ただの落ちこぼれである、と言い切れる程度には。
俺には、兄がいる。
正確には兄弟姉妹は数えれば上に六人いるが、生物学的に父母が一致している兄弟は、一人だけだ。
名前を、汰一という。数いる兄弟姉妹の一番上の、一番優秀といわれる兄だ。
対して俺は、漆という。
いろいろつくったが、一番上がやはり一番すばらしい。
ならば、同じものをもうひとりつくろう。
そうして生まれたのが俺だ。
期待され、待ち望まれ、兄とは違い逃げ出さないようしっかり首輪を用意され。
そうして生まれたのが俺だ。
しかし、兄のような特別なことは全くできなかった。兄と同じで、手先は結構器用だが。
期待したことが全くできないとわかると、大人たちの扱いはひどいものだった。
雑な飯、冷たい寝床、過剰な学習に労働、浴びせられる罵声。
まるで、価値のないものにはお似合いだ、とでもいうかのように。
ここではないところに行ければ、それなりに生きられるだろうな。
兄がかけてくれた言葉だ。
唯一しっかり血の繋がった俺を、家族と思ってくれていた。
心配し、時々こっそり会いに来てくれたのだ。
俺は兄が好きだった。尊敬していた。
そして少し、嫉妬もした。
俺にない才、自由、人格、全てを持っていた。
彼のようにありたいと思い、愚直に努力をしてきたおかげで、俺もそこまで腐らずに生きてこられた。
そんな兄が、変わってしまった。
あんなに毛嫌いしていた家に帰ってきた。あまつさえ、家からでなくなった。
かつての澄んだやさしい目ではなく、重く濁った泥のような目をしていた。傍らには、赤い目をしたいやらしく嗤う男が、いつもいた。
『瑠璃』を、つくるのだと。
そう言って、子どもをたくさん攫ってきた。
子どもをたくさんころして、人形をつくりだした。
切りもなく、延々と、地獄のような光景が繰り返される。
空虚な表情の、なんの心も持たないまま動く人形が量産される。
失敗だ、また失敗だと、その手が止まることはない。
大人たちは、喜んでその失敗作を持って行った。どんどんつくれ、と次々と子どもを攫ってきた。
信じられない。
信じたくない。
人は、こんなにも、こんなにまでも、変わってしまえるものなのか。
眩暈が、吐き気がおさまらない。
彼のようにありたいと、いつも思っていた。
今の彼のような人間には絶対になりたくないと、そう思って生きてきた。
なおも続く地獄の中、うつくしい人が連れてこられた。
強い目をしていた。その背に愛する者たちを負い、朗々と語り続けていた。
自分が指した子どもたちがしんでいく、目を背けずにはいられない光景を、静かに見つめ続けていた。
やがて、子どもたちがいなくなり、そのうつくしい人と、彼女の愛する者たちだけが残った。
彼女は、赤目の男の悪夢のような提案を受け入れた。
まず、脚が断たれた。
叫び、のたうち回っていた。
それでもその目は生きていた。
それから、腕を絶たれた。
もはや動くことすらできずに転がっていた。
それでも、その目は家族を見ていた。
彼女はそれでもしななかった。
約束は守られ、家族は解放された。
安堵と、諦めの表情が浮かぶ。
赤目の男は満足そうに、彼女を丸い箱の中にしまった。
その後、新しい子どもが連れてこられて、赤目の男の興味が逸れた。
丸い箱は、部屋の隅へと押しやられた。
怒りが沸いた。
なぜ、こんなところで、動けずになにもできないまま、突っ立っているのだと。
兄のような力はなかった。それでも、愚直に努力しつくり上げてきた。
ここから逃げ出すために。
首輪を切るナイフを。
鎖さえちぎり、なんでも抱えることのできる籠手を。
誰にも追いつかせずに、走り抜けるための靴を。
きっとすべては、この時のために。
走り出す。
丸い箱には、思った以上にたやすく手が届いた。
誰にも止める暇は与えない。
箱をかかえて、腐った家を飛び出して、ひたすら走る。
漆くんは、美子ちゃんをたすけられるのか!?
それは次の次の話で。
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