お手伝い(?)
「サツキくん、手伝って欲しいことがあるの」
西園寺雪葉は部室に来るなり切り出した。
「え……何を手伝うの?」
「生徒会の仕事よ。庶務が不登校になっちゃって。普段はわたしがカバーしてたんだけど、行事のときには厳しくって……ほら、もうすぐ体育祭でしょう?」
あー、そういやこいつ生徒会長だったなー……
うちの学校は生徒会の権限が大きい。各行事の実行委員会はあくまで補佐的立場であり、主に行事を取り仕切るのは生徒会なのだ。
「生徒会則第十七条に『役員が休学、あるいは退学した場合、会長の権限で代理人を立てる』というのがあるわ。それを応用解釈して、あなたを指名してるの。この学校の生徒であるあなたは従う義務があるわ」
応用解釈とは上手く言ったもんだ。拡大解釈の間違いだろう。
「わかったわかった、手伝うよ」
めんどくさいな……まぁどうせ簡単な雑用程度だろう。
「ありがとう」
そう言うと、西園寺は笑った。笑うと「美人」というより「可愛い」だな、と思った。
「で、僕は何をすればいいのかな?」
大量の書類で埋め尽くされた生徒会室にやってきた。なんだかほこりっぽいうえに窓が無いため薄暗い。戦争映画の基地地下の防空壕を彷彿とさせる部屋だ。他の役員は皆旧式のノートパソコンにむかって一心にキーボードを叩いている。
「あなたの仕事は、体育祭規定の作成よ。実行委員会が作った素案を陸上部に調整してもらったものを、生徒会則に反してないか確認して文書化してほしいの」
西園寺があまりになめらかに喋るものだから、つい頷いてしまいそうになる。
「ちょっとまて、それ滅茶苦茶重要職じゃね?要するに体育祭のルールブックを作れってことでしょ!?」
西園寺は当然、といった面持ちだ。
「あなたなら出来ると判断したの。失敗したら指名したわたしの責任になるのだし、いいでしょう?」
いやいやいや、全然よくないんですが。失敗して他人に責任負わせるって、クズすぎるだろ。
だが、こうと決めたらてこでも動かぬ、といった調子だ。
「わかったよ、やりますよ……やればいいんでしょ……」
「わかってくれればそれでいいのよ。じゃ、実行委員会に素案を催促してきてね」
素案上がってきてないのかい。
「おい、体育祭まで二週間もないだろ、そんなんで大丈夫なのかよ」
「素案を催促するところからあなたの仕事よ。がんばって」
西園寺はわざとらしくウインクするが、顔が笑ってない。怖えよ。
そんなこんなで実行委員会のいる会議室へやってきたのだが、そこで強烈な違和感に襲われた。理由は簡単、中から笑い声が聞こえるのである。
素案が上がってない現状、彼らの仕事は終わってないはず。一抹の不安を感じたが、とにかく聞いてみないことには始まらない。実は今出来上がったところ、とかあるかもしれないし……
とりあえず引き戸をノックする。返事は無い。相変わらず談笑する声が漏れ聞こえるばかりだ。
もう一度、強めにノックしてみる。
「はい、どーぞー」
中から男の声がした。
「失礼しまーす……」
引き戸を開けて中へ入ると、男女数人が長机を囲んでトランプをしていた。複数の長机と椅子が規則的に置いてあるだけの部屋なので、ガランとしていて生徒会室とは対照的だった。
嫌な感じだ、と思いつつ話しかける。
「えと、実行委員長さん、いますか?」
髪を金色に染めた男が立ち上がる。
「オレだけど、何か用?」
高圧的に感じるのは気のせいだろうか。
「あの、素案をもらいに来たんですが……」
「ああ……すんません、まだできあがってません」
男はなぜかドヤ顔で言い放つ。
「え、でも体育祭まで二週間もない……」
「あー、大丈夫っすよ。もう七割くらいできてますから」
金髪は目をそらしながら言った。絶対嘘ついたろコイツ。
「そうですか……じゃあ、明日か明後日までにはお願いしますね」
「りょーかいです」
なんだか怪しいなぁ、と思いつつ部屋を出る。
歩いて行くフリをしてこっそり引き戸に貼り付き、耳をそばだてる。
「今のやつマジでなんなの?水差してきてさー」
女子の声がする。
「あいつ知ってるよ、2年の皐月とかいうやつ。クソ陰キャのくせに、最近同じ部活に西園寺さんが入部したとかでチョーシのってるらしいよ」
今度は男の声。
うわーという女子達の斉唱が聞こえる。
「カンチガイしちゃってるんだ、痛いねー」
「陰キャのくせにイキるなよな」
僕はそっと引き戸から離れ、生徒会室に戻ることにした。
問題は奴等がお喋りに興じて仕事をする気が無いことだ。まぁ、僕がナメられてるからかもしれないけど。
「どうだった?」
生徒会室に戻ると、西園寺がいの一番に聞いてきた。
「七割はできあがってるらしい」
嘘ついている、という証拠がない以上、聞いたままを報告するしかない。
「それはつまりまだできてない、ということね。じゃあ、あなたにはこの名簿の入力をやってもらおうかしら」
ごそごそと紙の砦を漁り、束になった名簿を差し出してきた。
「とにかく人が足りないのよ。お願いするわね」
そう言うと西園寺はそそくさと席に戻って作業を始めた。よく見ると三柳も生徒会メンバーに加わって作業している。
自分は非常に厄介なことに引きずり込まれたのではないか。そんな考えが頭をよぎった。