彼女の微笑
それは運動会四日前のことだった。ついに実行委員会から素案が上がってきたのである。
どんな超大作なのか?という期待は予想通り裏切られ、A4用紙に一枚半の、外見、内容共に薄っぺらい紙切れが僕の手に渡された。
さて、このできごとに生徒会室は非常に荒れた。
「あのバカ共本当になに!?こんなの通るわけないじゃない!」
会計こと福山さんは怒りを隠そうともしない。トレードマークのポニーテールが激しく揺れる。
「ま、まぁまぁ、落ち着いて。話せばきっとわかってくれるよ、たぶん」
さすが穏健派副会長の山崎くんだ。神経質そうに眼鏡を弄りながら福山さんをなだめる。ただ、『きっと』だの『たぶん』だの随分と自信なさげだ。
関係無いけど、この二人なんかイイカンジなんだよな。性格のバランスもとれてるし、付き合ったら上手くいくんじゃないだろうか。
冗談はさておき、一方の我等が会長、椅子に座り静かに目を閉じている。
「会長!バカ共にビシッと言ってやってくださいよ!」
どうやら福山さんは一度怒ると手が付けられないみたいだ。普段はおっとりしてて優しいんだけどなぁ。
「わかったわ。この件はわたしに任せて」
西園寺は意を決したが如く目をカッと開いた。
「それより」
西園寺は席から立ち上がって続ける。
「みんな忘れてない?今日は近所訪問の日よ」
「「「あ」」」
一同、思わず合唱してしまった。
運動会の盛り上がりは、近隣住民にとって物凄い騒音となる。そのため先生たちと協力して近所の家をまわり、事前に断りをいれておくのが恒例なのだ。
「わたしたちに割り当てられたのは南側36軒と西側43軒よ。福山さんと山崎くんは南側を、わたしとサツキくんは西側をまわりましょう」
「「「了解」」」
三人仲良くいい返事である。ちゃっかり僕も参加できてるあたり、生徒会として認められたようでなんだかムズムズした。
「終わったー……」
「ちょっと疲れたわね……」
すでに日は傾いており、西園寺の顔を紅く照らしていた。夕日に照らされる黒髪美人。なかなかいい画だ。
「ねぇ、サツキくん」
「はい?」
唐突に声をかけられ、間抜けな返事をしてしまう。
「体育祭が終わったら将棋の大会に出ましょうよ。ちょうど高校生棋聖の予選やってるし」
西園寺ってそんなに将棋好きだったのか。
「それはいいけど……僕は一度も大会出たことないよ?」
「大丈夫よ、わたしが教えてあげるから」
彼女はそう言って微笑んだ。図らずもドキッとしてしまう。
西園寺は、出会ったときと雰囲気が少し変わった気がする。最近はなんだか明るい。
「そうと決まれば特訓ね」
「そうだな。出るからには勝ちたいな」
いつの間にか、僕も笑っていた。
春の夕日は僕らを照らし、ゆっくりと沈んで行った。