彼女の懇願
三柳の襲来から三日後の朝、西園寺から二度目のメールが来た。
『話があります。昼休み、屋上まで一人で来て下さい。』
屋上へ上がると西園寺が一人、景色を眺めていた。空は青く、まばらな雲がゆっくりと流れていく。ゆるりと流れる風の吹き心地が良い。
山に囲まれた小さな堆積平野の一番奥にあるこの学校は、南に駅前のビル街やその奥にある海を望むことができる。要するに良い景色なのだ。
僕は何の気なしに彼女の横に立って景色を眺める。風が彼女の瑞々しい黒髪をサラサラと流し、隙間から白くて細いうなじがのぞいている。
「お願いがあるの」
彼女は景色を眺めながら切り出した。こちらを気にしているのかしていないのか、判断がつかない。
「例の入部希望者の件なんだけど……」
妙に歯切れが悪い。僕が促したほうが良いのだろうか。
「誰も入部させないでほしいの」
なんとなく予想はしていた。
「理由、聞いてもいいか?」
一拍置いて、ゆっくりと話し始めた。
「彼らは、私に何かを求め続けてるのよ。『勉強できる西園寺雪葉』『美人な西園寺雪葉』『いつも冷静な西園寺雪葉』……彼らは己の理想とわたしを重ね合わせ、『応援』という形でそのように在ることを強いてくる。彼らは『ブスでバカで落ち着きの無い西園寺雪葉』だったら見向きもしないわ。わたしは偶像じゃないのよ。そんな理想を押しつけてくる人たちと一緒にいたくないわ」
言い終えると、沈黙が訪れた。
部員が増えることは本来、有難いはずだ。そもそもこの部は西園寺個人の所有物ではない。彼女には意見する権利はあるが、従う必要はない。
だが。
彼女の気持ちは理解できる。否、共感できる。
純粋に将棋が指したい訳ではない輩の入部を許可することに躊躇いはあった。
「わかったよ、西園寺。一人も入部は許可しない」
西園寺はこちらに向き直ると、小さく笑った。
「ありがとう」
その笑顔には、安堵と哀愁が混ざっているような気がした。