兄妹
「で、お兄ちゃんはどうするつもりなの?どうせ黙って見守るなんてしないんでしょう?」
ドア越しにゆうなの声がする。
いつもの夕食風景。両親不在かつ廊下に座ってドア越しに会話する夕食風景など異様ここに極まれり、といったところだが、これがうちのいつもの夕食だ。
「んー、こればっかりはお手上げかなぁ。西園寺はこう、一つ崩れると見事に崩壊するタイプだし、下手に刺激するのも問題あるかなーって」
「言い切るのね」
「ん、まぁ将棋の内容見ればわかるさ」
アマチュアからプロまで、将棋指しは「棋風」と呼ばれるものをもつ。
採用する戦法や戦型、指し手に出る傾向や特徴みたいなものだ。
これは本人の性格が大きく影響してくる。
西園寺は序盤でリードしてしまえばほとんど逆転されることなく勝ち切るが、一つでも間違えてしまうと悪手を乱発して自滅してしまう。
一つのミスを引きずってしまうタイプなのだ。
「でもなんだか……こう言うと不謹慎だけどさ、すごく青春してるよね」
「へ?」
予想だにしない言葉に間抜けな返事をしてしまう。僕が青春している……?
「お兄ちゃんは、空手辞めてからめっきり自分のこと話さなくなっちゃったもの。でも、最近はこうやって友達のことや将棋のこと、いっぱい話してくれる。すごく楽しそうだよ」
なんだか会ってみたいなぁ、と言う声がする。
その声はいつになく真剣なものだった。
夕食時のゆうなとの会話。
以前は何を話していたのか全く思い出せない。
西園寺につきまとわれだしてからだ。僕がゆうなと話したことを覚えているのは。
そうか、とつぶやく。
それまでは事務作業として処理してきた『やりとり』が感情のこもったものになって『会話』になったのだ。
空手をとったら何もない。空手を辞めて以来、その事実に常に苛まれてきた。
目を逸らして、逃げ出して、見ないふりをして閉じこもってた。
他人と関わると皆眩しく見えた。みんな個性がある。何か特技を持っている。
そのうち、他人と関わることが嫌になってしまった。陰キャと誹られても気にしない。自らの無個性を自覚してしまうよりずっとマシだ。
僕にはなにもない。
天才と持ち上げられどれだけ成績があっても、辞めてしまったら残らない。
そう思ってた。
でも、今は違う。
将棋部の仲間がいて、道場の人たちがいる。
皆個性豊かで眩しい。一方相変わらず僕は無個性だ。でも、一緒にいるだけで楽しい。それはきっと向こうもそうで、そこに個性の有無なんて関係ない。
だからこそ、失いたくないんだ。
「やっぱり、できることはやってみるよ」
部活の活動報告メールでも送るか。はたまた腹割って話し合うか。
手を打つときは慎重に。でも何もしないのは自分が許せない。
明日にでも手を打つか。
「お兄ちゃん」
ドアの越しにいつになく真剣な妹の声が届く。
「私、館河受験したい」
ドアがゆっくりと開く。何か月ぶりかにじっくり見る妹は、背が高くなっていた。生まれつきの茶髪は長くのびているが、丁寧に手入れされているようだ。
「まだ……間に合うかな?」
衝撃と疑問で脳が飽和しそうになる。
だが、それらを全てねじ伏せる。今ぶつけるのは野暮というものだろう。
「これでも地域No.2だ。相当頑張らないと厳しいぞ?」
「うん……がんばる」
ゆうなはうつむきがちにほほえんだ。




