会長の襲来
西園寺の電撃入部から数日、男子部員が殺到してくるかと思いきやそんなこともなく、二人きりで将棋を指したり雑談する日々が続いた。
それは、前日までの青空がウソのようにどんよりと曇った日のことだった。
「失礼します」
僕と西園寺が感想戦をしているとき、彼女は唐突に教室へ入ってきた。黒く艶やかな髪をセミロングに切りそろえ、黒縁の眼鏡をかけた彼女はさながらキャリアウーマン、と言ったところか。
「久しぶり、三柳」
「お久し振りです、皐月くん」
彼女は固い表情で答える。
西園寺ファンクラブの会長、三柳和美だ。
「三柳さん、何の用事かしら?わたしは部活中で手が離せないの」
西園寺の声色が突然堅苦しくなる。
「いえ、今は西園寺さんではなく、皐月くんに用があります」
そう言うと、鞄から紙を取り出す。でかでかと入部希望、と印刷されていた。
「わたしも入部を希望します」
事務的に言い放つ。昔はこんなんじゃなかったんだけどなぁ。
僕は小さくため息をつき、チラリと西園寺を見る。しかし、その表情からは何も読み取れなかった。
元々表情の変化には乏しいと思っていたが、こんなときにも無反応とは。自分のファンクラブの会長とか、一緒にいて気まずくないのだろうか。
一拍置いて、僕は受け取った。
「あら、わたしのときよりずっと簡単に受け付けるのね」
横から皮肉が飛んでくるが、無視を決め込む。そもそもあんだけケンカ売ってきたんだからそっちが悪い。というか、西園寺の入部を渋った覚えはない。
「てか、西園寺は彼氏がいるんだろ?ファンクラブなんか黙認していいのかよ」
「あんなやつ、どうでもいいのよ……」
西園寺は小さく、だが聞こえる声でつぶやく。彼女の表情は重く、何を返すべきかわからない。
数秒間、沈黙が流れる。
「では、さっそく部長にはお願いがあります」
三柳は、沈黙をものともしなかった。再び鞄から紙を取り出し、僕に押しつけてきた。思わず受け取る。今度は十枚だ。
そこには簡単な人物紹介がズラリと並んでいた。
「これは?」
僕は問いかける。
「入部希望者のリストです」
「ざっと150人くらいか」
「183人です」
思わずなるほど、と呟く。
入部希望者はファンクラブの手で纏められていたから、殺到してこなかったわけだ。
「そこから部長が『良い』と思った人の名前に〇をつけて、私に提出してください。また、個人的に信頼できると思った人間には星をつけていますので、ご参考に。また、棋力を測るために入部テストとして部長が対局なさるのもありだと思います。情報不足等の不備がありましたら、ご連絡頂ければ修正します」
滔々と喋る。お願いというか、仕事だなこれ。
「わかった。一週間以内には仕上げて提出するよ」
「ありがとうございます。では、私は用事があるので失礼します」
きびきびとした動きで出て行った。
「……三柳さんには敬語を使わないのね」
彼女は不服そうな顔でつぶやく。
「そりゃ、幼馴染みですから。と言っても、色々あってむこうはあんな感じですけどね」
「じゃあ、わたしにも敬語はやめて」
思わず西園寺を見つめる。彼女はさっと目をそらした。
「なんとなく堅苦しくて嫌なのよ」
言い訳っぽく付け足す。
僕は思わずフフッ、と笑ってしまった。
「なにがおかしいのよ」
キッ、とこちらを睨んでくる。
「いや、べつに。たしかに、同じ部活なのに敬語って変だよな」
「そう、それでいいのよ」
そう言うと、彼女は将棋盤に駒を並べ始めた。
「さ、もう1局指しましょ」
西園寺と別れ、一人で家路を辿っているときだった。
「あの」
唐突に声をかけられ振り向くと、三柳和美が立っていた。
「なに?」
彼女は意を決したように息を吸い込むと、一息に喋った。
「西園寺さんにあまり踏み込まないでください。特に彼氏のことはタブーなんです。触れないでください」
「なんで?」
「部外者のあなたには言えません」
即答。こうなったら、こいつはダメだ。昔から、こうなってしまった三柳に喋らせるのは不可能だった。
「お話は以上です。失礼します」
三柳は、スタスタと僕を追い抜き、遠く去って行った。
空に立ちこめる雲は重く、いっそ雨でも降ればいいのに、と思った。