観音崎は笑わない
とりあえず僕は、今回の件のキーパーソンと面会することにした。
西園寺に僕の情報を流した人物。
「お前だろ、観音崎」
放課後の校門前。目の前に薄気味悪い笑いを浮かべた茶髪の男が立っている。すでにほとんどの生徒が下校し、僕と観音崎の二人きりだった。夕日はもう沈みきっており、空は仄暗い紫に染まっていた。
観音崎黒木。学内随一の情報通。
「なんのことかな?サツキくん」
おどけた調子でこちらを挑発してくる。
「西園寺に勝手に昔のことを話しただろ。しかもヘンな脚色して」
西園寺はおそらく、崖の一件の後、何らかの理由で僕に興味を抱いた。向かった先は、学内一の情報通で有名なこいつの下だった。
「キミは、西園寺さんに絡まれるのが嫌なのかい?」
薄気味悪い笑いを顔に貼り付けたまま問いかけてくる。
こいつのペースに乗ってはダメだ。多少強引でもこちらに引き込まなければ。
「西園寺に何を言った?」
変な話なのだ。いくら僕の過去がああいったものとはいえ、彼女が僕に執拗に絡む理由にはなり得ない。
観音崎はフフフ、と嗤う。
「サツキは普通のヤツらとは違う、って言っただけ」
ニヤリ、と気味悪く口角を上げる。
「僕が欠陥持ちの人間なのは知ってるだろう?」
欠陥。観音崎黒木は、他人に共感することができないのだ。
「だが、欠陥故にオレは感情に振り回されることなく、実に客観的に人間観察ができる」
「オレはね、君たちが変わってゆくのが見たいんだ。スクールカースト最上位の孤高の女王と、特殊な最底辺が出会ったら何が起こるのか。キミなら彼女の問題の力になれると思うんだ」
もっともらしいことを。
「それを高みの見物ってわけか。相変わらず趣味が悪い」
観音崎はヘラヘラと嗤う。
「オレのこんな一面見せてるのはキミだけなんだぜ?もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?一緒に空手道に邁進した仲じゃないか」
僕は一つ深呼吸をする。
「で、お前がさっきから言ってる西園寺の『問題』ってなんだよ?」
「おいおい、いきなり答え合わせしちゃあダメでしょう」
生温かい風が頬を撫でる。一々頭にくる物言いに、我慢の限界が訪れようとしていた。
「まぁでも、ヒントくらいはあげようか。彼女の根本的な在り方にキーポイントがある」
わけわからん。
「そもそも、なぜ僕が解決する流れになってる?」
「少なくともキミは西園寺の影に触れてしまった。放っておくことはできないだろ?」
こいつはどうにも相性が悪い。というより、根本的に噛み合わない。
こちらを見透かしたような物言い、気味の悪い薄笑い、あからさまな挑発、どれをとっても苦手だ。
とはいえ、こいつは僕の前でしかこの態度を取ることは無い。なぜ僕を目の敵にするのかは理解できないが。
「孤高の女王と確執のある幼馴染みか。大変そうで何よりだ、がんばれよ」
そう言い残して観音崎黒木は去って行った。