表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/34

彼女の入部

 僕は寒々しい教室に一人、椅子と机を出して座っていた。窓からは春の日が射し込んでいる。机には折り畳まれた将棋盤とへたった駒袋が置いてある。

 詰将棋を解いていると、ガラリとドアを開ける音がした。

「将棋部はここかしら?」

 昨日も聞いた声だ、と思った。

「何の用ですか?」

「入部希望者よ、丁重に扱いなさいな」

 西園寺雪葉は、昨日のことなどまるで忘れたかのように振る舞う。彼女は教室の隅から椅子を引っ張り出し、机を挟んで僕のむかいに座った。

「入部希望よ」

 そう言うと鞄から紙を取り出して僕に突きつけた。

 『入部希望』と書かれたその紙には彼女の名前とサイン、さらに『西園寺雪絵』という名前が書いてあり、その横にハンコがしてあった。

「この部は今部員数1人。わたしの入部は大歓迎なはずよ」

 僕は紙から目線を外し、上目遣いに遠慮がちに彼女を見る。

「将棋、指せるんですか?」

 西園寺雪葉は当然、というように鼻を鳴らす。

「なら、1局指してみます?」

「ええ、泣いて悔いても知らないわよ」



 数十分後。

「こんなところかしらね」

 彼女は詰めていた息を吐き出し、背もたれに寄りかかった。

「そうですね」

 僕も同じように固い背もたれに寄りかかった。

 先程、盤上では同じ形が繰り返されて千日手が成立し、持将棋となった。平たく言うなら引き分けだ。

 将棋の引き分けは別に実力が拮抗していた証ではない。彼女がおそらく僕より強ことは、彼女が指す手の端々から伝わってきた。

「思ったより強くて驚いたわ」

 彼女はゆっくりと目を瞑った。

「ずいぶんと上から目線ですね」

「だって、わたしの方が上だもの」

 僕は大きく息を吐き出す。

「返す言葉もありませんね……」

 西園寺雪葉は目を開き背もたれから身体を起こすと、盤の駒を初期位置へと戻しはじめた。僕は特に手を貸すでもなく眺めていた。駒を丁寧に持ち上げる指は細くて透き通るように白い。

「ところで、アナタは将棋を始めてどれくらい経ってるの?」

 彼女は唐突に僕へ問うた。

「一年くらい……かな。西園寺さんは?」

「わたしは四年よ。それより、一年前って……もしかしてあのアニメ観て始めたの?」

「まぁ……ドハマりして即刻原作買いそろえました。知ってるんですか?」

「ええ、もちろん。『棋聖のおしごと!』でしょう?わたしも原作買ったわ」

 即答かよ。『棋聖のおしごと!』とは熱血系将棋ライトノベルで、最年少で棋聖となった主人公が女子小学生の内弟子をとる、というストーリーだ。

「メインヒロインが小学五年生、っていうのがもうアウトよね」

「でも小学五年生で内弟子って、現実世界だと相当遅くないですか?普通は小学校に入学する前後では……」

 彼女はなぜかフン、と鼻を鳴らす。

「ロリコン殺しに見せかけてメチャクチャ熱いのが魅力なのよ。年齢なんてどっちでもいいのよ」

 言ってることが矛盾してる……ん?ていうかそもそも……

「西園寺さん、ラノベやアニメを嗜むんですね。意外でした」

彼女はまた、フン、と鼻を鳴らした。

「そんなに意外だった?わたしだって嗜むわよ、それくらい」

 へぇ……なんていうか、彼女はオタクをバカにしている類の人間だと思い込んでいた。

 そんなことを言っている間に盤上の駒は全て初期配置へ戻っていた。

「できたわ。さ、もう1局指しましょ」

 西園寺雪葉は楽しげに言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ