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もらった二人

「はじめまして、かな、三柳さん」

「ええ、そうですね。観音崎くん」

 放課後の屋上には俺ら二人が向かい合っている以外だれもいない。

 やや傾いた日に照らされ、爽やかな夏の風を浴びている。

「で、こんなところに呼び出して何の用かな?」

 俺は外向きの笑顔を浮かべる。

「少し、質問がありまして」

「はぁ……それで?」

「単刀直入に言います。あなた、西園寺さんのことが好きですよね?」

 僅かな時だが、自分の笑顔が崩れるのを感じる。

「何を根拠に?」

「西園寺さんに皐月くんと関わるようけしかけたり、皐月くんに情報を与えたり、あなたがいなければこのような結果にはなり得なかった。私は、あなたが皐月くんを使って西園寺さんを救おうとしていたように思えてならないんです」

 彼女はそこで言葉を切り、こちらの返答を待っている。

 二人の間に長い沈黙が流れる。

 彼女はそれを肯定と受け取ったようだった。

「いいでしょう……ここからが本題です。なぜ皐月くんを使おうと思ったんです?」



 なぜ皐月咲哉だったのか。

 ふと昔のことを思い出す。

 俺が他人に共感できない理由は、他人の感情を想像する能力が欠如しているからだ。

 相手が悲しんでいるのは見ればわかるが、それが実感を伴ったものにならない。まるでスクリーンのむこうで三文芝居が演じられているように見えるのだ。

 今でこそ自覚はあるが、幼い頃は自分のそんな重大な欠陥に気づいていなかった。

 それ故に、皆と致命的にズレた行動をとることが多かった。

 そんなやつは当然皆に嫌われる。俺は学校でも空手道場でも皆から無視された

 だが、道場には一人だけ話しかけてくるやつがいた。

 あるとき、そいつにボヤいたことがある。『俺は人の気持ちがわからない』と。

 そいつは笑顔で、当たり前のことのように言った。

『僕は回し蹴りが苦手なんだ。だから練習する。君は気持ちを考えるのが苦手なんだな。だから、練習すればいい』



「昔、あいつに大切なモノをもらったことがあるからな」

 三柳はなぜか軽く笑い、あなたもそうなんですね、とつぶやいた。

「では、失礼します」

 そう言うと彼女は踵を返す。

 が、すぐに足を止め、体をよじってこちらを向く。

「なぜ、あなた自身が西園寺さんに働きかけなかったんですか?その方が手っ取り早いでしょうに」

「……何だっていいでしょう」

 俺は、努めて冷静に答える。

 彼女はそうですか、と言って今度こそ去って行った。



 俺は西園寺が好きだ。

 幼馴染みではなく、異性として、好きだ。

 だが、俺が恋したのは()()()西()()()だ。

 完璧な彼女は誰にも渡したくない。守り続けたい。

 だが、それを彼女が望まないなら、いつかは壊さなければならない。

 自分の恋を自らの手で葬り去れるか?

 自問したとき、答えは否だった。


 だが、皐月なら。

 俺に大切なモノをくれたあいつになら、俺の歪んだ恋に終止符をうたれても良いと思った。



「さよなら」

 俺は小さくつぶやくと、その場を後にした。

 だれもいない屋上には、鮮やかな初夏の夕日が満ちていた。

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